036 灯油ストーブ
うちの屋敷には暖炉が二か所だけある。リビングルームと食堂だ。
それ以外の部屋は薪ストーブで暖を取るしかないんだけど、今年の俺の部屋だけは一味違う。そう、灯油ストーブが鎮座しているのだ。
恩恵管理局の人に製品試用者として選んでもらったのだよ。もちろん金属缶に入った補充用の灯油も一緒に受け取った。
そしてなんと手動式灯油ポンプも開発されていた。手で握る部分はゴム製で管の部分は金属製(ポリエチレンとか無いから仕方ないね)、サイフォンの原理で灯油ストーブの下部にある灯油タンクへと灯油を移動させることができる。すごいじゃん。
うちって薪ストーブに火を付けるのはメイドさんがやってくれるんだけど、薪をくべて暖かさを維持するのは各人の仕事だ。侯爵家や伯爵家とは違うよ。
でも俺の部屋は火を付けるのも生活魔法の『ファイア』で一発だし、火の維持も基本的にほったらかしで良い。灯芯を時々下げるくらいかな。
「ねぇマーク、この灯油ストーブっていうの?私の部屋にちょうだい」
ドリス姉さんが俺の部屋に来て、灯油ストーブを見るなり強奪しようとしてきた。
「ダメだよ、姉さん。使い勝手を調べるのが仕事なんだよ。王宮の恩恵管理局あてに報告書を書かなくちゃいけないんだ」
「えええぇー、良いじゃん、少しだけ。ね?少しだけ」
そんな『先っちょだけ』みたいな言い方をしても、ダメなものはダメです。
灯油に内在する熱量は薪の比じゃないんだから取り扱いには注意が必要だし、はっきり言って危険なんだよ。しかも転倒時の自動消火機構が付いていない試作品だからね。
それに長時間の使用による一酸化炭素の発生も怖い点だね。薪ストーブのように部屋の外に煙突を出してないから、定期的に部屋の空気を入れ替えないといけない。
渋るドリス姉さんをなだめすかして、ようやく部屋から追い出した。
そのあと、両親、二人の兄、エリカが立て続けにやってきて、全く同じ会話をしなきゃならなくなったのには閉口したよ。はぁー、めちゃ疲れた。
報告書には転倒時自動消火装置(と言っても難しいものじゃなくて、金属製の筒が傾くと一瞬で灯芯が下がるだけの簡単な機構)の仕組みを書いたのは言うまでもない。これは製品化においては絶対に必要だからね。
ちなみに、重油と灯油の備蓄は順調に進んでいるみたいなんだけど、副産物として精製される軽油とガソリンの処分に困っているらしい。とりあえず両方とも備蓄しているみたいなんだけど、俺にも使い道を考えてみて欲しいと言われた。前世の感覚で言えば、なんとも贅沢な悩みだな。
最悪、軽油は灯油と混ぜてしまってから灯油ストーブの燃料にしてしまっても良いんじゃないかな?
問題はガソリンだよ。こればっかりはガソリンエンジンを開発しないと消費できない。まだ火薬の存在しないこの世界において、爆弾の素材や火炎放射器の燃料として使えないこともないけどね。いや、兵器転用はダメだな。これは言うまい。




