071 女神からの使命
この世界には魔物と呼ばれる生命体が存在する。昔、森のそばの街道で出会ったフォレストウルフも魔物の一種だ。
あれって見かけはただの狼なんだけど、野生動物の狼とは全く異なるらしい。何が異なるかって、その最たるものが戦闘力だ。魔物は野生動物の3倍は強いと言われている。
人間と同じように魔物は魔力を保有していて、その魔力によって身体強化を行うことができるらしい。それも本能的に…。
この話を学校で聞いたときに思ったのが、ファンタジーの定番である『身体強化魔法』を人間も使えるんじゃないか?ってことだ。でもダメだった。先生に聞いても、図書館の文献を漁っても『身体強化魔法』は存在しなかったよ。残念…。
この話を思い出したのは、教会で毎月一回行う女神との雑談で、魔物の話題が出たからだ。
『魔物は悪ではありませんよ。単に魔力を持っている動物であるというだけです。私の世界に生きる生命体の一つですし、あなたがた人間と同じく私の子供達なのですよ』
おぉ、女神っぽいことを言ってるよ。私は慈悲深いというアピールですね。
『くっ、ばれたか。まぁそんなわけで魔物を目の敵にしないようにしてくださいね』
うん?なぜわざわざ俺に言うの?王都にいれば魔物と出会うことなんてないですよ。
『この大陸の中央にある未開拓領域は魔物達の一大生息地であることは知っていますよね?そこへの侵攻を図ろうとしている国があります。まだ懸念の段階ではありますが、心に留めておいてください。将来、あなたには私の使徒として、それを阻止してもらうことになるかもしれません』
はぁ?そんな大役、チートの無い俺に務まるわけないじゃないですか。
『そうですね。そこで二つの技術を教えましょう。一つは身体強化の方法。もう一つは武器に魔力を乗せる方法です』
身体強化魔法は無いって話ですよ。
『では魔物はどうやって身体強化してるのでしょう?』
はっ!そうか、魔法じゃないんだ…。
『その通り。魔法ではありません。身体強化は一つの技術です。魔物であれば本能、つまり遺伝子レベルで刻み込まれているのですが、人間にできないわけではないのですよ』
このあと、詳細な訓練方法を女神から聞いたんだけど、一朝一夕にはできそうにない難しさだった。そりゃ、人間は身体強化できないという結論になるよなって感じだったよ。
しかも、未強化状態の筋力によっては身体強化の後遺症(身体が動かせないほどの筋肉痛)もあるらしくて、はっきり言ってあまり使いたくない技術だった。
次に武器強化の技術についてもレクチャーを受けた。
『あなたの愛用の木刀は、真剣と切り結ぶことはできませんよね』
当然です。あっという間に折られるか、斬り飛ばされるかってことになりますね。
『木刀にあなた自身の魔力をコーティングして硬化させることで、鋼並みの強度にすることができますよ』
えっ?まじですか?真剣に比べて圧倒的に軽い木刀が真剣並みの強度だったら、しかも身体強化も併用すれば、剣で負けることはなくなるのでは?
『あなたのお父様のように【剣術】の【恩恵】を持っている人には及ばないかもしれませんけどね。まぁそれでも鍛錬次第では勝てるようになるかもしれません』
おお、父上に剣術を教わっていたときには全く歯が立たなかった(まさに大人と子供)のに、ここにきて良い勝負ができそうな情報を得られるとは…。女神様、ありがとう。
『どういたしまして。というか、初めて私に様を付けたんじゃありませんか?全く失礼な使徒ですね』
武器に魔力を乗せる場合、武器の素材はできるだけ魔力を通さないもののほうが良いらしい。意外だ。まぁ魔力を通しやすい素材なんて知らないんだけど。
俺の愛用の木刀に魔力コーティングができるようで良かったよ。
ただし、こちらもかなりの期間、訓練を続けないと成功しそうにない。でも、この二つを合わせて1年間でモノにしてやろう。そう心に誓った。
女神との会話が終わって立ち上がった俺の目に映ったのは、俺の周りを心配そうに囲んでいる神父様やシスターさん達だった。あまりにも長く祈りを捧げていたので、心配になったそうだ。ご心配をかけて申し訳ない。
俺はいつもの寄進の3倍の金額を神父様に渡した。女神へのささやかな感謝の気持ちだ。
「マーク様、あなた様のように敬虔な信徒は本当に珍しい。あなた様に女神のご加護があらんことを」
「いえ、私ごとき非才の身、女神様に祈りを捧げることぐらいしかできませんので」
…などと、一応は謙遜しておこう。
でもまぁ、今日の女神との雑談は実りあるものだったなぁ。たまには、あの女神も役に立つじゃん。いや、本当は感謝してるんだよ。なにしろ、この世界に転生させてくれたのだから。




