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今までバレンタインデーとは無縁の存在だった俺だが、何としてでも愛するあの子のチョコレートを勝ち取って見せる!……そう例え、転生したとしてもなッ!!-chocolate of memories-

作者: しゅう

youtubeでの対戦企画のために急遽一週間で書き上げました。

小説を書くのは初めての上、短い時間での執筆作業。

想定より端折りまくった内容ではありますが、ぜひ最後までご覧ください。

 20XX年2月14日。

 今日、この日の校内には、いつもとは違うひりついた空気の流れを感じる。

 男連中は餌が運ばれてくるのを待つ雛鳥が如く、口を大きく開き涎を垂らしている様に見えるし、我らが学園の()たちの(まなこ)も、さながら獲物を狙う精悍な獣のようだ。


 さて、わざわざ伝えるまでも無いと思うが、我らが戦場(まなびや)にもたらされた()()()()について言及しておこう。

 そう本日2月14日。皆さんご存じ、



            バレンタインデー当日である。



 もっともこの俺『古尾(こび)(とし)』は、現在中学2年に至るまで一度もバレンタインチョコなんぞ貰ったことがなく、起源と語られるローマだのキリストだのにとても感謝の念など抱けないのだが。

 

 ……分かるだろう?俺の気持ち。


 自己評価をすると顔立ちはそれほど悪くないと思う、性格だって、自分で言うのも何だが人に好かれる程度の良さはあるだろう……が、如何せんタッパが低すぎる。

 これでも日々努力はしているのだ。睡眠時間に気を使ったり、セ○ビックを毎日欠かさず摂取してみたりと。

 だからこそ()()()という如何ともし難い()()の欠如に、日々枕を濡らす日々から抜けられずにいた。


 もっとも俺は、たくさんの()()()()()()を貰い自慢したいだの、男としての(きわみ)が見てみたいだの、そんなことに一縷の興味もないのだ。

 

 ……いや、ちょっとはあるけど。


 俺が茶色く甘美な洋菓子を頂戴したい相手は、この世にただの一人だけ。

 そう、つまるところ(わたくし)、俊は、



            一人の女性に恋をしている。



_____________________________________


「としー。一緒に帰ろー」


 帰りのホームルームが終わり、いつもの通りいつもの如く声を掛けてきたのが、俺のお姫様(マイプリンセス)天海(あまみ)羽衣(うい)』である。

 腰まで届くほどの綺麗な黒髪を、中学2年にしては少し幼さの残る、兎を模した桜色のシュシュで束ねている。

 このシュシュは俺が小学生だったころに誕生日プレゼントとして贈ったものなので、未だに使い続けてくれていることに幸福感を感じずにはいられない。


 幼馴染の贔屓目に見ても顔立ちは整っており、美人というより丸っこくかわいさが勝る。

 背は低く、俺が隣に立って見下ろせる数少ない人間の一人でもある。


 おっと会話を振られたんだったか。

 その誘いに迷わずイエスと答えるところだったのだが、


「ちょっと羽衣!これから○○に宿題だしにいくんでしょ!」


「あーそうだった、ごめんごめん。としーちょっと待っててー」


「教室にいる」


 寸前でクラスメイトに待ったをかけられる、とはいえ別に構わない。

 羽衣が何かしらやらかし、放課後に後始末をするのは日常茶飯事なので、俺には既に耐性が出来ている。

 おっちょこちょいで人懐っこく、甘え上手な羽衣にいつも振り回されてばかりだが、惚れた女だ。不満など感じるべくもないね。


 その羽衣とクラスメイトが、今まさに教室の敷居を跨ぐところだったのだが、


「あっ!ちょっと待って!」


 そう言った羽衣は走って自分の机に()()し、机の中から一冊のノートを取り出した。

 あれは日記帳だ。羽衣はいつでも日記を肌身離さず持ち歩く。



       彼女は5歳の()()()から毎日日記を書き続けている。

      俺と羽衣にとって()()()()()()()()()()()()()()()から。



_____________________________________


「ねえ俊くん」


「どうした?」


 その後颯爽と教室を出ていった羽衣の後ろ姿を、ろくに板書の写しもしていない忌々しきノートブックに描き記しておこうか頭を悩ませていたところ、同じクラスの女子に声を掛けられる。

