第三話
わたしが専門学校の二年生の秋、あの子の弟分が我が家にやってきた。台風の影響と試験前という二つの要因で、家にいたわたしは、買い物に出掛けていた家族にちょっと来いと呼び出され、急遽三キロ先の大型スーパーまで徒歩で赴くことになった。フードコートでたこ焼きを食べながら家族会議を開いた結果、生後半年のブラックタンのミニチュアダックスフントの男の子――レオがうちにやってきた。
思えば、あの子がやってきたのも秋のことだった。そのころ我が家に迎え入れるための犬を探していたところ、ほぼ取り寄せに近い形で我が家にやってきたチョコタンのミニチュアダックスフントがあの子だった。
三歳差のダックスフント二匹の生活は行き当たりばったりで始まった。ペットショップ暮らしが長かったレオは家の中に他の犬がいることを察して呼んで鳴くし、あの子の方も家のどこかにいる闖入者の存在に気づいていて怒っては鳴いていた。
二匹の引き合わせは本来もっと慎重にやるべきところのはずなのに、うちの両親は思い切ってレオをあの子と同じケージの中に入れてしまった。あの子はしばらく見知らぬ子犬の存在に困ったようにしていたが、いつの間にやら子育てじみたことをするようになっていた。秘められた父性が爆発したのか、身内に対する面倒見がいいのかはわからないが、気がつけばそんなことになっていた。
晩年まで、父やわたしの膝の上と食べ物に関してだけは譲らなかったけれど、弟分ができたことで、レオにおもちゃを譲るようにはなった。それまで大好きだったボールもあの子が遊ぶことは減り、あまり興味を示さなくなっていった。独占欲が強かったあの子のそんな姿は少し老成したようにも枯れたようにもわたしの目には映っていた。
(独占欲――っていうか、嫉妬深かったな。随分といい性格してた)
あの子はよくよく考えれば、七つの大罪の全てを兼ね備えたような性格の子だった。オレ様で、嫉妬深かくて、欲深くて、若くて綺麗な脚の細いお姉さんが好きで、食いしん坊で、散歩に行くと歩くのを拒否する、かなりわがままな子だった。そして、飛んだり跳ねたりぶっ飛んだり、愛嬌を振り撒くのが上手なレオとは対照的に自分からは媚を売りに来ない硬派な子でもあった。損得で言えば損な気性の子だった。
(――あの子の一生は幸せだったのだろうか)
わたしたち家族は幸せな十五年を過ごしたと言える。胸を張って言える。けれど、あの子自身が自分の生活に満足していたのかどうかは、今となっては知るすべもない。幸せだったかだなんて、あの子自身があの子の尺度で決めることだからだ。