055 断罪イベント
ジョンソン家の屋敷からの帰路、俺は王宮の恩恵管理局に寄ってみた。休日だけど、ここには誰かしらが必ず出勤しているのだ。実はブラックな職場なのか?
「こんにちは。ちょっと良いですか」
「マーク様、いらっしゃい。今日はどうされましたか」
ちょうど顔見知りの管理局員がいたので助かった。
「今度の王宮舞踏会って来年早々ですよね。そこに俺が出席することってできないでしょうか?」
「ほう?いったいどのような理由ですか?事情によっては便宜を図ることも吝かではありませんが」
俺はエリザベス様と婚約者である侯爵家の嫡男との事情をできるだけ固有名詞を出さずにぼかして伝えた。女性側が俺の友人であることも。
「ふーむ、婚約破棄を止めたいということですか?」
「いえ、婚約破棄はその女性の希望でもあるので、それは良いのです。ただし、大勢の人目のある中で婚約破棄を宣言するなどという行為を許せないだけです。もちろん、侯爵家嫡男ともあろうお方がそのような暴挙に出ることは無いと信じていますが…」
ただ、エリザベス様がそう予想しているということは、何らかの根拠があるのかもしれないしね。
管理局の人は面白そうな表情になったあと、こう言った。
「分かりました。国王陛下のお名前でマーク様に舞踏会への招待状が届くように致しましょう」
は?国王陛下?いやいや、普通の招待状で良いのですが…。
「陛下より厳命されているのですよ。マーク・カーチスの希望は最大限叶えるようにと。他国へ出奔されることだけは避けよ…と」
おお、俺って自分が思っていた以上の高評価を王宮から受けているんだな。ありがたいことです。
「ということは、俺が侯爵家の人と喧嘩したら?」
「もちろん、マーク様にお味方することになるでしょうな」
よっしゃ!王様が味方に付いてくれるなら百人力だぜ。
それからほどなくして家に舞踏会の招待状が届いた。
宛先が俺であることに両親や兄姉達が訝しんだけど、事情を話すと全員が自分のことのように怒ってくれた。うちの家族ってなんでこんなに人が良いんだろう。本当に貴族っぽくないんだよな。
そして年が明けて王宮舞踏会の当日、俺は正装で王宮を訪れた。もちろん徒歩だ。馬車を所有している貴族達は、誇らしげに馬車で乗り付けているけどね。
一応、目立たないようにこそこそ隠れて参加する予定だ。特にエリザベス様には見つからないように。
国王陛下が新年の挨拶を行うとともに舞踏会の開始を宣言した。『舞踏』っていうくらいだから、広い会場のあちこちで音楽にあわせたダンスが始まっている。
エリザベス様をエスコートしているのはジョンソン伯爵様だね。あれ?普通は婚約者がエスコートするもんじゃないの?
最初に父親とダンスを踊ったあとは、色々な男性からダンスを申し込まれているエリザベス様。大人気だね。
どうやら何事もなく終わりそうだ。取り越し苦労だったかな?そうして、つい気を抜いてテーブル上に用意されている軽食を取ろうと、エリザベス様から離れたのが失敗だった。
「おい、エリザベス・ジョンソン。俺の婚約者でありながら不貞を働いたとの報告を受けているぞ。よってこの場でお前との婚約を破棄する!」
突然、大声が響いた。空気が凍り付いているよ。なんだ、これ?
急いで声のするほうへ進むと、変な髪形の気障ったらしい男が隣に化粧がキツくてけばけばしい女性を侍らせて立っていた。もしやこの男が侯爵家嫡男か?
