050 山登り
アーレイバーク男爵領の領都に着いたのは、日が落ちてから2時間くらい経った頃だった。
月明りなんてものが存在しない世界なので、夜は星明りしか存在しない。松明を掲げた俺とアンネット嬢が徒歩で先行し、馬車を誘導する。アンネット嬢には道案内を頼まないといけないので、歩いてもらうしかない。ちょっと申し訳なかったな。
「マーク、さっきは本当にありがとう。あんな大規模な盗賊団を無傷で捕縛できるなんて、アーレイバーク男爵家の人間として感謝申し上げます」
「いやいや、そんなかしこまらなくても良いって。てか、本当はエリカだけで対処できるくらいの人数だよ。皆には内緒だけど」
「うん、エリカもすごいけど、指揮を執るマークがいてこそだよ。安心感が違うもの」
そんな話をしながら歩いていた俺達は、馬車の中からは仲睦まじく見えていたようで、このあとエリカに責められることになったよ。はぁー(溜め息)。
領都の警察署は24時間営業で、夜中でも盗賊団の引き渡しには問題無かった。てか、領主のご令嬢が二人と伯爵家ご令嬢、子爵家ご令息などがいるのだから、当然VIP待遇だったよ。
そのあとようやくアーレイバーク家の屋敷に到着した俺達一行だった。はぁ疲れた。
もう今日は夕食を摂って風呂に入って寝るだけ。明日は一日観光して、明後日には王都へ向けて出立することになる。全く盗賊団の奴らのせいでタイトな日程になっちゃったよ。
翌日は快晴で観光日和だった。日頃の行いが良いのかな?
馬車で郊外まで走り、ある山の麓まで行く。そこからは徒歩で山登りをする予定だ。きちんと登山道も整備されている観光地らしく、頂上の展望台から見る景色はなかなかのものだとアーレイバーク男爵が言っていた。
そんなに標高の高い山じゃないので、頂上まで徒歩で2時間くらいらしい。それでも往復で4時間なので一日がかりにはなるね。
一応、最も幼いソフィアちゃんの歩くペースに合わせて登ることになった。ちなみに貴族はひ弱な印象があるかもしれないけど、ここにいる全員はそこそこ体力がある。エリカが一番心配だな。
「エリカ、つらいなら言ってくれよ。手を貸すから」
「いらないわ。あんたはソフィアちゃんの面倒でも見てなさい」
うーん、ソフィアちゃんは案外大丈夫そうなんだよな。登り始めてすぐに息が上がっているエリカさんだけには言われたくないと思うよ。
「まぁ、ゆっくり一緒に登ろうよ。君は俺の婚約者なんだからね」
「ふ、ふん、あんたも登るのがつらいんじゃないの?だったら一緒に登ってあげても良いわよ」
まぁ、そういうことにしておこう。ツンデレなのはいつも通りなので安心するね。
皆は2時間ちょっとで頂上まで到達したようだけど、俺とエリカはもう少しかかった。最後は俺がエリカの腰のあたりを後ろから押しながら登ったけどね。
「わぁーすごい景色!」
息も絶え絶えなエリカだったが、頂上から見る景色には心を奪われたようだ。まさに絶景だったよ。アーレイバーク領をすべて見渡せるんじゃないかって感じだ。
「やっと来たか。お昼を食べる準備はすっかり終わってるぜ」
ダンのKY発言もいつも通りだな。少しは気を遣えよ。
「遅れてごめんよ。と言うか、皆、体力あるなぁ」
「えっへん、どうですか?私が一番だったんですよ」
ソフィアちゃんが誇らしげに言った。え?一番?それはすごいな。おそらく皆はソフィアちゃんに花を持たせてあげたのだろう。ダンもさすがに子供相手に張り合ったりはしなかったんだな。
「俺が一番だったはずが僅差で負けたんだよな、くっそー」
いや、前言撤回。子供相手に本気で張り合っていたみたいだ。
昼食のあと、少し休んでから土産物店などを物色した。家族へのお土産を買わないとね。あまり買うと下りがつらくなるので、ほどほどに。
下りは最初からエリカの手を引っ張った。転げ落ちるとまずいし、下りは案外足に負担がかかるのだ。
エリカも素直に手を繋いだのは、登りで体力を使い果たしたからだろう。最悪、俺がおぶって下るしかないな。
結局、エリカは自力で下山できたので俺としても良かったよ。馬車の中ではぐったりしてたけど。
「エリカ様、ずるいです。マーク様を独り占めにして…」
アリスちゃんがエリカに抗議していたけど、仕方ないじゃん。体力無いんだから。




