生活領域が別次元の子と出会ったなら
―――やらかした。勝手に居なくなるに一点賭けして近寄らない方がまだマシだった。
日本に居た時山ほど見た、世界の容姿でお金を稼ぐ子供たち相手に呂布れそうな顔面骨格。そこに鎮座するはクレオパトラ役より美しく輝く紫水晶色の瞳。浅黒いのが多いこの国では大いに目立ちそうな温かみのある白い肌。と、月も隠れる御容姿だったのだ。
最低最悪である。これなら親はさぞ大事にしているはずで、体か心にかすり傷一つ付けたら自分たちの首で古式ブリカスサッカーが始まりかねない。
何が紳士の国だ。古代から今まで品性皆無下劣極まる行いをし文化を最も破壊した外道国めと毒づき、お陰でほんの少し取り戻した落ち着きでヨナスはやっと相手の様子に気づく。
この子は、自分に怯えている。
困惑した。貴族が平民に怯えるのは不自然を越えて異様だ。
この年齢でも普通は力の差を認識している。相当引っ込み思案な性質の子なのか。さてどう話しかけよう。何時もより更に丁寧に話すべきか「ちゅ」―――ちゅ?
「ちゅくふくが―――あります、よう、にぃ」声は小さくなり口が動くだけとなって消えた。
何を言ったのか分からなかった。しかし面倒事が人になった感の美少女が目に涙まで浮かべてこちらの反応を待っている。
で、ちゅくふくとはなんぞや。と考え、何か引っかかる物を感じる。
昔、何か――――――思い出した。
学院へ勉強に来てた大人たちの会話だ。『祝福がありますように』そうお貴族様と勘違いした痛い商人が挨拶すると言っていた。
少々自信は無いが、相手の言葉通りに返したら友好的だろう。と、ヨナスは判断し、
「祝福がありますように」笑顔付きで言う。
結果は吉。泣きそうだった顔が一瞬で輝く笑顔になる。
が、直ぐおどおどした態度に戻り、
「あ、あの、ごめんなさい。歩いてたら凄く楽しそうな声が聞こえて、それで見たくて、その―――」
初手謝罪。しかも敬語。受けた動揺を表に出さないよう努力しながらヨナスは考える。
謝罪での頭の上げ下げ。姿勢にぶれ無し。普通の子はこの年齢だと体のあちこちが無駄に動くものなのに。
気品はまず落ち着き。つまり体を動かさない事だ。過去に見た極めて高貴な方と極めて下劣な奴が並んで会食する映像から断言できる。この子はさっきの挨拶といい上品かつ高度な教育を受けていると見て間違いなかった。
手が無意味に動いた。三十年以上生きて幼い少女に謝られただけで動揺する自分に情けなさを感じるが、流石に此処まで意表を突かれたらしゃーないかな。とまで思考を彷徨わせ、その所為でまたこちらの返事を待たせてしまったのできまり悪げに、
「見てて面白い? あ、一人だけど迷ったの? だったら家に送るよ」
子供らしく敬語を使わないのに勇気が必要だった。話しつつ脳裏の点に注意を払う。オレンジ色が入ったら地面に身を投げ出して謝罪……白いままだ。なら口調と態度はこのまま。
出来ればさっき口から転がり出た希望の通りの迷子で、送ったら生涯のお別れとなりますようにと祈る。
しかし彼女はこっくりと頭を下げ、そのまま顔を上げず上目遣いで、
「面白かったです。迷ってはいません。そこの大通りだけなら歩いて良いと言われてますから。ちょっと町を出ちゃったけど。あ、お家は今はえっと、ラウメン様の所です。この町へは昨日来ました」
―――何かの事故で一人ではない、だと?
ファン、タスティック。と、ヨナス本人にも良く分からない英語らしきものが浮かぶ。
何故。超上流層の。はた迷惑にお可愛い女の子が。一人でいるのか。
山に囲まれたこの領地では全員が互いをだいたい覚えており、何かあれば直ぐに噂となるため治安は極めていい。とは言え他所から来た金持ちの子が一人とは。
―――勘弁してよ。一個くらい普通でも良いじゃん? 全部特別の金ぴか主義は趣味悪いよ。秀吉よ? 他所の男が妻に子を産ませちゃうよ?