 おっと遂に俺にもカカオ菓子のお届けかと一瞬身構えたものの、あきらかに手ぶらな彼女を視界に収め、波打った心拍を急降下させた。


「俊くんって、羽衣と付き合ってるわけじゃないんだよね?」


「違うが」


 そっか……と宙を見つめ彼女はしばし思案に耽るようだ。

 おやおや、これはひょっとして俺がフリーであることを確認したのちに、熱烈な愛の告白へ繋げるつもりではなかろうか。彼女を傷つけず、しかしキッパリ断れる、イケてる男のイケてる振り文句を考えておかねばなるまい。


 やれやれ、モテる男にこんな苦難が待っているとは。これからの人生はワードメモでも持ち歩こうか。


「羽衣ってさ今まで誰にもチョコをあげたことないんだって」


「確かに、バレンタインで気張ってる羽衣を見たことはないな」


「でしょー!男の子にチョコをあげたことない女の子なら、そこまで珍しくないかもしれないけどさ」


 どうやら俺の悩みは杞憂だったらしい。グッバイフォーエバー、俺の脳内モテ期よ。


「女の子に友チョコもあげたことないんだって!それどころかチョコは出来ればあげたくないって言っててさぁ」


 ふむ、別にわざわざチョコレートをプレゼントする必要など無いといえば無いのだが、行事好きの羽衣があげたくないと言っているというのはあまりに意外だ。

 いやそもそも、確かにバレンタインというイベントに対して、何も行動を起こさない羽衣のことは以前から疑問に思っていた。

 あいつならサンタクロースも驚いて、雪原を裸足で駆けるほどにチョコを配り歩いていても不思議じゃない。


 なぜこれまで本人にその質問をしなかったかといえば……分かるだろう?男が女にバレンタインデーの話をふるには、ちょっとした逡巡があるのだ。


「実は俊くんと付き合ってて、チョコを配らないように言われてるんじゃないかと思ったんだけど」


「おいおい、男相手ならともかく、俺は女同士の清き友情にまで水を差すやつだと思われているのか」


「思いきれないから聞いてみたんだよ」


 なるほどそれはよかった。しかし、


「俺も少し気になるな。なんというか」


俺と彼女は視線を合わし、それこそ竹馬の友のような呼吸で心中を吐露する。


「「羽衣らしくない」」


_____________________________________


 その後無事お役目を果たし終えたらしい羽衣と帰路につく。家が隣なので、登下校は小学生のころからいつも一緒だ。


「ねぇ今日うちでご飯食べてかない?」


「何作るんだ?」


「肉じゃがー」


「乗った」


 好きな食べ物じゃなくてもきてよと羽衣は頬を膨らませるが、もちろんそんな態度はちょっとした意地悪で、どうあろうと手料理は食べに行くつもりだ。


「じゃあ晩御飯の買い出しいこーっ」


 まだ買ってないのかよ、と反射的に出てきたツッコミは引っ込める。何分丁度いい、スーパーにいけば探りを入れるチャンスもあるだろう。


「……なにか良からぬこと考えてない?」


「ちょっとした使命を託されてな」


 特に隠す必要はないが、クラスメイトはバレンタインにチョコレートをあげたくない理由を教えてもらえなかったという。本人が知られたくないと思っているのだとすれば、気取られずに真相だけ持ち帰るのが最善だろう。

 もっとも、まどろっこしくなれば本人に直接問いただすが。


_____________________________________


 流石は2月14日。店に入れば一番最初に俺たちを迎えたのは、眼前いっぱい、チョコレートの山だった。

 

 100円均一ショップに売っていそうな、あまり高級感を感じないグッズの数々でデコレーションされた特設コーナーは、なるほど……それでも壮観だ。

 弘法筆を選ばずというが、近ごろのスーパーは偉大な芸術家でも雇っているのかね。美術の成績が振るわない俺では、世界最高峰の素材を与えられようと奇怪なオブジェにしかならないだろう。


