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撮影


 ソロモンとビルキースが撮影に取り掛かる頃、女性用の衣装部屋では、ジェシカとアイリーンがヘアメイクの為の準備を行っている頃だった。

 広めのフッティングルームには、衣装が準備された着付けスペースと化粧台のあるスペースがあり、どちらにも鏡が備え付けられている。そこでアイリーンとジェシカは、女性従業員に促されて大きな鏡が設置された化粧台の前の椅子にそれぞれ腰を下ろした。

 アイリーンは、鏡の前でこれからの化粧や着付けを楽しみに思いながら、ちらりと隣のジェシカを見る。彼女はこれからのヘアメイクに備えて普段の髪型を解き真面目な顔つきで座っていたが、アイリーンの視線に気づいてこちらを見た。アメジストの瞳と目線が合う。


「どうしたの? レニー」

「あ、いや、なんだか緊張するから、ジェシーはどうなのかなって」

「ふふ、私もちょっと緊張してるわ。挙式の時とはまた違ってドキドキするわよね」

「そうだよね」


 アイリーンのことを『レニー』と愛称で呼んだジェシカは、柔らかく目を細めた。アイリーンもそれに呼応するように笑みを零してからほどよい緊張感を胸に一旦自身の手元に目を向けた。

 今日、自分は恋人であるジェシカとドレスを着て撮影する。以前の挙式とは異なるがこれも『結婚式』のようなものだろうし、アイリーンはこの日をとても楽しみにしていた。本来は堂々と公表できない関係性であるし、後ろめたい気持ちがないわけでもない。それでも、記念として撮影できるのは非常に喜ばしい気持ちでいっぱいだった。

――ジェシーも、私と同じくらい嬉しく思ってくれてるといいなあ……。

 なんてことを考えているとメイクに備えて準備をしていた女性従業員がそれぞれやってきて、メイクの方向性について問いかけていく。


「ではアイリーンさん。どういったメイクがいい等ご希望はありますか? なにか具体的なご希望がありましたら遠慮なくおっしゃってください」

「そうですね、えっーと……――」


 従業員からの質問に答えながら、アイリーンはポツポツと言葉を零す。もちろん、アイリーンの隣ではジェシカも従業員とやりとりを交わしている。

 今回の撮影においてはメイクから重要なポイントだ。挙式の時も時間をかけてヘアアレンジやメイクをしてもらったが、今回も折角の撮影なのだからそれと同じくらい凝ったものになるだろう。

 メイクの方向性を固めたアイリーンは、鏡に写る自分の姿を眺めつつ、従業員に一任する。従業員はアイリーンの意見を汲んでメイクの準備をし、丁寧にスキンケアから始めていく。自分自身の肌が普段以上に整っていくのは見ていて少し面白く気分が上がっていくような感覚があった。

 そうして、ベースメイクやポイントメイク等順に施されていき、数十分かけて完成した。肌に馴染むように丁寧に塗られた白粉に柔らかく描かれたブラウンの眉、頬にほんのり塗られた桃色のチークに淡い赤が引かれた口紅は彼女の印象を上手く纏めてくれている。また、元々目力があるアイリーンの目元には目尻を流して優しく華やかな印象に纏められていた。アイリーン個人の感想としては、普段自分がやっているあっさりとした化粧より少し濃いめで派手だが、それも普段との差がありいい感じに仕上がったのではないかと思う。

 それに、自分のメイクでこれだけ満足度が高いのだから、ジェシカの方も期待できる。

――私よりジェシカの方がずっと可愛いんだから、きっと素敵に仕上がってるわ。

 メイクの仕上がりに満足げに口角を上げるアイリーンの後ろで、従業員が静かに問いかける。


「アイリーンさん、どうでしょう。もっと調整したいところなどありますか?」

「いえ、これ、とっても素敵です。ありがとうございます」

「それなら良かったです。では、髪型の方もやっていきましょうか」

「はい、お願いします」


 元気よくそう返事をして、担当者に髪のケアを一任する。まっすぐで艶やかな黒い髪を丁寧に梳いてもらい鮮やかな手つきで髪を分けて纏め、編み込み、後頭部でうまく纏められふんわりとした可愛らしいシニヨンヘアができあがった。完成させた担当者は、満足げに小さく頷くと大きなバックミラーを広げてどうですか? と問いかける。

