最終話
こんなんじゃいけないことくらいはわたしとて理解している。これじゃあ、死んだあの子にとてもじゃないけれど顔向けできない。
(――やりたいことをやりきって死ぬ、か)
あの日の夕方、あの子が葬儀社の人に連れられていってしまった後に、両親と話したことが脳裏を過ぎった。幸せなことだったから不幸せなことだったかはわからないけれど、あの子は最後まで足掻いて足掻いて生ききった。それに対してわたしはこのままで良いのだろうか。
わたしはこの冬からほぼ三年ぶりにITエンジニアとして就職することが決まっていた。やりたいことではない、できることと希望の就業環境から絞っていった結果そうなったというだけだ。
わたしは本当は小説家になりたかった。小説を書くようになったのは小学三年生のときだったけれど、この二年と少しの間は本格的に賞を視野に入れて執筆に励んでいた。その間に長編を十一作、短編を八作書いた。けれど、進めても二次や三次までばかりでまったく努力が実を結ぶことはなかった。一時期は一次落ちも続いていた。
あの子のように生き抜きたいなら、わたしも己の道を通すべきではないのか。そんな自問自答がわたしの中にあった。
犬と違って自分は自分の衣食住を獲得する術を自前で用意しないといけない。そのことは重々承知だ。副業可な会社だとはいえ、働きながら小説を書き続けるという無茶は、己が持病の特性を考えると非常に難しい。
それでも、書きたい。文章を書く人に、なりたい。多くの人に自分の書いた文章を届けられる人になりたい。その思いが胸を突き上げてくる。それを宥めるようにわたしは甘い酒を口に含み、飲み下す。現実は冴え冴えと空の上からわたしを見下ろしている。
入社までの残り一ヶ月と数日。これはたぶん、あの子がわたしに最後に残してくれたアディショナルタイムだ。せめて、三が日が終わる日まで、わたしも足掻き続けよう。
あの子が亡くなる直前に書いていた話は、どうにも今は続きを書けそうにない。書くのであればもっと違う別の何か――あの子についての話だ。そうやってあの子のことをどうにかして腹落ちさせられない限り、わたしはきっと前には進めないから。
ぐっとわたしは酒の残りを煽ると、パーカーのポケットからスマホを取り出した。通りすがりのカップルがギョッとした顔でわたしを振り返っていったが気にしない。
あの子の話をどんな言葉から書き出そうか。伝えたいことは、残したいことはたくさんある。だけど、最初は何気なくて、飾らない感じできっといい。
わたしはスマホのメモアプリを起動させると、悴む指で最初の一文をこう打ち込んだ。
『わたしは、ふと月が見たくなって外へ出た。』