「チョコ売ってるな」


「食べたいの?」


「そういやバレンタインデーだと思ってな」


 羽衣の表情は変わらない。


「そうだねー。私も何個かもらったけどおいしかったなぁ」


「道理でお前からうまそうな匂いがすると思った」


「こっわー」


 そういい目当ての食材へとガツガツ歩を進める羽衣の姿に、違和感などは感じられない。

 あげるのはダメでも貰うのはありなあたり、バレンタインそのものに嫌悪感を抱いているということはないのだろうか。


 となると尚更何か理由があるのだろうと勘繰りたくなる。将来は探偵なんかを目指してみるのも悪くないかもしれないな。


 勝手知ったる店内を、縦横無尽に駆け巡る羽衣の後ろ姿を追いかけているうちに、買い物はすっかり終わってしまった。


「羽衣、お前さ」


「なに?どうしたの?」


「いい奥さんになれるよ」


「ちょっとー気持ち悪いよ」


 悪態をつかれたが、その顔はいつも通りの笑顔だった。


_____________________________________


「「ただいまー」」


 俺たちは二人揃って羽衣の家に帰宅した。第二の自宅と言い張れるほどに通い詰めたこの場所は、畳に縁側、これぞ和風といった住居だ。

 新しくはないが、それは決して古いと罵られるような外観ではなく、まさしく風情の塊、日本人憧れの空間である。縁側で日向ぼっこしながら啜る緑茶がたまらないんだこれが。


「おかえり、今日は遅かったねえ」


「ちょっと買い物してきたんだー」


 帰りを迎えるのは羽衣の祖母だ。今この家には羽衣とばあちゃんしか暮らしていないので当然なのだが。

 毎度のことながら、意外にも綺麗に揃えられた羽衣の靴を片目に俺も家にあがる。


「今日は俺もご飯食べてくよ」


「そうかいそうかい、ゆっくりしてきな」


 とりあえず洗面所に向かう。手洗いうがいはマストでこなさねばなるまい。


「先にいってるね」


「あいよ」


 途中、洗面所から出てきた羽衣とすれ違った。この家に来たときには毎回している儀式がある。どんなに疲れていても、羽衣がそれを欠かす姿は想像がつかないな。


 こちらも身を清めたところで羽衣の待つ一室へ向かう。廊下には、既に線香の何とも言えない芳香が漂っている。好きなのだ、この匂い。


 部屋へ繋がる障子戸を開くと、既に仏壇へ正座で向き合っていた羽衣が、『遅いよ』と言いたげな表情で一瞬後ろに振り返った。


 ここには、俺たちが5歳の時に交通事故で()()()()()、羽衣の()()が祭られている。


 『ただいま』と心の内で唱えながら俺も羽衣の隣に腰を下ろし、9年間いつ見ても変わらない二人の姿をばっちり拝みつつ近況報告としゃれこむ。


 ここに座ると今でも落ち着かない気持ちはあるものの、むしろ安心もするような、何とも矛盾を孕んだ心境に戸惑う。


 そしてここで羽衣の横顔を見るたびに思い出すのだ。これからは俺が一生羽衣を守り続けようと誓ったあの日を。



       ちらっと羽衣の横顔を覗いてみれば、いつもと同じ。

           ()()()()()()()()()()()()()()



_____________________________________


「寒いよぉー」


「冷たい空気って、なんだか澄んでて綺麗な気がしないか?」


「分かる……けど寒いものは寒いんだけどー」


 三人で囲んだ食卓は瞬く間にお開きとなった。近頃、羽衣は大分料理を腕をあげており、会話をするより先に飯が口を塞いでしまうからな。自然と食事の時間は短くなってきている。


