第一話
わたしは、ふと月が見たくなって外へ出た。家の数軒隣のコンビニで、黄緑色の交通系ICカードを使って甘い味の缶チューハイを買うと歩道橋へとわたしは上った。
もう十二月が近い。本格的な冬の気配を覗かせ始めた夜風は、風呂上がりの濡れ髪を冷たく撫でる。今年は暖冬らしいとはいえ、灰色のパーカーに黒のジャージ、素足につっかけたスポーツブランドのサンダルなどというラフな出で立ちではいくらなんでもこの時間の外は寒い。
あの子が旅立ってから、丁度一週間が経った。あの子がいなくなる前の晩は半分だった月が、いつの間にかあの子の目のようなまん丸になっている。
わたしはボトル缶のチューハイの蓋をぐぐぐっと回して開けると口をつける。あの子がうちに来た頃には酒も飲めない高校生の小娘だったわたしが、いつの間にか平気で毎夜のように酒を飲む三十路過ぎの女になっていた。
首からかけた遺灰の入った銀のネックレスが服の内側で生と死を隔てている。十余年前の父方の祖父のお骨上げの際に、生き物は死ぬとあんなに小さくなってしまうのだと理解はしていたはずだった。けれど疎遠な親戚と身近なペットとでは、事の重さが違った。わたしにとっては、十年疎遠になっていた祖父よりも、半月前に会ったばかりの実家の愛犬の死の方がよほど重かった。
わたしはボトル缶のホワイトサワーを煽ると空を見上げる。円やかな月が空の一番高い位置に上り、もうすぐ日付が変わることを地上へと知らせている。しかし、人々の営みできらきらと光る空は明るくて、見える星もまばらだった。死した魂は空で星になるというが、あの子は一体いま、どの辺りにいるのだろうか。
(お腹減ったなあ……)
そんなことを思いながら、わたしは眼下へと視線を戻す。テールランプとヘッドライトの赤白の灯りが近づいた冬を温めるクリスマスの装飾のように県境へと抜ける国道を照らしている。
あの子が逝ってから、あまり物を食べられていなかった。火葬後のあの子の小さな小さな骨を見てしまったせいか、特に肉が食べられなかった。祖父のお骨上げをしたときはそんなものかと早々に腹落ちしたからか、さほど長いこと忌避感は続かなかったが、今回はそうはいかなかった。生々しさがどうしても受け付けなくて、葬儀社の人に見せられた小さな白い骨が瞼の裏からどうしても消えてくれなくて、嘔吐、腹痛、下痢――一通りの消化器官の不調が続いていた。何をするにも気が晴れず、何がきっかけで涙が溢れ出すかもわからなかったから、感情が麻痺するまで精神安定剤を飲み、浴びるように酒を喰らい続けた。それにすら疲れると、胃のものを吐き出してから眠り続けた。そんなふうにしてわたしの一週間は回っていた。