086 特命
国王陛下に一つだけお願いをさせていただいた。
それが俺の関係者を一堂に集めること。場所は王城の一室。要するに、一人一人に個別に説明していくのが面倒くさかったのだ。説明は一度だけにしたかったからね。
てなわけで、今ここにはかなりの人数が集まっている。なにしろ国王陛下の招集だから断れないよ。
・俺の家族…両親と二人の兄、それに姉
・俺の友人…エリザベス様、ビル、アンネット嬢、ソフィアちゃん、エリカ、アリスちゃん、アリア
・職場の上司…ゴードン室長、ロバート室長
・貴族の知り合い…ジョンソン伯爵、アーレイバーク男爵
・教会…ハウル大司教
・王室…国王陛下、王太子殿下
の19人(俺を入れれば20人)だ。
会議室みたいなコの字型のテーブル配置で、上座に座るのが端から王太子殿下、国王陛下、俺、大司教猊下の予定。部屋の正面に向かって左側には前方からジョンソン伯爵、アーレイバーク男爵、エリザベス様、エリカ、アンネット嬢、ソフィアちゃん、ビル、アリア。そして、右側に座っているのがカーチス男爵(父上)、母上、兄二人、姉、アリスちゃん、ゴードン室長、ロバート室長だ。
左右の席に座る予定の人達が指定された位置に着席したあと、上座の4人が部屋に入ってきて着席することになる。その際、座っていた皆は一斉に立ち上がって深々とお辞儀をしたので、俺が一緒に入室したことには誰も気付いていなかったようだ。
「全員、面を上げて着席してくれ」
国王陛下のお言葉に全員が従い、着席した後、こちらを見て驚いているよ。なぜって、国王陛下の隣に俺が座っているからね。
「まずはその方らを突然呼び出したことについて謝罪するとともに、参集してくれたことを感謝する」
招集したのは国王陛下という建前なので、まずは陛下の挨拶から始まった。
「話というのは、ここにいるマーク・カーチスのことだ。この者には国王である儂と大司教猊下双方からの依頼として、特命を発することになった。儂が任命し、その活動を教会が支援するという形だ。それをマークの関係者であるそなたらに通達するのが、この集まりの趣旨である。質問のある者はいるか?」
おそらく皆、質問したいことがめちゃくちゃあると思うんだけど、誰も言葉を発しない。さすがに、この国のトップ3(国王陛下、王太子殿下、大司教猊下)がいるからね。
そして勇気ある最初の質問者になったのが、エリカだった。さすがです、エリカさん。
「エリカ・アトキンスと申します。マーク・カーチスに発する特命とは何かを聞いてもよろしゅうございますか?」
「うむ、マークにはこのターナ大陸の南東に位置するある共和国に行ってもらう。そこで行う仕事は国家機密に属するため、詳細には言えぬ。ただし、この国には帰ってくることができない危険性があることだけは承知しておいてくれ」
「それは、彼の地で死ぬということでしょうか?」
エリカが怖い雰囲気になっている。陛下の御前でありながら豪胆だなぁ。
「そ、その通りだ。儂にはよく分からぬのだが、マーク自身は覚悟しているようだな」
「仕事を依頼しておきながら『よく分からぬ』とはどういうことでしょうか?無責任ではありませんか?」
エリカさん、すごいな。陛下がたじたじだよ。てか、不敬罪と言われても反論できないよ。
仕方なく俺が話を引き継いだ。
「エリカ、命懸けの仕事ではあるけど、別に俺は死ぬつもりは無いよ。ただ、遠く離れた異国だから、何があるか分からないってだけだよ。そうだな、5年経っても帰ってこなかったら死んだものと思ってほしい」
エリカの目が『後で詳しく説明してもらうわよ』って感じに光った。てか、エリカの思考って読み取りやすいんだよな。まぁ、幼馴染だし…。
ここでジョンソン伯爵が発言した。
「国王陛下、我々が集められた理由は先ほどの説明だけではありますまい。何か我々に申し付けたき仕事でもおありでしょうか?」
「おぉジョンソン伯、いやそなたらに命じる仕事は特にない。ただし、そなたらには個別に『王家の影』が付くことだけを伝えたかったのだ」
これを聞いたジョンソン伯爵が顔色を変えた。多分『王家の影』って、暗部(暗殺や諜報活動を行う組織)のことだろうな。
「影の目的は監視でございますか?それとも護衛でございますか?」
「もちろん、護衛だ。そなたらに何かあった場合、このマーク・カーチスがどのような災いを我が国にもたらすか分かったものではないからな」
いやいや、使徒だからってそんな力は無いよ。てか、俺をそんな危険人物みたいに言うの、やめてもらえませんかね。ん?待てよ。女神にお願いすれば天変地異くらいは起こせたりして…。いや、まさかな。
陛下の発言に全員が微妙な表情になっている。そして、ここで大司教が爆弾発言をぶっこんできた。
「マーク様のお怒りに触れるということは、女神様のお怒りに触れるということですぞ。皆々様方、ゆめゆめお忘れなきよう」
ちょっと!俺が『女神の使徒』であることは秘密だって言ったじゃん。ボケてんのか、じじい。いや、失礼、ボケてらっしゃいますか、大司教猊下。
変な空気になったのを払拭するため、俺が発言した。
「要するに、ここにいる皆様には護衛が付くので安心してくださいねってことですよ。俺としても、国外に出るのに後顧の憂いは断っておきたいですから」
ここでちょっと予想していなかった事態が発生した。
「国王陛下並びに大司教猊下に申し上げます。私をマーク・カーチスに同行させていただくことはできないでしょうか?私の死霊魔法師としての戦闘力はなかなかのものだと自負しておりますゆえ」
ちょ、エリカさん。俺に付いてくるって?いや、これはちょっと予想してなかったよ。
「ふむ、そうだな。マーク次第だな。マークさえ良ければ、エリカ・アトキンスにも特命を発しよう」
くっ、俺に丸投げしてきたよ、この人。俺としては国王陛下がすっぱりと断ってくれれば楽だったのに…。
「エリカ、君を危険地帯に連れていくことなんて俺にはできないよ。おとなしくこの国で帰りを待っていてくれ。あ、別に待たなくても良いけど」
「危険があるならなおさらよ。私を連れて行きなさい。これは命令よ」
俺のすぐ隣にいる大司教が目を見開いてエリカを凝視しているのが分かる。使徒様に対して何たる物言い、この神をも恐れぬ不届きものめが!って感じだ。
「あー、すみません。これはちょっと保留にさせてください。エリカの件は上司に相談してみます」
置物状態だったゴードン室長とロバート室長が驚いた顔をしているけど、上司って女神のことだからね。
とにかく、女神がエリカの同行を許可してくれれば、一緒に行っても構わないってことにしよう。ダメなら使徒であることを白状するしかないな。