 そして今、散歩に行こうと俺は羽衣を寒空の下に引っ張り出している。

 2月。時刻は20時を回り、身体を包む空間はいともたやすく我らが血液様を凍り付かせるんじゃないかと思うほどに凍てついていた。羽衣がぶーたれるのも当然といえる。


 もちろん俺だって寒いさ。今すぐエアーコンディショナーから吐き出された、生温く乾いた空気に包まれたうえ、羽毛の布団にくるまれたくてたまらないね。


 にもかかわらず、わざわざ羽衣を外に連れ出す理由。もちろんあのことだ。


「なあ、お前がバレンタインにチョコレートをあげたくない理由って何なんだ?」


 単刀直入に聞く。どうやら俺に探偵は向いていなかったようだ。


「あー、○○に聞いたんだ」


「どうしても気になってな。なんでなんだ?」


「そんなに気になる?そもそも、としってそういうイベントごとには、我関せずを貫くタイプだと思うんだけど」


「確かにな」


 正直どうだっていいさ。人が誰にチョコをあげるだのあげないだの、別に俺には関係ないからな。ただどうしても気になってしまうのはそう、


「お前のことだから気になるんだよ」


 俺たちは同じ時を、ずっと二人で過ごしてきた。


「俺はお前のことを世界でだれより理解してるし、俺のことは世界中で誰より、お前が一番分かってくれてると思ってる」


 これはただの我儘だ。


「だからこそ、お前の考えをまったく理解できないって事実に、たまらなく腹が立つんだ。それが自分に対してなのか、お前に対してなのかは分からないけどな」


 ぶつけどころのない苛立ちを飾らずにぶちまける。結果として、これ以上ないほどに激情をぶつけまくってしまっているが。

 羽衣は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、しばし俺を見つめていた。

 それからどこか乾いた笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。


「確かに私はとしの事をよく知ってるし、としは私のことを一番に知ってくれてる」


「ただどうしても、そこには埋められない差があるの。理解しあえない、絶対的な理由があるの。私はとしに、それがなんなのか、伝えるべきなのかもしれない」


 今にも崩れ落ちてしまいそうな、悲痛な顔を浮かべ羽衣は嘆く。

 今すぐにでも抱きしめて、慰めてやりたいのに、羽衣をこうしたのは俺なのだ。掛ける言葉も、資格も、何一つ持ち合わせていない気がした。


「でも、私は弱いから。また失ってしまうのが、たまらなく怖いの」


 彼女は震えている。それが月明りとともに押し寄せてくる、冬の冷気のせいでないのは明らかだった。


「ねえ、ずっと、私と一緒にいてくれるよね」


「当たり前だろう、何を言ってるんだ」


「そうだね。当たり前だね。でも」


 刹那、宙に浮かぶんじゃないかと身構えるほどの突風が吹き荒れ、彼女の言葉はかき消えた。或いは発声すらしていなかったのか。

 目の前の()()()()()()は、『()()()』という存在に、()()を告げてしまう、そのことに心底怯えているようだった。


 寒さで本当に凍ってしまったか。そう脳が錯覚するほどに、二人の時間は完全に止まっていた。


 どれだけの時が流れたか。

 落ち切った砂時計を、先にひっくり返したのは彼女だった。


 すぅっと一つ息を吸い込むと、羽衣は突然笑顔を作り、いつもの調子で喋りだす。


「私がチョコをあげない理由、教えてあげよっか」


 語尾に音符マークとスタッカートがつきそうなほど、陽気で軽やかな声音だった。


「なんだ、いいのか?とても教えてもらえる雰囲気じゃなかったが」


「私が言いたくないのは、そのこととはちょっと違うこと」


 なんなんだこいつは。さっきまでの空気はなんだ。

 ただでさえ張りつめた空気を馬鹿みたいに引き伸ばしやがって。引っ張りすぎて千切れたか、形状記憶も逃げ出すほどにたるみ切ってしまったか、目の前にいる少女は、すっかり俺の()()()()()天海羽衣に戻っていた。


