060 卒業式①
さすがに600万エンをポンっと出せるのは領地持ちの貴族じゃないと難しいようで、ビルがまず脱落した。
エリザベス様のところは既に一台所有しているので遠慮してもらおう。
となると俺とアンネット嬢の一騎打ちってことになるんだけど、ソフィアちゃんの移動時の安全のことを考えると俺も遠慮したほうが良さそうだ。
結論として、アーレイバーク家での購入をアンネット嬢が父親(アーレイバーク男爵)にお願いするということになった。もしも購入できないって場合は、俺が買ってカーチス家の馬車にすれば良いね。
技術学校の卒業式当日、学校へ向かうジョンソン家の馬車の中でアンネットから馬車購入の結果を聞いた。
「マーク、お父様が小型馬車の購入を決められたわ。しかも、ソフィアの安全のためということで、王宮からも半額ほど援助してくださるそうよ」
おお、それは良かった。これでソフィアちゃんが出かけるときは、御者台と車内の護衛に分かれてジョセフィンさんとセシリアさんが同乗すれば良いよね(二人への御者としての訓練が必要だけど…)。
「安心したよ。ところでアンネットは卒業後はどうするんだい?」
「うーん、婚約者もいないし、すぐにどこかへ嫁ぐってことは無さそうよ。アリアの木工場を手伝おうかとも思っているの」
これを聞いたアリアが言った。
「アンネットだったら大歓迎だよ。あたいと二人でうちの工房を世界一にしようよ」
アリアの実家の木工場は、大きなものでは『馬車』や『コイルスプリング付き高級ベッド』、小物では『配膳ワゴン』などの各種家具類で大儲けしているため、その事業規模はどんどん拡大していっている。今やこの王都でも一二を争うほどの工房になっているのだ。
ここでアリスちゃんがエリザベス様に問いかけた。
「エリザベス様はすぐにご結婚ですか?」
「婚約が無くなった以上、アンネットと同様、すぐに嫁ぐことは無いわね。どこかの鍛冶場で修行しようかしら」
新年の王宮舞踏会で起こったイベントは貴族だったら全員知っているので、ビルやアンネットは驚いていない。でも婚約破棄を知らないアリスちゃんやアリアは面食らっている。俺も教えていないしね。
「え?え?無くなった?」
「詳しいことはマークに聞いてちょうだい。なにしろ彼は当事者ですもの」
この言葉にビルやアンネットも目を見張った。ちょっとエリザベス様、俺を関係者みたいに言うのは止めて欲しい。てか、現場にいた高位貴族はともかく、伝聞で知っただけの低位貴族は『伯爵家令嬢が侯爵家嫡男に婚約破棄を突き付けた』ってことくらいしか知らないんだよな。
アンネット嬢がジト目になって俺に詰め寄ってきた。
「マーク、当事者ってどういうこと?エリザベス様と何があったの?」
「マーク様、事と次第によってはエリカ様へご報告しなければなりませんが…」
「ちょ、アリスちゃん、頼むからそれは止めて」
王宮舞踏会の一件については、俺が現場に居合わせたことは隠せないにしても、そこにいた理由を知っているのはエリザベス様だけなのだ。ペラペラしゃべることでもないからね。
エリザベス様を見ると口角が吊り上がっていて面白がっている表情だ。怖ろしい子…。
「と、とにかく俺は現場を目撃したってだけだよ。俺自身は何もしていないから」
これに即座に反応したのがビルだった。
「男爵家のお前がなぜ伯爵家以上じゃないと参加できない舞踏会にいたんだ?子爵家のうちですら招待状は来てないんだぞ」
「えーっと、伝手を頼って何とか潜り込んだんだよ。平民になる前に一度くらい舞踏会ってやつを見てみたくてね」
「なるほど、それでエリザベス様が婚約破棄を言い渡した現場を見たってわけか」
ビルが単純な男で良かった。うまくごまかせたみたいだな。
「そんなことよりお前はどうするんだよ。子爵家を継ぐのか?」
話を変えるため、急いでビルに質問した。
「ああ、家を継ぐのは兄貴に決まったよ。僕は次男だから屋敷を追い出されることはないけど、平民としてどこかに就職しないといけないだろうね」
「うちと同じ法衣貴族だから領地経営を手伝うってわけにもいかないし、難しいところだな」
そう、領地持ちなら当主は王都、次男以降は代官として領地経営って感じで役割分担できるんだけど、領地を持たない貴族の場合は当主が王宮勤めするだけなのだ。貴族と言っても官吏(役人)みたいなものだね。あ、もちろん王宮で働いているのは貴族だけじゃないんだけど、平民の場合は相当優秀じゃないと王宮には就職できないらしい。
「お前は良いよな。金持ってるし、自分で商会を立ち上げるんだろ?」
羨ましそうにビルに言われたけど、俺の就職先は決まっている。
「いや、王宮に就職することにしたよ。新技術研究のプロジェクトに誘われていたからな。あ、国家機密だから詳しくは言えないぞ」
そう、以前から誘われていた蒸気機関のプロジェクトに参加することにしたのだ。これの目途が立ったら退職して、あらためて商会を作ろうかなと思っている。
「えー、僕をお前の商会で雇ってもらえるように頼もうと思っていたのに残念だぜ」
そんなに残念そうでもなく笑いながら言われたけど、内心は落胆しているのかもしれない。
あとはアリスちゃんはこれからどうするんだろう。
「アリスちゃん、君はカーチス家のメイドとしてずっと働くのかい?ガラス工房に就職するか、自分でガラス工房を立ち上げたほうが良いと思うんだけど」
「はい、私はマーク様のお側でお仕えしますよ。当然じゃないですか」
満面の笑顔でそう言われたけど、いやいや仕えるも何も俺は来月から平民だよ。
「別に一人くらいなら毎月の給料くらいは出せると思うけど、そもそも一人暮らしになる俺に使用人は必要ないよ」
一転、悲しそうな顔になったアリスちゃんは懇願するように言った。
「お給料なんていりませんから私にマーク様のお世話をさせてください」
「いや、それじゃ俺の奥さんってことになるじゃん」
「はいっ、不束者ですが、末永くよろしくお願いします」
あれ?アリスちゃんと結婚する流れになっているんだけど、なぜこうなった?