 アイリーンは二つの鏡をそれぞれ見る。纏めたシニヨンの部分をよく確かめるように頭を動かしてからにこりと口をつり上げる。


「うん、とっても素敵です。可愛く纏めてもらってありがとうございます」

「それは良かったです。ではドレスの着付けをしましょうか。どうぞこちらへ」


 従業員の言葉に促されてドレッサーの前から着替えスペースへと移動する。その際にジェシカの方をちらりと見てみたが、彼女はヘアアレンジの途中であった。金髪の長く豊かな髪が丁寧にアップスタイルへと変貌していくのは非常に綺麗だった。しかしあまり凝視するのもよくないい。軽く一瞥する程度にとどめ、ドレスの着付けへと向かった。


 今回、女性陣はお色直しを含めて2回ドレスを着用する予定だ。写真に収めてしまえば色合いは分かりにくくなるが、色んなドレスに袖を通したいし、相手の華やかな姿を目にしたいという気持ちが勝った。

 当然男性陣に比べて所要時間が長くなるため男性陣を待たせることになるが、そこは了承済みである。

『こういうのは、女性の方が時間かかるものですから。それに、折角の機会ですし、色んなドレスを着たいという気持ちもあるでしょう。大丈夫です。待ちますよ』

『別にいいよ。ビルキースと話してたら時間潰せるし、そうでなくても暇つぶし用に本とか持っていきますから』

 話し合いの最中にビルキースとソロモンはこんなことを言っていた。こちらの気持ちを汲んでくれるのはありがたいが、単純に一回のヘアメイクや着付けだけでも一時間以上かかる。男性陣はそれより短く終わるため、その分彼等には長く待たせることになってしまう。だからこそ少々アイリーンには迷いがあったが、結局話し合いの末2着着ることで落ち着いた。男性陣の寛大な心には感謝である。

 当時のやりとりを思い返しながら、アイリーンは純白のドレスに袖を通し、大きな鏡に映った自分の姿を見つめる。そこに映る自分は普段の大きく異なる様相で、我ながら驚いた。ドレスは長袖で肩が大きく膨らんでおり、胸元が大きく開いたビスチェタイプのものだ。ドレスそのものはAラインドレスと呼ばれるポピュラーなものだ。

 純白のドレスはビルキースとの結婚式でも着用した。しかしその時の重厚なドレスとはまた異なるシンプルなものである上に、そもそも気分も違う。決してビルキースとの挙式が嫌だったわけではないが、やはり今回の方が気分も上昇傾向というもの。それで大きく異なって見えるのだろうか。

 アイリーンは自然と口角を上げながら高揚した気分で全身を眺める。


「なんだか……こういうのもいいわね。シンプルで素敵だわ」


 ドレスのスカート部分を軽く摘まんで全身を眺めていると、着付けをしてくれた女性従業員が静かに微笑む。


「えぇ、とてもよくお似合いですよ」

「本当? 変じゃないかしら」

「はい、もちろん。とっても素敵ですよ」


 一瞬戸惑うアイリーンの不安げな言葉に応じて、従業員が改めて頷く。それに気を良くしたアイリーンは、近くで着付けに移っていたジェシカに声をかける。すると彼女は着付けを終えたタイミングでこちらを見てふわっと花笑んだ。彼女もまた挙式時とは雰囲気の白いドレスを身につけていた。


「本当よ、レニー。とっても素敵だわ。可愛いし似合ってるわよ」

「そうかなぁ、そうだと嬉しいな。ありがとう」

「ふふ」


 ジェシカがアイリーンを見つめて自然と褒め言葉を投げかけられ、愛する人からの嬉しい言葉についアイリーンは破顔し照れくさく笑った。こんな他の人がいるところで堂々とそんな言葉をかけるのはどうなのかと一瞬思ったが、この程度なら友人同士の会話としても許されるだろう。実際、アイリーン本人も女学校時代の友人とのやりとりは親密なものも多かったし、実際アイリーンも素直な褒め言葉をかけたことがある。

――けどやっぱり素直に褒められるとドキッとするわね……嬉しいけど……。

 ジェシカは思ったことは結構隠さず素直に口にする性格だ。その性格は男性からは疎まれた経験もあると言うが、アイリーンは彼女のはっきりとした性格が好きだ。だからこそ、彼女に分かりやすくいってもらえるとアイリーンもほっとする。

 そんなジェシカは、自分自身が着用した純白のマーメイドドレスを眺めた後、ゆるりとアイリーンへ向き直る。


「ちなみに……私はどうかしら」

「もちろん、ジェシーもとっても似合ってて可愛いよ! ほんとに素敵!」

「ふふ、ありがとう」


 ジェシカのAラインのドレスは、胸元を隠した長袖のドレスである。細かいレースが施されていて飾りも少ない。また、反対に背中は大きく開いており背中には凝った刺繍が施されていた。前から見たときのデザインの違いが大きく、これもこれで素敵だろうとアイリーンは思った。好きな人の可愛らしい姿は見ていて気分も揚々とする。