 正直、すごく安心する。


「公園までいこっか」


「いいぞ」


 現在地からほど近い場所に俺たち行きつけの公園がある。

 昔からあのブランコの上で、くだらない会話を繰り広げたものだ。


 無言で歩き、辿り着くと、やはりというべきか、羽衣はいつものブランコを陣取った。

 俺もその隣に腰を下ろす。


「実はねー、私のお父さんとお母さんが付き合いだしたきっかけって、バレンタインデーだったんだって」


「そうだったのか」


「お母さんがバレンタインにチョコを贈って、そのまま告白したらしいよ」


「それでオッケーもらったと……なんというか」


 甘酸っぱくて恥ずかしいな、尚、口に出すにもこっぱずかしいフレーズなので噤んでおく。俺はいつまでも男心を忘れないのだ。


「だが、そのこととお前に何の関係があるんだ?」


「んーお母さんはそれから、誰にもチョコレートをあげなかったらしくてね」


 はにかみながら小首を傾げる羽衣のしぐさに、ふいに心臓を握られる。


「なんでーって聞いたら、それを特別な思い出にしておきたかったからなんだって。何個もあげたからって薄れちゃうってことはないと思うんだけどね」


 もう分かった。人一倍過去に固執にする羽衣なら、当然の行動だろう。

 そうなったのは、両親が亡くなった影響だが。


「だから私は、チョコレートをあげるのは、もうこの人と結婚するって決断できたときにしたい。それで少しでも、お母さんと……お父さんとも、近くにいれる気がするの」


 なぜだろう。なぜだか急に、心の蓋が()()落ちた。


「俺は来年、お前からチョコレートを貰う」


「……え?」


「今すぐ返事はいらない。現時点でお前が俺に恋愛感情を持っているとは微塵も思っていない」


 どうしようもなく、もう駄目だった。一度決壊したダムは、その激流を押しとどめる術を持たない。


「勝負をしよう。1年後、必ずお前を惚れさせる。お前にとって唯一無二の、なくてはならない存在になってやる」


 羽衣が俺を異性として認識していないことは、憎たらしいほどに理解済みだ。

 ならばここに宣言しよう。まずはスタート地点に、()()()という存在を押し上げる。


「これは俺からお前への挑戦状だ。俺たちはつがいでなくちゃならない。そのことを、分からず屋のお前に教えてやる」


 迷っています。羽衣の顔にはそう描いてあった。ただそれは、俺の想定していたそれとは少し違うような……。


 ふと、羽衣の頬に雫が零れる。


「……雪」


「……ほんとだな」


 また泣かせてしまった、そう思ったが、どうやら突如降り始めた泡雪によるもののようだ。

 お互い、これだけ情動に身を任せて向き合ったのは、初めてのことだったか。


「……1年後で、いいんだよね」


「あぁ、それでいい」


「わかった」


 羽衣はその場でくるりと翻り。俺に背中を向けると何かを呟いたようだ。

 今あいつが何を考えているか。やはり今の俺には分からない。


 分かるのは、やはり引っ提げてきた日記帳が、強く握られ、くしゃくしゃになっていたことだけだった。


「……帰るか」


「……うん」


 行きとは全く違う色をした道を歩き出す。

 今日と昨日で、俺たちの世界は確かに変わったのだ。

 それが正しいことなのか、間違ったことなのか、またこれも分からない……が、



     この日以降、俺が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



_____________________________________


 春。


 無事俺たちは中学3年へと進級することになった。そこに波乱も万丈もありはしなかったので割愛させてもらうが。

 ちなみに羽衣とは同じクラスだ。


 あれから俺と羽衣に何も変化はない、とは言えないだろう。一世一代の大勝負に出たのだ。そうでなくては困る。


 がしかし、無情にも羽衣が異性として俺を認識してくれるようになったとは到底思えず、むしろどこかよそよそしさを感じるようになった。


 焦らず慌てず狼狽せず。我慢の時なり。自分で決めたのだ、決着は1年後と。

 今はただ、牙を研ぐ。己を高め、お前の伴侶に相応しい男なのだと売り込み続ける。

 そうすることしかできず、そうすることが()()()ことなのだ。



 夏。


 俺たちは島へ旅行に出かけた。人が少なく空気もうまい。

 停滞した関係にメスを入れるには、これ以上ない絶好の舞台である。


 羽衣の行方が分からなくなった。

 昼食の買い出しへいくため部屋を空けた僅かな間に、羽衣は忽然と姿を消していた。

 あらゆる数字の羅列の中で、一番脳裏に焼き付いている番号を端末にプッシュするも、耳にたこができるほど聞かされた、羽衣ご執心のアーティストが虚しく騒ぎ立てるだけだった。


 途方に暮れている場合ではない。

 探し出すのだ。囚われのお姫様を救い出すのは、いつだって後先考えない無謀で愚かな王子である。


 夕刻、砂浜にて無事再開を果たすことが出来た。勘弁してくれよ羽衣。

 住民の方々、そして警察の方にもお礼とお詫びを述べに行かねばな。やれやれ、とんだ島巡りになってしまった。


 再開した羽衣は、どこか憑き物が落ちたようだった。

 欠けてしまっていた歯車を修繕したかのように、俺たちの距離感は()()()回りだした。



 秋。


 過ぎ行く日々は、くだらないゴシップで、ああだのこうだの騒げる我ら日本人を象徴するかのように穏やかだった。

 近頃アニメを見始めたのだが、これがなかなか悪くない。羽衣にもおすすめしておくか。


 身長こそ成長していないものの、最近の俺は自分に自信を持ててきている。

 学力も校内3位にまで上り詰めた。サッカー部にはサッカー、野球部には野球で敵わないものの、体力テストではクラス1位の記録を叩きだした。


 先日、初めて女性から愛を告げられた。尚これは男性からなら過去にもあるという意味ではない。

 もちろん丁重にお断りさせていただいたものの、色々な意味で舞い上がっている。

 

