062 アリス視点
私には両親がいません。お父さんは私が小さいころに亡くなったそうで、そのあとお母さんはカーチス男爵家の料理人として働きながら私を育ててくれました。
でも私が7歳のときにそのお母さんも病気で亡くなり、私は孤児院へ送られるはずだったのです。あとから聞いた話では王都の孤児院は貧乏ゆえに環境は劣悪で、お腹いっぱいに食べることは夢のまた夢だそうです。ただし、院長先生はとても良い方らしく、愛情をもって孤児達を育ててくれているらしいのですが…。
そんな私に同情してくださったのか、カーチス男爵様が私を『メイド見習い』として住み込みで雇ってくださいました。本当に感謝しかありません。
先輩メイドの方々もとても優しくて(メイド長は厳しい方ですがそれは当然です)、私にメイドの仕事や心得を色々と教えてくださいました。
もちろん幼い私に碌な仕事ができるはずもなく、子供ながらに心苦しく感じていました。
そして、私の仕事の一つが井戸からの水汲みだったのですが、私にとってそれは重労働でした。これは別にメイド長のいじめではなく、それくらいしか任せられる仕事が無いってことだったのですが…。
そんなある日、井戸に櫓みたいなものができました。雨水が入らないようにするためかな、と思っていたのですが全く違いました。まさに革命的な仕組みだったのです。
カーチス男爵家の末っ子であるマーク様が考え出された滑車というものらしいです。ロープを軽く引っ張れば、するすると水が一杯に入った桶が上がってきます。いったい今までの苦労は何だったのかというくらい画期的な仕組みでした。
しかも井戸から汲み上げた水を大きな桶に移して、それを厨房などへ運ぶ際、リヤカーというものを使えば一生懸命手で持って運ぶ必要もありません。このリヤカーもマーク様の発明でした。
あと、厨房から食堂へとお料理を運ぶ役目は、私は子供だから危なっかしいということで外されていたのです。でもマーク様の発明した配膳ワゴンというものを使えば、私でもお料理を安全に運ぶことができるようになりました。非力な子供だからできることが限られていて心苦しく感じられていた毎日が一変したのです。
そして私が10歳の誕生日を迎えた日、女神様から授けられた【恩恵】が私の人生を切り開くことになります。ガラスを生成できる能力、それがいかに希少で素晴らしいものであるかということを教会のシスター様が興奮しながら教えてくださいました。
でも私が喜んだのは希少な【恩恵】を頂いたからではなく、それが『生産』系の【恩恵】だったからです。マーク様と一緒に学校へ通える、それが私にとっては何物にも代えがたい素晴らしいものだったのです。
さらに入学するまでの1年ちょっとの間に、マーク様やそのご婚約者であるエリカ様から文字の読み書きや計算を教わったのです。とても信じられません。ただの使用人(メイド見習いから正規のメイドに昇格しましたが)にそんな温情をかけるお屋敷がほかにあるのでしょうか?
お屋敷に一緒に住まわれているエリカ様もとてもお優しい方で(なぜかマーク様だけにはツンツンしていますが)、色々と気にかけてくださいました。
技術学校の入学式の日に三人組の悪ガキに囲まれたときにもマーク様は私を守ってくださり、『いつも一緒にいよう』と仰ってくださいました。
夏休みの旅行にも一緒に連れて行ってくださいましたし、貴族のご友人方とも同じ態度で接してくださいました。これは信じられないことです。マーク様にはご自身が貴族という意識がもともと無いのかもしれません。
私は未来永劫、マーク様と共に歩みます。だって『いつも一緒にいよう』って言われたんだもの。当然ですよね?