 そんな風に和気藹々と2人で話していると、女性従業員が静かに声をかける。


「それでは撮影しますので撮影部屋にどうぞ」


 従業員の案内で衣装部屋からしずしずと2人で移動する。部屋を出て撮影場所に向かう中、ふと休憩所を見るとソロモンとビルキースが歓談している様子が見受けられた。二人とも上品に仕立てられたタキシードに袖を通しており、普段よりも一層端正に見える。そんな彼等に軽く手を振って、撮影場所に向かった。


 撮影場に入ったジェシカとアイリーンは、2人揃って写真機の前に立つ。小物の花束も手にし、静かに笑みを浮かべてウェディングドレスを身に纏った女性が2人で並ぶ。撮影しているときの気持ちは、それはそれは高揚感に溢れていて素晴らしいものだった。

 アイリーンにとって、ビルキースとの結婚式もそれはそれで悪くなかった。式そのものは楽しかったし、親族や友達に祝われるのも悪くない気分だった。友達に『同じ日に挙式なんて素敵ね』なんて言われて『そうでしょう』とにこやかに答えたものだ。どうしても誓いの口付けそのものには抵抗があったが、それでも、やらなくてはいけないからこなしたし、それ以外に文句はなかった。

 だが、やはり、真に愛する人との撮影となると気持ちも変わるのだろう。アイリーンの胸は非常に高鳴り、頬も緩みそうになる。アイリーンがちらりと隣に立つジェシカを見やると、彼女も嬉しそうに微笑んでいた。きっと彼女も自分と同じような気持ちでいてくれるのだろうか。

 カーターは微笑ましく両者を見ながら、撮影の為に立ち位置等の指示をする。それに従いながら、体を寄せ腕を組んで何枚かの写真を撮る。その最中、ふとジェシカが言葉を漏らした。


「アイリーン。……私、貴女とこうして撮影出来て幸せだわ」


 その言葉に、アイリーンは、一瞬目を丸くしてジェシカの方に目を向けた。すると、丁度シャッターを切ったタイミングと一致したのだろう。カメラの方に目線が向いていなかったことに気づいたカーターに指摘され、小さく謝罪をして再度目線と体勢をシャッターを切った。そして、一旦区切りがついてから、アイリーンは先程の言葉に漸く返事をする。


「私もよ、ジェシー。――私も、貴女と撮影出来て……とっても幸せ」

「本当? 良かったわ」


 晴れやかな気持ちで笑顔を浮かべた一組の恋人達の姿を、カーターは真剣に写真に収めた。

 そうして1着目の撮影が終わり、2人は2着目の準備に移る。改めて衣装部屋に移動した2人はドレスを脱ぎ一旦自前の上着を羽織った後メイク直しに入る。軽くメイクを整えた後は2着目のドレスに袖を通した。

 アイリーン着るのは淡い紫色のマーメイドラインのドレスだ。シンプルなデザインながら深めのVネックや背中に広がる繊細なレースが可愛らしい。写真には背中のデザインは写らないが、それでも些細なこだわりがあってアイリーンは好きなポイントだった。

 一方のジェシカは、明るめの黄色のエンパイアラインのドレスである。繊細なレース使いが特徴のロングスリーブのドレスで、ビスチェにも華やかなデザインがなされていて可愛らしいデザインとなっていた。

 こちらのドレスに関してもお互い満足していて、非常に明るい心持ちで撮影に臨んだ。写真に写れば色ははっきりとは分からないだろう。けれども、お互いの記憶にはしっかりと刻まれた。それに、このドレスも色も2人にとっては特別だった。何故なら、この色はお互いの瞳の色に近いからだ。

 というのも、ドレスを選んでいた際、2着目も白では面白みがなく異なる色のドレスも候補があるなら選んでもいいだろうという話になった。そこで数多ある色の中から選ばれたのが、お互いの瞳の色に近いドレスだった。アイリーンの瞳は金色で、ジェシカの瞳は紫色。だからアイリーンは淡い紫色のドレスになり、ジェシカは黄色のドレスにしたのである。お互いの色を身に纏うというのは貴重な体験であり気分も大きく高揚する。

 こうして楽しげな気分で二度目の撮影を終えた2人は、漸く男性陣を呼び4人での撮影をするに至った。


「ビルキースさん、兄さん、お待たせ」

「2人ともお待たせしました。気分はいかがです?」


 アイリーンとジェシカが休憩スペースに向かうと、ソロモンとビルキースはそれぞれソファに静かに腰掛けて読書をしていた。一度目の撮影前に見かけた楽しげな様子とは異なり、ソロモンもビルキースも静かな雰囲気の中にあった。また、よく見ると待ちくたびれたのだろうかどこか疲弊が顔色に出ているようにも見受けられる。