 いくら羽衣以外見えない俺とはいえ、異性に告白されて嬉しくないなどと言うつもりは毛頭ない。飛び上がるほど嬉しいに決まっている、当然だ。

 しかしそれ以上に俺を狂喜乱舞させている事実がある。


 俺の男としての、否、人間としての格が上がってきているということだ。


 去年までの俺なら、女性から好意を告げられることなど有り得ないと思っていた。現実に起ころうとも、ドッキリか何かだと邪推していたに違いない。

 しかし今なら、それもありえることだろうと声を大にして言える。事実そうであったしな。


 つまり俺はここまで()()()道筋を歩んでこられたことに他ならない。


 さあラストスパートだ。



 冬。


 いよいよその時も目前となってきたな。ブレーキの壊れた戦車のように、もはや俺を止められるものはない。正面からぶつかるだけだ。


 羽衣とも相変わらず仲良くやっている。相変わらず……そう相変わらず、相変わらずだ。


 いいか、俺は()()()ことを()()()、自然に、当たり前に、()()()やってきた。

 そうだ俺は()()を踏み続けているはずだ。

 

 自分を信じろ。どうあっても俺の悲願は果たされるはずだ。そうでなきゃ、ならないはずだ。


 誰より苦労し、誰より努力し、誰より勤しんだ。

 既に失敗の二文字は消え去っている。


 俺は俺が大好きになった。そしてお前のことも変わらず大好きなままだ。

 『明日、全てが変わる』



 2月13日。そう呟き、俺は眠りについた。



_____________________________________


 朝、いつも通り羽衣と合流して登校する。

 しかしというべきか、やはりというべきか。そこには、普段ならラジオのように流れ続けるはずの会話の音はなかった。


「放課後、体育館の裏にきて」


「分かった」


 構わない。今はこれだけで構わない。


「あと、帰りのホームルームが終わってから30分後くらいにきてもらってもいい?」


「問題ない」


「ごめんね。ちょっと、先に済ませないといけないことがあるんだ」


「待てるさ」


 心臓が、脳が、肌が、俺の全てが震えている。

 俺の全てをお前に捧げる。お前の全てを受け止める。

 羽衣、俺はお前を……信じている。



_____________________________________


「俊くん、今日予定あるの?」


「ああ、この後羽衣のところに行かなきゃならない」


「……そっか。また明日ね」


「……また」


 早足で教室を出ていったクラスメイトに敬意を表したい。

 俺が羽衣を好きで、羽衣以外を色恋で見ることができないことは既に知れ渡っている。彼女もまたその一人のはずだ。


 それは蛮勇か、しかしその勇ましさを持って、越えられぬ壁を前に立ち上がること。それをできる人間。

 それを人は『勇者』と呼ぶのではないか。


 息を吐く。自分でも何を考えているんだか分からない。

 気が気じゃない?当然だ。今日この日のために、この1年間を使い続けてきたのだ。


 並々ならぬ重圧。相反する期待と不安。

 頭が摩耗し、擦り切れてしまうんじゃないかと思うほどに思考が巡る。


 長い、遠い。

 いつもは別の意味で頭を抱えたくなるほど騒々しい教室も、今は深い静寂に包まれている。


 その時は、来た。


「行くか」


 珍しく独り言を言い放ち、席を立った。



_____________________________________


「時間ぴったし、さすがだね」


「大事な用だからな」