「不貞とは聞き捨てなりませんね。私はそのようなこと、全く身に覚えがございません」
対峙しているのはエリザベス様だ。毅然として反論している。
「お前が学校の夏休みに俺以外の男と旅行していたことは分かっているのだぞ。潔く認めたらどうだ?」
ああ、確かにそれは事実だ。もっとも二人っきりじゃないけどね。
「それは学校の友人達との旅行であって、友人グループの中に男性がいたことは確かです。しかし、決して他人様に後ろ指を指されるような関係ではありません」
「ではその友人の証言を聞こうじゃないか。今ここにいるのだろう?まさか友人というのは平民ではないだろうな。まさか伯爵家ご令嬢ともあろう者が平民を友人などと呼ぶはずもなかろうよ」
騒ぎを聞きつけてジョンソン伯爵様がやってきた。
「この騒ぎは何だ?ニルス殿、うちの娘に言いがかりをつけて、ただで済むと思っておられるのか?」
「おお、ジョンソン伯、あなたの娘さんのご友人とはどこの誰なのですかな。あなたはご存知で?」
「うむ、カーチス男爵家のマークという男だ。彼には別に婚約者がいるから、うちのエリザベスと不貞を働くなどあり得ぬよ」
おっと、俺の名前が出ちゃったよ。しかも周りでこそこそと不穏な単語がささやかれている。何?俺って『車輪のマーク』なんて呼ばれてるの?『写輪眼』なら格好良いけど、『車輪』じゃなんか間抜けだな。
「はっ、男爵家だと?この場にいない低位貴族の名前を出して乗り切ろうとはお粗末だな」
そうなのだ。本来、この場には男爵家や子爵家の人間は招待されていないのだ。まぁ俺は国王陛下から直接招待されているって形式で例外なんだけど。
そこについに国王陛下が登場したよ。ラスボス感を漲らせているね。
「ニルス・トーランドとエリザベス・ジョンソンか。せっかくの新年の宴で何をもめておるのだ」
侯爵家嫡男が陛下にエリザベス様の不貞を訴え、婚約を破棄する旨を伝えていた。言いたい放題だけど、家格的に途中で口を挟むことは許されない。
「ふむ、エリザベス嬢、今の話は真実であるか?」
「恐れながら申し上げます。私は不貞を働いたことなど一切ございません」
それを聞いた国王陛下は周囲をぐるっと見回して、こう言った。
「マーク・カーチスよ、そなたの証言を聞こうか」
俺は隠れてこの場を去りたかったのだが、この国のトップから言われたのに姿を現さないなんてできるはずもなく、仕方なく前へと進み出た。
「マーク・カーチスでございます。国王陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう」
エリザベス様やジョンソン伯爵様が目を丸くして見ているけど、なんだか居たたまれない。ここに来なきゃ良かった。
「今の騒動、そなたも聞いていたのであろう?早く名乗り出てこぬか、この馬鹿者が」
馬鹿とは言われたものの怒っている風ではなく、ニヤニヤと楽しそうに笑っている。うん、ご機嫌麗しいようでなによりです。
「えー、国王陛下並びにここにお集まりの皆々様に申し上げます。カーチス男爵家三男のマークと申します。エリザベス様とは技術学校の友人であり、グループで共に旅行する仲ではありますが、男女の関係ではございませんのでお間違え無きようお願い申し上げます。つまり、元婚約者の方の発言はエリザベス様の名誉を一方的に毀損するものであり、彼女に代わって謝罪を要求するものであります」
ちょっと長々としゃべってしまったよ。でも彼女の名誉を回復しておかないと、今後の縁談が無くなる可能性もあるからね。
「おまっ、お前!たかが男爵家の三男風情が侯爵家嫡男の俺に謝罪しろだと?衛兵、こいつを不敬罪で拘束せよ!」
衛兵さんは動かない。そりゃそうだ、国王陛下の命令もなく勝手に動けるわけないじゃん。馬鹿なの?
「陛下、このような者の言葉を信じるのでございますか?」
ニルスの問いに対し、国王陛下は事も無げに言った。
「ああ、信じるぞ。彼の価値はお前のような阿呆とは比べ物にならぬわ。それよりもお前、早いとこエリザベス嬢に謝罪せよ。聞けぬのならば反逆罪で拘束するがどうする?」
これに絶句して口をパクパクさせているニルス君。鯉みたいだなぁ…なんて考えていた俺に国王陛下が言った。
「マークよ、これで良いかな?決してこの国を見限ってくれるなよ」
「もちろんでございます。この国と陛下への忠誠を永遠に誓います」
ここはこう言っておかないと場が締まらないからね。
このあと、いやいや謝罪したニルス君にエリザベス様は婚約破棄を言い渡した。ジョンソン伯爵様もそれで良いみたいだね。うん、悪役令嬢断罪イベントは不発に終わったな。良かった良かった。