 そして、アイリーン達の声をきっかけに書物から現実世界へと戻ってきたビルキースが、ぱっと表情を明るくして本に栞を挟んで閉じた。


「アイリーンさん、ジェシカさん。お二人での撮影、終わったんですね」

「えぇ。ごめんなさいね、随分待たせてしまって。くたびれたんじゃありませんか」

「いえ、そんなことはありませんよ。……それはそれとして、お二人ともとても可愛らしいですね。よくお似合いです」


 ソファから立ち上がったビルキースが、二人の姿をじっと眺めて僅かに目を細めると、それに応じたアイリーンも頬が緩む。


「先ほどお見かけした白いウェディングドレスも素敵でしたが、この紫と黄色のドレスも華やかで可愛らしいですね」

「本当? ありがとうございます。ビルキースさんも、タキシードよく似合ってますよ」

「それはどうもありがとうございます。やはりそう言っていただけると嬉しいですね」


 頬をポリポリと掻きながら照れくさそうに笑うビルキースと微笑ましく感じているアイリーンの傍らで、ジェシカはじっとソロモンを見つめる。その先では、本を鞄にしまいソファから腰を上げたソロモンが、ジェシカの方へと歩を進めた。彼は、ジェシカの傍らで足を止め、彼女の頭から足先まで確認するように見つめると、緩やかに微笑み言葉を零す。


「素敵ですね。よく似合ってていいんじゃないですか」

「……まぁ」

「……どうしたんですか」


 ソロモンの言葉にジェシカは口をぽかんとさせて暫し呆然とする。その傍らでは、ビルキースとアイリーンも目を丸くしていた。一同の様子に一瞬眉根を寄せて戸惑いを見せたソロモンがぎこちなく疑問を呈すると、ジェシカは少し動揺する素振りを見せつつ、口紅で彩られた口を開く。


「いえ、その……まさか貴方からそんなことを言われるなんて思わなかったものだから」

「何を言うんですか。……流石に、その、僕も……『妻』のウェディングドレス姿くらい褒めますよ」

「それはそうよね。ただ、ちょっとびっくりして。貴方はビルキースさんのことにしか興味がないと思っていたから」

「うーん……まぁ……それはそうですが……」

「おいソロモン。そこはそんなことないって言えよ」


 ジェシカの言葉にソロモンが言葉を選びながらも肯定し、それにビルキースがツッコミを入れる。

 その後も暫し和気藹々と雑談をし、4人は撮影場所へ向かうことになった。



 こうして、2組の夫婦が揃っての撮影が実施されることになった。4人1列に並んでの撮影や手前側に女性陣、奥に男性陣のように並んでみたりと様々に撮影を行う。カーターの提案も受け入れつつ数パターンのポーズをとり、彼等4人は非常に楽しみ、長時間に渡る撮影は無事終了した。写真は現像されたのち後日纏めて提示され、その中からお気に入りのものを選ぶ予定だ。ちなみにこの日もまた4人で集まる想定である。都合がつくのかだけが懸念点だが、一応男性陣にも決まった休みはあるし、いざとなれば女性陣に選択をお任せするということで落ち着いた。

 その後着替え等を行い大まかな写真の受け取り予定日を確認したあとは、会計等を終えて写真館を後にし、建物前に停車していた馬車へ向かう。この馬車は、撮影が終わり片付けをしていた頃にカーターが念のためマスグレイヴ家へと連絡を入れてくれていた。


「それでは皆様、お疲れ様でございました。また後日」

「えぇ、どうもありがとうございました」

「また写真選びの時はよろしくお願いいたします」

「えぇ、はい、どうぞまたよろしくお願いいたします」


 馬車の傍らで、それぞれ4人は口々に礼を述べてから4人は馬車に乗り込む。丁寧に見送りをしてくれたカーターに軽く手を振ってから馬車はゆっくりと走り出した。だんだんと遠ざかる建物やカーターを眺めながら馬車は帰路につく。

