008 生活魔法
エリカが二週間で、俺が三週間で魔力を感じ取れるようになった。これって、姉さんに言わせるとかなり優秀らしい。
次は魔力を体内で移動して手の平から放出する訓練だ。ただし、可視化しないと成功しているのかどうかが分からないので、特殊な器具を用いる。
占い師が使うような大きな水晶玉(ガラス玉かもしれないけど)が台座に半分埋まっているのだが、そこに手を触れて魔力を放出すると水晶玉が光るらしい。さらにその光の強さは放出された魔力量に比例するとのこと。ちょっと面白そうだ。
まずはドリス姉さんが見本を見せてくれた。右手が水晶玉に触れた状態で、目を閉じて集中している。と、徐々に水晶玉が光り始めた。
「ふぅー、こんなものかな」
姉さんが水晶玉から手を離すと光が消えた。
エリカと俺は思わず拍手してしまったよ。姉さんも得意げだ。
「ドリスお姉様、すごいです。どれくらいの期間、練習すればできるようになるのでしょうか?」
エリカの問いは俺の疑問でもある。
「そうねぇ、私の場合は二か月くらいだったかしら。エリカちゃんならもっと早いわよ、きっと」
うわぁー大変だな、魔法使いって(他人事…二回目)。てか、俺も練習しなきゃいけないの?無意味なのに…。
「あんたは私の婚約者なんだから、付き合うのが当然でしょ」
はぁ、まあ良いけどね。お嬢様の仰せのままに。
ちなみに、俺は魔力移動の練習と並行して【車輪生成】の習熟度を上げる訓練もしている。昼に魔力移動、夜に【車輪生成】って感じだ。でも、なかなか水晶玉は光らない。ここまで練習開始から一か月は経過しているし、エリカは数日前に成功しているから俺も少し焦っている。
魔力を認識することはできるのだが、それを自由に移動できる気がしないのだ。うーん、漫画やアニメの念動力みたいな感じでイメージしてみるか。動かす対象は体内魔力だけど。
水晶玉に触れながら目を閉じてイメージしていると、姉さんやエリカが驚きの声を上げた。うっすらと目を開けてみると、おぉ!光ってるよ。しかもめちゃくちゃ眩しいんだけど。
「マーク、この光の強さは異常よ!」
姉さんに異常者扱いされてしまったよ。俺、なんかやっちゃいましたか?
…って、この定番のセリフを言えたのはちょっと嬉しい。でも魔法系の【恩恵】を持っていないから、全くの無駄なんだけどね。
「気を取り直して、次に進みましょう。二人とも魔力移動ができるようになったので、生活魔法を教えます」
え?生活魔法?それって魔法系の【恩恵】じゃないの?
「生活魔法は誰でも使える魔法です。もちろん魔力移動ができることが大前提だけど」
ドリス姉さんの説明によれば、マッチ棒の先くらいの火を生み出す『ファイア』、ちょろちょろ流れる水を出す『ウォーター』、部屋の掃除なんかに使う『クリーン』の三つは魔法陣さえ用意すれば誰でも使えるらしい。
すごい!生産系【恩恵】持ちの俺でも魔法が使えるのか。めっちゃ嬉しいんですけど。
「魔法陣はこれよ」
10センチ四方くらいの大きさの金属板に精緻な模様が描かれている。それが三枚。それぞれ『ファイア』『ウォーター』『クリーン』と書かれていた。
「あ、一つ注意しておくけど、魔法の練習をするなら必ず屋外か魔法練習場で行うこと。危険だからね」
「はい、分かりました、ドリスお姉様。それではすぐに外に行きましょう」
エリカが散歩をねだる子犬のようになっている。てか、俺も早く試したい。
うちの屋敷の裏庭に出てきた俺達は、ドリス姉さんの説明を一言も聞き漏らすまいと集中している。
「左手でこの板を支えて、右手の人差し指をここの模様に付けるの。で、魔力を指先から放出すると…」
目の前の何もない空間から水が滴り落ちた。最初は危険性の低い『ウォーター』で試してみるようだ。
「それじゃ、まずはエリカちゃんからやってみようか。そのあとはマークね」
エリカが何の問題もなく成功し、俺も試してみたら成功した。続けて『ファイア』では小さな火の玉が目の前に浮かんだのを見てかなり感動したよ。ただし、『クリーン』だけは効果がよく分からなかった。これは部屋の中で発動すると埃だらけの状態からきれいな状態に変わるらしいんだけど、練習してるのは屋外だし、部屋の中ももともときれいに掃除されてるからなぁ。
なお、消防車の放水のように水が出たり、火炎放射器のように炎が噴き上がったり、そういう過剰な威力になって「な、なんという魔力量だ。こいつ人間か?」などと驚かれるような中二病的展開を妄想してみたが、全然普通の威力だった。おーい、女神さんや、転生者特典は?