表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銃声の声色  作者: あきひろ
1/19

異を唱える人

 異を唱える人。(りょう)()は決してその類ではなかった。

 けれど、その日、その時、涼太は勢いよく席を立って、口を開いた。

直前まで、森山(もりやま)昌幸(まさゆき)がしていた話はこうである。

「さあ! やってきました! 明るく、礼儀正しく、我が大学のボランティアサークルがより大きくなるために最低でも十五人! 十五人は新入生を確保しましょう!」

 一週間前の活動でボランティアサークルの会長は昌幸に決まった。昌幸は初仕事に張り切って、教壇に両手をつき、機嫌よく舌を回して、静かに教場の席に座るメンバーに事細かな説明を続けた。それは新入生を勧誘する士気を高めるに十分なリーダーシップだったと言える。けれど、始めから跳ねていたその声にはさらに熱が入り、昌幸の握る手綱により強い力が入ると、涼太はもう我慢ができなかった。

「それ、やめませんか」

 教壇を向いていたメンバーは急に身体を反転させ、腰を椅子に据えたまま後ろの席を向いた。そこにはつい先ほどまで大人しくしていた涼太が席を立ち、昌幸を凝視している姿があった。教場の空気は僅かに揺らぐ。

 昌幸は教壇に両手を置いた姿勢で、お前、何か言ったか? と涼太を睨んだ。

「言いました。勧誘はやめましょう」

「は? やめる訳ねぇだろ? 馬鹿か」

 昌幸は説明を中断されたことが不服で、その感情がまんま顔に出ている。

 けれど、他に二十人もいるメンバーは誰も口を開けなかった。自ら署名してまで勧誘活動には賛成しないと言うことらしい。すると、先ほどまで意気揚々と説明をしていた昌幸とそれを黙って聞いていたメンバーとの温度差はここで顕在化した。

 涼太はその保守的な考えが好きではなかった。

 けれど、今はただ相手を昌幸に絞って、睨み返した。なんせ口喧嘩ができるほど、ケチをつけ慣れていない人間が一つの目標に向かう集団に一石を投じたのだ。

 敵対する相手から視線を逸らして、白旗を挙げてはならない。

「堀越。お前、ビラ配りをしたくないだけだろ?」

「いや。俺はビラ配りも含め、勧誘自体やりたくありません」

「おい! ふざけんなよ! 自分が何言ってるのか、分かってんだろうな!」

 昌幸が声を張ると、涼太の視界の端でメンバーの表情は曇った。

 勧誘活動をしないこと。もしも一世代のメンバーが少なければ、数年後、サークルの存亡は確実に危うくなる。涼太の主張はその危機感を現実にする。

 だから、今後も変わらず活動を継続させたい。

 その期待と責任に従うならば、勧誘活動をしないという選択にはならない。

 今もなお、窓の外からは絶えず騒がしい勧誘の声が聞こえていて、もしも今すぐに教場を飛び出し、声をかければボランティア活動に興味を示したかもしれない新入生たちが別の勧誘者に声をかけられている。キャンパス内の学生も数に入れれば、圧倒的多数になる肯定派の声。涼太がそれを相手に異議を通すのはもはや無謀だった。

「堀越。悪いが、お前以外の人はそんなこと思ってねぇよ?」

「そうですかね?」

「そうだろ? 普通に考えれば、馬鹿でも分かる」

「俺以外にも馬鹿がいたらどうするんですか?」

「はあ? いい加減、意味分かんないこと言ってんなよ? お前の発言も、この時間も、ほんと無駄なんだよ! お前が何したいのか、俺には到底理解できないが、嫌なら辞めればいいだろ? どうせ活動に誇りもないくせに!」

 昌幸は教壇を叩いて、怒鳴り散らした。

 しかし、その発言が終わるより先に、涼太もまた口を開けた。

「んなっ、ことある訳ない! 俺も誇りはあります!」

 理性を働かせる前に、歯止めの効かない感情に任せて、飛び出す怒号。

 昌幸よりずっと大きな怒鳴り声が空気を侵略する。

「今の発言、撤回してください! 今すぐ!」

 嫌なことに駄々をこねる。そういう人はこの世に沢山いる。でも、どれほど非難されたとて、人が真剣に訴えることには相応の価値がつく。涼太のつけるケチが歩き煙草をする男への舌打ちなのか、在庫切れを伝える店員へのクレームなのか、それくらいの判断はメンバーにもできた。だから、中立を決め込み、黙り続ける態度も次第に別の意味を持ち始める。勧誘活動を見送ること。その主張を聞いて、メンバーも気持ちの半分くらいは勧誘活動がなくなってもいいと思っている。

 そう錯覚させる沈黙は涼太の孤独を薄め、昌幸の危機感を煽った。

「なら、もし勧誘をしないとして、新しいメンバーはどうするんだよ?」

「ポスターを貼りましょう。ウェブサイトも充実させて」

「それで?」

「あとは待ちましょう」

「はあ?」

 昌幸の口からは気の抜けた声が出た。メンバーは変わらず黙り続け、肯定も否定もしないが、その沈黙がある故に、見えない天秤は徐々に傾き始める。

「おいおい! 冗談にもほどがあるぞ?」

「でも、世間で言えば、ボランティアは面倒くさい。それが現実です。だったら、それを押しつけるのは間違いじゃないですか? 強制させる活動に意味はないですし。だから、我々はまずこれは受け入れなければならない。そう思いませんか?」

