069 蒸気エンジン
ずっと自転車の開発を行っていたわけじゃなく、設計図を公開してからは本来の業務、すなわち外燃機関(蒸気機関)の研究に携わっている。
まぁ、とは言っても、俺の仕事は全体を見回して各人に適切なアドバイスをするって感じで、俺自身の研究テーマが与えられているわけではない。
現状、重油を燃焼させる缶と蒸気を発生させる仕組みについてはほぼ完成している。なので、主に研究しているのは、その蒸気をどのように回転運動に繋げるかってことだね。
一応、前世の俺が持つ知識の中には二つの方法がある。一つは蒸気レシプロエンジン。蒸気をシリンダに送り込んでピストンを動かし、その往復運動を回転運動に変換するもの。要するに蒸気機関車がこれだね。
もう一つは、蒸気タービン方式。タービンブレードというプロペラに蒸気を吹き付けて回転させるという、直接回転運動を得る方法だ。発電所や大型船に使われている技術だね。
小型の蒸気機関なら「蒸気レシプロエンジン」、大型ならば「蒸気タービン」ってのが一般的だ。
あとは、蒸気を再び水に戻すための「復水器」が必要だね。でないと、水がすぐに蒸発してなくなっちゃうから。
この研究室における現状はどうなのか?
開発しようとしているのは「蒸気タービン」なんだけど、どうにもうまくいっていないみたい。なにしろ、プロペラというものが存在していなかったので、蒸気を回転運動に変える方法を思いつかないらしい。
俺は厚紙を切り抜いて玩具の風車(てか、プロペラ)を作り、息を吹きかけて回転することを見せてあげた。
「ちょ、ちょっと何ですか、これは。これで回転運動を得られるじゃないですか!私が苦労していたことをいとも簡単に解決されちゃうと、さすがにちょっと凹みますよ」
女性研究員のマーガレットさんが言った。ちなみに、以前くじ引きに当選して試作品の自転車を貸与された女性だね。
「この方法ではタービンブレードの材質を高温・高圧に耐えられるものにしなければならないので、普通の鉄では難しいと思いますよ」
冶金学が発達していないので、合金なんかの素材が無いのだ。
「鉄で作るのはダメかな?」
「うーん、すぐに金属疲労で壊れそうですね」
「金属、疲労?それって何?」
「鉄、まぁ鉄に限ったことじゃないんですが、金属を熱したり冷やしたりすることを繰り返すと、もろくなって破断することですよ」
マーガレットさんが胡散臭そうに俺のことを見てるけど、俺も専門家じゃないのでよく知りません。
「そういう知識って貴族、いえカーチス家に伝わる秘伝とかなの?」
「いや、そういうものじゃないですよ。子供の頃になんかの本で読んだような記憶があるだけです。もはや、どの本なのかも分かりませんが…」
訳の分からん新技術は『本で読んだ』で誤魔化すに限る。
「ふーん、でも新しい素材の開発から始めるとなると、ちょっと大変だね」
「ええ、ですから蒸気レシプロエンジンを開発しましょう」
俺は紙に簡単なイラストを描いて仕組みを説明した。往復運動さえ得られれば、それを回転運動にするのは簡単だからね。
「タービンより複雑な機構ですが、これなら普通に鉄で製作しても大丈夫ですよ、多分…」
俺も今一つ自信が無いんだけど、本来この研究室にいるのは(この国の中でも選りすぐられた)めっちゃ優秀な人達なので、基本的な構造さえ分かればあとは何とかしてくれるんじゃないかな?てか、そうでないと困る。
「はぁー、なるほどねー。このシリンダとピストンって部分の工作精度と気密性が難しそうだけど、これなら確かにできるかもね」
うん、頑張ってください。俺には無理です。皆さんにお任せしますよ。
ちなみに、これは自転車開発で表彰される前の話だよ。