 とうに日も暮れ空の色も濃紺に近くなっている中、アイリーンはぽつりと今日1日の感想を自然と口にする。


「今日は……ちょっと疲れたけど、楽しかったわ」

「そうね、みんなで一緒に撮影できてとても良かった。結婚式もそれはそれで良かったけど……やっぱり、好きな人と撮れるのはいいわね」


アイリーンの言葉に、ジェシカが同意するように言葉を続けた。彼女の表情は優しく微笑んでおり、彼女も相応に楽しめたのだろう。

 実際、彼女の言葉にも頷ける。同性の恋人の存在を隠すために偽装結婚をした身としては結婚相手より恋人の方が良いわけである。

 アイリーンは、ジェシカの言葉に明るい調子で頷いた。


「そうそう、そうよね。ビルキースさんとの挙式も、とても素敵で楽しかったんだけどね、方向性が違うというか。……あ、別にビルキースさんに不満があるってわけじゃないので、そこは安心してくださいね、ビルキースさん」

「え? え、えぇ、もちろん、分かってますよ。……けど、お二人とも本当に楽しそうで良かったです。ドレスもよくお似合いで、素敵でしたよ」


 アイリーンの言葉を受けて、ぼうっと窓の外を眺めていたビルキースが、はっと気づき、ぎこちなく言葉を返した。そこから、更に女性陣二人を褒める。ビルキースのことだからきっとこれは裏のない本心なのだろう。実際、撮影時も彼は上機嫌で他二人を自然と褒めていた。そのため、アイリーンもジェシカもつい口角が緩み、軽く指を手の前で合わせた。


「ほんと? 嬉しいわ。ありがとう。ビルキースさんも、タキシードよく似合ってましたよ。ねぇ、ジェシー」

「えぇ、格好良かったわ」

「本当ですか? それは……ありがとうございます」


 照れくさそうに眉を下げたビルキースは、ふと馬車内にいる三人をゆっくりと見やってから手元に目線を落とす。そうして数秒考えてから静かに彼なりの感想を語り始めた。


「……確かに、今日は朝から大変だったし時間もかかったけど……でも、素敵なものを見られたし、何より、俺もソロモンと撮影できて嬉しかったな。うん、とってもいい記念になった。……な、ソロモン」

「…………」


 満たされたような面持ちで話すビルキースの話にうんうんと小さく頷いたアイリーンは、彼の言葉に応じて自身の斜め前にいるソロモンに目を向ける。そこで目にした光景に、アイリーンはやや目を丸くした。何故なら、彼はそこで無言で自身が持って来ていた本に目を落としていたからだ。


「……ソロモン?」

「――……えっ、はい? すみません、何か言いました?」

「いや、その……今、疲れたけど楽しかったなって話をしてて……」

「あ、そうだったんですか。すみません、聞いてませんでした。なんか、アイリーンとジェシカさんが話してるなって認識だったので。すみません、ビルキース。折角話しかけてくれたのに」

「……別にいいけど。俺もさっきアイリーンさんに声かけられた時、一瞬反応遅れたし、突然だったもんな。悪かったな」

「いえいえ」

「ところで……――」


 ビルキースの呼びかけに顔を上げたソロモンは、本を開いたまま三者の顔を眺めた後困り眉で短く謝罪した。その姿に呆れたように息を吐いたビルキースが、先ほどの自身の行いを省みるように言葉を続けた。そして、ビルキースはじっとソロモンが手にする本に目を向けて、恐らく当然の疑問を口にした。


「……その、それ、馬車の中で本読んで酔わないか?」

「いえ別に。小さい頃から慣れてますので、平気です」

「そうか……凄いな……」


 なんでもないように返したソロモンは、本に栞を挟んでから鞄にしまう。そして鞄の中を整理しながらではあるが、彼もざっくりと今日の所感を口にし始める。


「……まぁ、なんであれ、確かに、楽しかったですよ。ビルキースと撮影できたのは単純に嬉しかったですし、写真ができあがるのも楽しみです」

「ソロモン……よかった、そうだよな。俺の自己満じゃないよな」

「えぇ。撮影自体は僕も希望したことですし。満足しています。……まぁ、疲れたというのも、嘘ではありませんが、うん、楽しかったですよ」


 穏やかに話すソロモンの表情に嘘はないだろう。アイリーンも、改めてこうして皆の記念になる日を作れたのは非常に良かったと思った。

 きっと自分たち四人の本来の関係性を公にできることはないだろうし、こうして偽装結婚で関係を誤魔化してもトラブルが起こることはままあるだろう。

 しかし、それでも自分たちには境遇を分かち合える人たちもいるし、ありがたいことに味方もいる。きっと、なにかあってもなんとか乗り越えていけるだろう。例え後に裁きが待っていようとも、根本的には歓迎される関係ではなくとも、今は、愛する人との素晴らしい記念や思い出を、大切にしたいと思った。


 それから暫くしてできあがったのは、4人で撮った集合写真と、恋人とのペアの写真。綺麗に現像された写真は、額縁に入れられそれぞれの家庭に飾られ、花を添えることになるのだった。


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