096 異国の盗賊団①
馬車の目的地であるマイフォーディア王国の王都までは約600kmの道のりだ。そこからさらに400km進めばテトレドニア公国の国境に到達する。そのテトレドニア公国を横断し、最終目的地であるアルトンヴィッヒ共和国の首都ロデアまで行くんだけど、そこまでさらに600kmはある。
つまり、ここフルルーフ王国の王都から目的地までは約1600kmの道のりだ。遠いなぁ。前世で言えば、九州から本州を経由して北海道に至るくらいの距離だよ。
馬車の速度を時速10kmとして一日に8時間進むと仮定すると、600kmの距離は8日間で走破できる。もちろん、商会の馬車に便乗しているという立場上、商会側の都合に合わせなければならないので実質2週間くらいの予定らしい。ただし、これは日程に余裕を持たせているだけで、順調なら10日間くらいで着くみたいだけどね。
そこから先の移動手段をどうするかは、また着いてから考えよう。割と出たとこ勝負だな。
ちなみに、いつもは警備業者から警備員を4~5人派遣してもらって馬車を護衛してもらうらしいんだけど、今回は俺達が護衛として働くことになるので警備員は雇っていない。そういう契約で馬車に乗せてもらっているからね。
前衛のアリス(ピンクグローブの徒手格闘家)と前衛兼中衛の俺(真剣と同じ切れ味の木刀を使う剣士、状況によってはスリングショットも使用)、後衛のエリカ(自衛能力のある死霊魔法師)の3人は、はっきり言って過剰戦力だよ。魔物だろうが盗賊だろうが瞬殺間違いなしだね。
商会の馬車はかなりの大型で、6頭立ての6輪馬車だ。マイフォーディア王国に輸出する農産物や海産物(ただし、生モノではなく、日持ちするように加工されている干物等)をぎっしり積み込んでいるため、商会側の人員は御者台に座る二人だけだ。俺達は荷物の隙間になんとか身体をもぐりこませているという感じ。
なお、マイフォーディア王国王都までの途中の街や村でも随時販売していくので、徐々に荷物は減っていくはずだよ。なので、狭いのは旅の序盤だけだね。
商会側の二人のうち、一人は中年男性で眼光鋭く、油断ならない海千山千の商人って感じの人だ。もう一人は20代くらいの助手的な人で、なんと女性だった。危険な旅に女性を派遣するのは極めて珍しい。どうやら俺達が便乗するから安全だということで、経験を積ませるために同行させたらしい。そう、この二人は親子なのだ。
なお、フルルーフ王国へこの馬車が帰国する際、俺達はいないんだけど、マイフォーディア王国で護衛を雇うから良いそうだ。
「マーク君、荷台が狭くてすまんね。エリカさんやアリスさんも大丈夫かい?」
「ルイさん、お気遣いありがとうございます。はい、三人とも大丈夫ですよ」
商会の男性はルイさん、その娘さんがマリーさんだ。なんだかフランス革命を連想させられる名前で、とても覚えやすい。
実際問題、予想よりもずっと乗り心地が良かったりする。なお、全員が衣類の詰まったボストンバッグくらいの大きさのバッグを背中に当ててクッションにしている。実はマジックバッグを持っていることを隠すためのダミーのカバンだ。なので、俺は愛用の木刀をマジックバッグには入れず、自分の傍らに置いているよ。
街道には約50km間隔で旅人用の宿場町が作られているので、野宿する必要はない。街にある商店や問屋に多少の商品を卸したりはするけど、基本的には馬を休ませ宿泊するために立ち寄るだけだ。要するに、600kmの道のりの中に11か所の宿場町があるから、到着までおよそ2週間の日程ってことになるんだよね。
50kmの距離は歩くとキツイけど、馬車ならそうでもない。なんとも快適な旅になりそうだ。
余談だけど、東海道五十三次って、江戸から京都までの約500kmの中に53個の宿場町があったけど、旅人のほとんどが徒歩移動だったし、箱根の山越えもあったからね。53か所は多過ぎだろ!…ってことはない。
旅に出てから8日目、ついに国境を越えてマイフォーディア王国に入った。一応、申し訳程度の検問所みたいな建物はあったけど、ほとんど検査されることもなく通過できたよ。これは関税という仕組みが無いため、禁制品の検査などが無いせいだ。パスポートや査証という制度も無く、言語は大陸共通語に統一されているし、感覚としては県をまたぐ移動みたいな感じかな。
あたかもターナ大陸全体が一つの国って感じで、各国は都道府県みたいなイメージでとらえてもらえば良い。だからこそ国民は容易に自分の所属する国(つまり住所)を変えられる。国は出奔されないように重税や無理難題を国民に吹っ掛けないという暗黙の約束事が出来上がっているんだよね。我が国の国王陛下が俺のことを『他国に出奔させないように』と言っていたのはこういうことなのだ。
あと、通貨の問題だけど、各国が独自通貨を発行しているのではなく、教会が通貨発行権を持っている。そのため、『エン』は大陸共通の通貨だ。教会が前世でいうところの日本銀行みたいな役割を担っているんだよね。ただし、目的地のアルトンヴィッヒ共和国には教会が無いため。この国だけは独自通貨を用いているらしいけど。
国境を越えてしばらくは森の中の街道を進むことになる。
突然、木々の間からバラバラと街道上に人が現れた。馬車の前に8人、後ろに5人だな。もしかしたら隠れている者がまだいるかもしれないが…。
全員が剣で武装しているし、弓を持っている者もいる。身なりについては薄汚れた感じで、防具らしきものを着けているね。兵士…ではなくどうみても盗賊っぽい。俺のトラブルエンカウント率って高くないか?
髭面で体格が飛び抜けて大きい男が前に出てきた。身長2mくらいありそうだ。
「おい、お前ら、そいつは馬車ってやつだな。さっさと全員、降りてこい。命だけは助けてやるぞ」
声も太くてでかい。体格の大きさもあってかなりの威圧感だ。きっとこいつが頭目だろう。
「おいおい、女がいるぜ。こいつはついてるな。俺達全員の相手をするとなると、あそこが壊れるかもしれんがな。ゲヒヒ」
小汚い小男がニヤニヤ笑いながら頭目の横に並んで、下品なセリフをしゃべっている。ギルティ、有罪確定だな。