「堀越。お前、何言ってるんだ?」

「何言ってるって? だから」

「誰もボランティアなんてやらない。面倒だから無駄だって。そう言いたいのか?」

「違います! 俺はそんなこと言ってない! だから」

「お前、もういいよ? 俺は恥ずかしい活動をするサークルだとか思ってねぇし。一緒にボランティアやりましょう、って声をかけることが無意味だとも思わねぇよ」

「そんなこと誰も言ってないじゃないですか!」

 一つ一つの言葉に意味がある。だから、誠意ではなく、あくまでその印象が教場内の空気を変えるし、結果、味方だったはずの沈黙が逆の立場になっていることもある。涼太はすでに悪者だった。もしも涼太の口から納得のいく代替案が提示できていたなら、昌幸のしてきた説明は全て撤回され、勧誘活動はなくなかったかもしれない。

 けれど、涼太にはそれができなかった。

 沈黙は賛否を示さないまま、とうにその力を昌幸に使っている。

 そもそも受け入れ難い主張ではあったが、勝機はあったかもしれない。ただ、それも昌幸の的確な指摘と涼太の焦る声がその主張への向き合い方をメンバーに決定づけた。昌幸は手を叩いて、身体を反転させていたメンバーの視線を教壇に集める。

「はいはい! 皆さん、いいですか」

 教壇には勧誘に使用するビラの束が乗っていて、昌幸はその束に手を乗せると、涼太の撒いた種を焼き尽くすような勝ち誇った口調で、あたかも新入生の入会がすでに確約されているような笑みを浮かべて、説明を再開した。

「ええ、では、他の団体も勧誘をしてるので、簡単に済ませましょう。勧誘の方法はビラ配りですが、ルールが二つあります。まず一つ、各自スマートフォンを携帯するようにしてください。携帯してないと、何かあった時、連絡が取れません。二つ、今回のためにビラは用意しました。これを配って、勧誘してください。ただし、新入生の嫌がる声かけはしないこと。マナーは守っていきましょう。お願いします」

 メンバーは席を立って、ビラ配りへ向かう準備をし始める。

「だっ、駄目です! やめましょう!」

「いい加減にしろよ、堀越!」

 窓の外からは他団体が行う勧誘の声が聞こえる。

 涼太は昌幸を無視して、メンバーを説得しようと必死になった。

「勧誘は駄目です! やめましょう! 半端な人を誘っても、意味がないんです! その人の時間を奪うだけで終わります。でも、僕はこのサークルに入会する人はいると思っています。だって、僕らがそうじゃないですか? どこかにこのサークルがいいって言ってくれる人はいます! そういう人は必ずいます! 勧誘って聞こえはいいけど、勧誘される側にも事情があるでしょう? なら、待たないと! 現実から目を反らすのは駄目です! 変えないと! あっ、ちょっと! 待ってください! 分かるでしょう? ねえ? 僕の言ってること、分かりますよね?」

 メンバーは雑談に口を開くも、涼太の話に耳貸さなかった。

 もしもメンバーに勧誘活動に後ろ向きの人がいたとしても、我慢できる不満にケチをつけてまで今を変えようとする者はいない。それには相応の覚悟が必要になる。涼太の主張が卑下されるほどのものでないにしろ、現状を変えるだけの殺意を共有するのはそう簡単ではない。メンバーは準備を終えた人から教場を出ていく。

 残ったのは涼太と昌幸だけだった。

「満足したか?」

荷物番として残った昌幸は教壇に肘をつき、棘のない口調で涼太に訊いた。

 その落ち着いた声には余裕が感じられる。

「してないです」

「可哀想に。薄情だと思うか?」

「いえ、仕方ないことだと思います。だから、もういいです」

「ならいいけど。それで、お前は帰んの?」

「いえ、やりますよ。勧誘します」

 涼太はそう言い終えると、すたすたと歩いて、教壇に残ったビラの束から数えないで数十枚掴み、教場の出入口へ向かった。

 けれど、その足を、昌幸の声がとめる。涼太は振り向いて、昌幸を見た。

「お前ってさ」

「何ですか」

「結局、ビラを配りたくないだけなんだろ?」

「あはは。そう見えます?」

「見えるね」

 昌幸は根拠のないことでも口にする。

 ビラを配れば、新入生は入会する。そうメンバーを鼓舞して、送り出す。

 けれど、涼太が嫌いなのはまさにそこだった。

「何か言いたげだな。何かあるなら、言っておいた方がいいぞ?」

「いえ。結局、森山さんの言う通りですよ」

「おっ、ようやく分かったか! いいぞ。お前も勧誘してこい!」

「はい。もう行きますよ」

 世の中にあるのは正解ではない。

 あるのは、ただ人の数の言い分だけだ。それでも、辺りを見渡せば、比べられないものを比較して、価値をつけたがる人は多い。相手に届いたメッセージにだけ価値がある。そう考えるのが妥当なのか。妥当とされる所以は同じ目標へ向かう集団がまとまりやすいからであって、何もそれが正論だからではないだろう。

 真面目に活動をする人を求めて、無暗矢鱈にビラを配っても、新規メンバーは増えないし、勧誘される側に都合を押しつけることにしかならない。大学二年生の自分が昨年、そう感じたように、今年もまた誰かが嫌な想いをするのだろう。そう思いながら、涼太はもう振り返らず、教場を後にした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