 体育館裏にはちょっとした植え込みがあるくらいで、目立つものは何もない。

 まさしく、相応しい舞台だった。


「とし、すごく変わったよね」


 お互い瞳をそらさず、向き合い続ける。


「勉強もしっかりするようになって、私すっかり置いていかれちゃったし」


「俺がお前を置いていくことなどありえない」


「そうだよね、もっといい学校だって、簡単に行けたはずなのに、私と同じところにきちゃったし」


 もちろん嬉しいけどね、と羽衣はほころぶ。


「勉強よりも運動始めたことにびっくりしたなー。としってこんなに才能あったんだね」


「やる気が他の奴等よりあっただけだ」


「ううん、すごいよ」


「ありがとう。それより羽衣、俺は」


「うん、分かってる」


 すぅっと、いつかの日と同じように息を吸い込み羽衣は言った。


「きて」


 するとガサゴソと植え込みから何かが出てくる。

 なんだ、でかい猫か?それとも犬か。ハクビシンなのか狸なのかアライグマなのかはたまたイタチなのか。

 それは、どうやら、俺の見間違えでなければ人間のようだった。


『私、今日この人にチョコをあげて……告白したの』


 気づいていたさ、羽衣がチョコを持っていないことくらい。


 なんだ、これは。なんだこの男は。羽衣は、何を言っている?


 何も聞こえないし、何も見えない。

 世界が、跡形もなく崩れていく。


『それで、付き合ってくれるって……結婚も考えてくれるって言ってくれて』


 なに、難しいことではない。

 この可能性を一度も考えなかった訳ではないではないか。

 そうだ……そう、もうあれしかない。


『だからね……ってとし!?』


 帰ろう、もうこの世界に用はない。


_____________________________________


「としどっかいっちゃった」


「無理もねぇよ」


「まだ話あったのに」


「お前……あいつの事嫌いなのか?」


「そんなわけないじゃん。としは私にとって、一番大切な人だよ」


「彼氏の前でそれを言うかよ」


「しょーがないじゃん。それぐらい私にとっては特別なの!」


「だとしたら、何でこんなことしたんだ?」


「こんなこと?」


「お前はアイツを、最悪な方法で無慈悲に突き放したんだ。そうとうショック受けてるぜありゃ」


「だって彼氏が出来たら報告しなきゃいけないし……結婚まで考えてるんだよ?」


「報告するにしても順序ってもんがあるだろ……って言いたいところだが、この際そりゃあどうでもいい。なんでわざわざアイツに報告する必要があんだ?」


「だって私にとってとしは()()()()()みたいなものだし。結婚する気なら言っとかなきゃまずいかなって」


「……あぁ、そうかい」


「としってすごいんだよ!特に去年からは凄く頼れるようになって「お前には悪気はねぇようだけどな、お前、そのとしって男のこと何にも理解できてねぇよ」


「え?」


「ありゃ相当お前に惚れてる。もちろん家族的な意味じゃなく、女としてだ。それに対してこの仕打ち、アイツ、壊れちまうぞ」


「え、いやだって、私……そんなつもりじゃ」


「人の気持ちに、つもりもくそもねぇよ」


「だって!……私にとって、としは一番で、大切で、特別で!ずっとホントのお兄ちゃんみたいだなって思ってたけど、この一年でどんどん頼もしくなって。ずっと一緒にいたくて、離れたくなくて……あれ、でも私、あの夏、君と出会って、覚悟を決めて、それから……っ!私バカだ……ほんとにバカだ……ごめん!私、としに謝らなくちゃっ!」


