063 新生活①
4月1日になり、満年齢が14歳である者は全員同時に成人となる。別に成人式なんて無いけどね。
俺は両親からすぐに屋敷を出ていく必要はないって言われていたんだけど、すでに賃貸アパートを契約して引っ越しも済ませたよ。ちなみに、エリカとの婚約は今日付けで自動解消になったので、エリカのほうもすでにカーチス家の屋敷を出て、家庭教師先であるアーレイバーク家へ引っ越している。これからはアーレイバーク家で住み込みの家庭教師として働くらしい。
そうそう、アレクシス兄さん、ナッシュ兄さん、ドリス姉さんの分の『コイルスプリング付き高級ベッド』は何とか俺が家を出るまでに納入することができたよ。親方(アリアの父ちゃん)には無理を言ったけどね。
カーチス家用の馬車を置き土産として残していけなかったことだけが悔やまれるよ。まぁ、将来余裕ができたときに寄贈すれば良いよね。
「たとえ身分が平民になったとしても、お前が俺達の息子であることは変わらないんだからな。落ち着いたら顔を見せに来てくれよ」
3月末、引っ越しで屋敷を出る日に父上からそう言われたのは嬉しかったな。この家に生まれて本当に良かったよ。これだけは女神に感謝しないとね。
王宮への出仕は10日後からなので、しばらくは暇になる…かと思いきや、キャスターや車輪の納品依頼は相変わらずなのでそこそこ忙しい。今までと同様、夕方に鍛冶屋や木工場で車輪を生成してから家に帰るという生活になるだろうね。
なお、アリスちゃんだけどカーチス家のメイドを辞めてしまった。そしてなんと俺のアパートの隣の部屋を借りて住んでいる。
引っ越ししてからは朝食や夕食を俺の部屋の台所で作ってくれるので、いつも一緒に食べているよ。もちろん同棲じゃないので、寝る部屋は別々だけど。
アリスちゃんはかなりの貯金があるらしく、働かなくても10年くらいは生活できるそうだ。まぁ、ガラス生成の依頼は受けているみたいなので、肩書としてはフリーランスのガラス職人ってことになるのかな。
今日も朝食後にアリスちゃんが淹れてくれたお茶を飲みながら、二人でのんびりと過ごしていた。突然、馬車の近づく音が聞こえ、アパートの玄関前に停まる気配がした。うちは2階の部屋なんだけど、窓から外を覗いてみると見覚えのある方々が馬車から降りてくるのが見えたよ。
御者台にいるのはセシリアさん、車内から出てきたのはアンネット嬢、ソフィアちゃん、エリカ、ジョセフィンさんだった。って、どう考えても俺んちに来たっぽい。もしかしたら、アリスちゃんの部屋に来たという可能性もあるけど。
ここのアパートは狭いワンルームではなく、8畳のリビングと6畳の寝室、それに台所とトイレがある。ちなみに風呂は無いけど、それは近くの公衆浴場に通っている。
セシリアさんは馬達の面倒を見るから上がってこないだろうけど、ほかの四人は俺の部屋に来るつもりだろうか?俺の部屋って、貴族の感覚だとめちゃ狭いと思われるだろうな。平民の感覚なら十分な広さなんだけどね。てか、前世で俺が住んでいたワンルームのアパートよりも広いんだけど…。
俺が部屋の狭さについて考えていると、玄関のドアがノックされたのでアリスちゃんが応対に出た。あ、しまった。アリスちゃんがここにいるのってやばくないか?
制止するのも間に合わず、アリスちゃんの手によりドアが開かれてしまった。
アパートの廊下にいた四人全員がアリスちゃんを見てから部屋番号を確認している。うん、ここは俺の部屋だから。
「あー、アリスもマークのところに遊びに来ていたのね」
「私はマーク様のお世話をするためにここにいます。遊びではございません」
エリカの言葉にアリスちゃんが正直に答えた。いや、正直すぎるのもどうかと思うよ、アリスちゃん。
人目もあるのでとりあえずは部屋に入ってもらうべく、俺が言った。
「皆様、いらっしゃいませ。汚い所ですがどうぞお入りください」
敬語なのは貴族令嬢が3人と騎士様が1人だからだ。さすがに今までのようには話せないよ。
「お邪魔するわね。色々と問い質したいことはあるけど、とりあえずは座って落ち着きましょう」
エリカの言葉に全員が部屋に入って応接セットのソファに腰かけた。ソファを買っておいて良かったな。てか、これってコイルスプリング入りの高級ソファなんだけどね。
アリスちゃんが全員分のお茶を淹れてくれたので、それを俺が運んでテーブルに置いた。今まではサーブされる側だったけど、これからはサーブする側になるのだ。
「エリカ様、アンネット様、ソフィア様、ジョセフィン様、本日はどのようなご用件でしょうか?」
「まず最初に言いたいのは、そのしゃべり方よ。私達に敬語を使うなんてマークらしくないわ」
「そうよ、今まで通り友達としてしゃべってほしいのに」
「マークお兄ちゃん、悲しくなるから普通にお話しして」
順にエリカ、アンネット嬢、ソフィアちゃんの言葉だ。
「マーク様の言動は極めて常識的であり、さすがはマーク様と言うべきかと…。お嬢様方は貴族と平民の身分差に少々無頓着かと思われます」
ジョセフィンさんだけは分かっているね。俺に『様』は付けなくて良いけど。
「分かったわ。それじゃこれは貴族としての命令よ。今まで通り敬語を使わず友人としてしゃべりなさい」
エリカの言葉に俺はジョセフィンさんの顔色を窺った。仕方ないですねって顔で頷いたので、許可が得られたのだと思っておこう。
「はぁー、仕方ないな。エリカもアンネットもソフィアちゃんも久しぶりだな。ジョセフィンさんも護衛の任、お疲れ様です。あ、ジョセフィンさん、俺に敬称は不要ですよ」
「そう、それで良いのよ。やればできるじゃない」
「良かった。もう友達じゃないって言われるのかと思ったわ」
「マークお兄ちゃん、大好き!」
これも順にエリカ、アンネット嬢、ソフィアちゃんね。
あ、一応聞いておこうかな。
「アリスも今まで通りの話し方で良いかな?」
「もちろんよ。アリスも私達の友達なのだから」
アリスちゃんが感動しているようで、少し目が潤んでいるよ。
「皆様、ありがとうございます。マーク様ともども今後ともよろしくお願い申し上げます」
ここでエリカの目が鋭くなった。嫌な予感…。
「アリスの話し方は今まで通りで良いのだけど、なぜアリスがマークの部屋にいるのかしら?それに今の言葉って、アリスとマークがセットであるみたいに聞こえたのだけど」
「はい、それはもちろんマーク様と私は一心同体ですから」
このアリスちゃんの言葉にアンネット嬢が真っ赤になってつぶやいた。
「一心同体って、まさかそういう関係なの?」
いやいや、まさか…。決して男女間の関係じゃないよ。アリスちゃんもアンネット嬢も紛らわしい言い方をするんじゃありません。
突然エリカの右手が伸びてきて俺の頭の上に置かれた。あ、まさか…。
「どうやらそういう関係じゃないみたいね。マークにとってアリスは妹みたいな存在らしいわ。あと、残念ながらまだ心に決めた相手はいないみたいね」
って、おおい、エリカさんや。俺の心を魔法で読み取りやがったよ、こいつ。人権侵害だ、断固抗議する!…って、身分差があるから抗議できないじゃん。




