友人と呼べる日Ⅱ
コンパは三回の席替えから二十分ほどして、お開きになった。
祐司の指示を受けて、参加者は会費を支払った人から席を立ち、店の出入口へ向かっていく。トイレから戻ってきたばかりの涼太も慌てて、財布を開き、会費を支払った。けれど、そこで会費を受け取った祐司のスマートフォンに電話が入り、ちょうどウエイターが部屋に入ってくるので、涼太は祐司に代わって、集金された会費を数え、支払を済ませた。巻き髪の女性はトイレに席を外していたようで、ウエイターと入れ替わりで戻ってくる。涼太は電話を続ける祐司の代役で、部屋に残った。
「いいよぉ? 君は。店出て」
しかし、巻き髪の女性が状況を察して、その役を買って出てくれる。
涼太は素直に頭を下げて、部屋を出た。
店内から出ると、空は真っ暗で、参加者は歩道の脇に集まって、立ち話を続けていた。涼太は肌寒い夜風に腕を擦りながら、立ち尽くしている。
すると、健吾が集団から抜け出して、げらげらと笑いながら近づいてくる。
涼太はその姿を認めて、小さな溜息を吐いた。
「おい! 今、溜息吐いただろ?」
「さあ。吐いたかな」
「まあ、いいや。それよか二次会カラオケだって。どうする?」
「やめておこうかなあ」
「何だよ、行こうぜ? 楽しいぞ!」
健吾は断られて、機嫌を損ないそうになるも、それよりずっと気分のいい流れに身を任せて、上機嫌だった。けれど、涼太は首を横に振る。
健吾は今度こそ機嫌を損ねて、つまらなそうな顔をした。
「おい、お前がいねぇとつまんねぇぞ」
健吾は納得がいかず、政繁を呼びよせる。政繁はサッカー部の先輩としていた会話を切り上げ、涼太と健吾に合流した。健吾は政繁が来るなり、まるで教師に友達を売るような口調でその不満をぶつける。
「こいつ。二次会、行かないってさ」
「ああ、そう。平井は行くの?」
「俺は行くよ」
「なら、それでいいじゃん」
政繁は涼太が二次会に行かないことに反対しなかった。その反応に、健吾は言葉を詰まらせて黙り込む。涼太は重たくなった口を開け、ごめん、と言った。
「ん? 別に気にしなくていいよ」
「でも、ごめん。二人はともかく他の人には悪いなと思ってさ」
「え。じゃあ、来る?」
「あっ、い、いや」
「あはは。だろ? だから、いいって」
政繁は乾いた声で笑った。
すると、イタリアンレストランのドアが開き、祐司と巻き髪の女性が出てくる。祐司は歩道に集合して他の歩行者の邪魔になっている参加者の様子に気づくと、急いで二次会のカラオケボックスへ移動するよう指示を始めた。
「なら。今度、三人でカラオケ行こうぜ!」
いよいよ二次会の場所へ移動することになって、健吾と政繁は集団に置いてかれぬよう後ろ歩きで一歩、二歩と歩き始める。機嫌を直した健吾は駅へ向かうため、その場に立ったままでいる涼太に向かって、そう提案した。
「ああ、それならいいよ」
涼太は即答する。健吾は笑顔で親指を立てた。
「じゃあ、約束な。それと今から俺たち、名前呼びだから」
「それはどうして?」
「いつまでも苗字は仰々しいだろ?」
健吾がそう言うと、隣にいる政繁は変わらぬ口調で、別にいいよ、と言った。
徐々に二人との距離が離れ、涼太は手を振る。健吾と政繁も手を振り返して、最後はきちんとした別れもないまま歩行者に隠れて、二人の姿は見えなくなった。
涼太は駅に向かおうと背を向ける。
けれど、姿の見えない健吾の大きな声だけが飛んできて、涼太は足をとめた。
「涼太! カラオケ行くからな? 忘れんなよ!」
それは辺りにいる歩行者の目を引く、あからさまな迷惑行為だった。
涼太は聞こえないふりをして、やり過ごそうとする。
しかし、健吾はしつこかった。
「おい、聞こえてんだろ? そこのパーカーを着たお前だよ? お前! おい! 涼太! 涼太? 涼太! お前だよ、お前! 涼太!」
涼太はそのあまりの喧しさに振り向き、怒鳴り返した。
「だあっ! うるせぇ! 周りに迷惑だろうが! さっさと行け!」
振り向いても、二人の姿は見えない。
けれど、よく見れば、高く上がった手が二つ、大きく振られているのが確認できて、涼太はハッとした。待ち人を見つけるのも難しい、日の暮れた繁華街。二つの手に向かって、涼太も目一杯手を上げ、大きく振り返す。
後日、三人は講義を終えた後にカラオケをした。