「いけ」







「……神様ってもんが存在するならいってやりてぇ、こりゃあまりにも」



 --------残酷じゃねぇか。



_____________________________________


 体重の一割。それがチョコレートの致死量らしい。


 俺は自宅からスーツケースを持ち出し、スーパー・コンビニ他にもありとあらゆる売り場を巡りチョコレートをしこたま詰め込んでいく。

 堂々としていれば意外とばれないものだ、これから消えゆくこの世界で罪を犯そうが、なんということはない。


「くそっ、降りだしやがって。いきなり猛吹雪じゃないか」


 異世界転生、知っているだろうか。

 近頃日本では異世界転生が大ブームらしい。なんでも死ねば、神様が異世界に転生させてくれるようなのだ。


 そのためのチョコレートである。


 俺はあの公園までたどり着いた。

 ふむ、自殺といえば靴を脱ぎ揃えるのが礼儀であろうか。これは、入り口に置いておこう。


 しかし足が冷たいな、この吹雪だ、既に雪も積もっているので当然だが。

 鞄いっぱいのチョコレートを運ぶ姿、さながらサンタとでも言ったところか。


 いや、スーツケースを持ったサンタなんぞ子供の夢を運ぶどころか、社会の辛さを運ぶだけだろう。

 お断りなデリバリーだ。それに俺はあんな髭面じゃないしな。


「さて、いただきますか」


 例のブランコに腰を掛け、俺はチョコレートを齧り始める。


「ここから、全てが始まったんだな」


 そして、終わった。いや、終わらせないために俺は今こうしているのだ。


「キツイな」


 流石に体重の一割もチョコを食べ続けるのは無理が過ぎる、それでもやるが。

 死ぬだけであればもっと楽な方法はいくらでもある。これは願掛けだ。


 次の世界では羽衣からチョコを貰えるように。

 次の世界では俺と羽衣がずっと一緒にいられるように。


「あぁ……そろそろ、やばぃな」


 ふと天使が見えた気がした。


『ちょ……っ!と……りして!!やだ、……いで!!ゃ、……ぁぁあああ!!!』


 ああ羽衣、次こそは、お前と……。



_____________________________________


 


 目覚めた時、と言っていいのだろうか。

 意識はある、しかしそこは暗い闇の中で、何も見えない。


 声が出ない。手も、足も動かない。


 俺は転生などできずに、ただただ死んだ。

 そしてこれは死後の世界。そうだとすれば納得がいく。


 そこには何一つない。ただただ無限の無を繰り返すのみ。



 こんなことなら、何のために俺は。

 


 そう思った時だった。


 世界に、光が満ちた。


『眩しいな』


 そう思ったとき、その光を遮るように見知った顔が映る。


『……ああ、そうか、そういうことか』


 冷たい、おいおい消えてしまうぞ。今の俺は雪のように溶けてしまう存在なのだ。


『しかし、これでよかった』


 安堵。これも望んだ未来と言えなくもない……か。


『約束は、果たせそうだ』


 俺はこのまま、二度目の死を迎えるだろう。

 今度こそ、永遠の死。しかし、それは望むべき永遠。


『俺たち、ずっと一緒にいような』




 初めての口づけは、甘い、涙の味がした。



_____________________________________


   3月14日

  あなたがいなくなってから1か月が経ちました。

  ねぇ私が悪かった。私が悪かったから帰ってきてよ。


  私の日記にはいつだってあなたのことばかりだった。

  それもね、去年の2月14日からは毎日あなたのことを書いていました。


  無理をして、変わっていくあなた。

  私はそんなことしなくてもあなたのことが大好きなのに。


  ううん、違う。

  私の好きと、あなたの好きが違うことはずっと分かってた。

  でも、私はそれを甘く考えてた。


  ごめんね。辛かったよね、苦しかったよね。

  私のために何でもしてくれたのに、こんな子でごめんなさい。


  でも、どうしても。私は、あなたのこと……。


  1か月もたったのに今更なんだってあなたは言うかもね。


  今日、バレンタインデーのお返しを貰いました。

  なんかそのチョコを見たらね、あなたとの思い出が溢れてきて、

  止まらなくって、涙が出て、チョコの味もわからなかった。


  感想、ちゃんと言えるかな。


  私たち、ずっと一緒にいるって、約束したよね。


  私もひどいけど、あなたもひどいよ。

  やっぱり、置いていかれちゃった。


  ……でも、そうだ。

  やっぱり私もひどい女だね。


  こうすれば、いいんだ。



          「私たち、ずっと、一緒に、いようね」

最後まで読んでくださった方ありがとうございます。

先に後書きだけ読んでやろうと思った方も、ネタバレはしませんのでそのままどうぞ。


物語の内容、文章力などは置いておくとして、読んだだけでもここ書けよと思った箇所が満載だったと思います。

今のところそれを文字に起こすつもりはありませんが、頭の中に続編の構成はあります。


もし書くのだとすれば、次回は天海羽衣を主人公に据えて、今回端折られた場面、キャラの心情などを補足していく形になりますね。

それぞれの場面でのキャラの心情・出来事など、一応頭の中に設定はあるのでそれほど労せず書けるとは思います。


が前述の通り今のところそのつもりはありません。

ただyoutubeの方で補足解説などはやりたいと思ってるので、気になった方はぜひ。https://www.youtube.com/channel/UCFSP1Iz_sJQaFkvD2F9AdUQ


続編は反響次第となりますが、貴重な時間を使って読んでくださった方、本当に感謝します。

また何かの縁がありましたらお会いしましょう。

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