「そう、子爵閣下の所なんだ。うんと、遊びで来たの? 三日とかで帰るのか、もっと長く居るのか分かる?」
大事な質問だった。付き合う日数によって接待のやり方を変える必要がある。
尋ねられた少女は質問の唐突さに驚くも少し考え、
「多分―――ずっと居ると思います」
兎に角機嫌よくなってもらおう。ヨナスは覚悟を決めた。
目の前の子がどんな性格でも、好意を持ってもらった方が悪い事の起こる確率は低かろう。身分違いでも所詮は子供。大人の知恵をもってすれば転がせる。そう信じるしかない、と。
そこでまずは「うん」の一言を出しやすいよう、
「もっと見たい?」
しかし言われた方はうつ向いていた顔を上げ、こっちを見て「は」の形まで口を動かし―――止まった。そして又うつ向く。
なんでや。
しばらく沈黙が場を支配するが、ヨナスをちらりと見た後、勇気を奮い起こしました。と見て取れる様子で口を開き、
「み、見たいです。でも、わたしなんかが見てたら、怒るんじゃないかなって」
言った。という感じだった。怒られるんじゃないか怖い。でもこの男の子はずっと優しそうに微笑んでくれている。だからきっと大丈夫。という心の声がありありと表に出ていた。
一方その男の子は『わたしなんか』の言葉で虫に背中を這われたような悪寒を感じている。
もう一度少女を視線を動かさないよう上から下まで見て、情報を再確認する。
良い服と十分な食事を与えられているのは確か。天から規格外の容姿を与えられ、なのに自分への自信が殆ど無い様子。何より御付きの者が居ないのが理解できない。
とても複雑な事情がありそうだった。幾ら大人の知恵を持っていようが、孤児院暮らしの子供だと解決不可能で巻き込まれたら破滅必至な。
なのに既に自分は少女の許可なくして屁をこくのもはばかられる。
「誰も怒らないよ。見たいならもっと近くで見よう? 初めて見る遊びでしょ。説明するよ」
「―――いいんですか?」
「勿論」
「それ、なら、お願いです。あの、わたしはミーアっていいます」
「うん。私はヨナス。じゃ、こっちにおいで」
他の休んでる面子から少し離れた所で見つけた石に二人で座り、蹴球を見ながらどんな遊びかをヨナスは説明しだす。
それを聞くミーアの様子からは、こんな風に同年代の子と遊んだ経験自体が無さそうに感じた。となるとこの先の展開も目に浮かび、ヨナスとしては頭が痛い。
とは言え接待自体は良い調子である。少し羨まし気だが見るからに楽しそうだし、色も白から薄い緑に変わっていた。
「あ、まただ。えっと、抜くって言うのですよね? ヨナスさんあの子凄いですね。自分より大きい人を何度も抜いてます」
「うん。あの子はリオネラと言って、私たちの中で一番球を蹴って走るのが上手いんだ。走る時に触る回数が人より多いんだよ。それで細かく動いて相手を迷わせてる。ほら、他の人よりちょこちょこ動いてるように見えるでしょ? 実はあれ凄く難しくて私も出来ないんだよ」
「へー、凄いですね。あ、でも取られそう……」
見るとリオネラが囲まれ球を取られていた。そのままカウンターを受ける。が、危ない所で守備に成功し球が外に出た。
それを見てヨナスはむずむずしてしまい、
「ごめん。大声を出してもいい?」
「え、う、うん……いいです……よ?」
了解を得た感謝の証に軽く頭を下げ、立ち上がり口に両手を当てて、
「こらーっ! リオネラァ! 又か、又なのか! 今外側に防具屋が居ただろ! 抜く事ばっかり考えないで、渡すのも考えんかい! 広く見られるようになれと何時も言ってんだるぉがぁ! 蹴球心得の条その一、動きは激流でも心は静水! 防いでくれた味方に謝れやぁ!」
声を浴びせられたリオネラは、真っ赤になりばね仕掛けのようにヨナスの方へ向くと、
「う―――うるさいヨナスにぃ! 謝ったもん! なんでさっき二人抜いた時はこっちを向いても無かったくせに、こんなのだけ見てるの!」
「それくらい酷かったからだよ! つーか試合中になんで見てなかったって確認してんだ! 集中しろや! だから取られんだぞ。また取られるぞ! ほれ再開すっぞ!」
そう言い捨てヨナスは球を持って手持無沙汰にしてた守護者に手振りで謝り、ミーアの隣に戻る。
ミーアはヨナスの後ろを指さして、
「あ、あの、あの子舌をだしてますけど、いいんですか?」
「大丈夫。始まればこっちの相手なんて出来ないから。それよりうるさくしてごめんね」
「そんな、いいえ。―――すごく、仲良しなんですね。今怒ったみたいだったのに皆楽しそうで。ぶつかったりして、痛がってる時もすぐ仲直りしてますし……」
「こーいう遊びなのでどーしても痛い時はあるよ。でもわざとじゃないと皆分かってるし、この遊びは人数が居ないと出来ないから仲良くしないとね」
「なるほどなぁ。いいなぁ……」
思った事がそのまま口から漏れた。という感じだった。
恥ずかしかったのかミーアは顔を赤くしてうつむく。しかし直ぐに手を強く握りしめ、ヨナスの方を見てはうつむくを繰り返し始める。
やっぱり。
子供の前で楽しそうな様子を見せたら、そりゃこうなるよね。とヨナスは思うが『どうしたの?』という様子を作り蹴球の解説に戻って自分からは動かない。
どうせなら上位者が要求するまで動かないのがパンピーの安定行動だとヨナスは心得ていた。