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車輪の無い世界へ転生した男  作者: 双月 仁介
第3章 大陸暦1149年
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028 アトラ商会

 俺は恩恵(ギフト)管理局の人に、これらの【恩恵(ギフト)】所持者の情報を教えてもらえるか聞いてみた。知りたいのは【石油生成】と【精製】、そして【バネ生成】の人だ。特に【バネ生成】の人を紹介してほしいと言ってみた。

 でもダメだった。個人情報だからというのがその理由で、まぁ予想通りの結果ではあったよ。

 逆に考えれば、俺が【車輪生成】を持っていることも秘匿されているってことだから、安心ではある。

 でも、一応管理局の人だけには伝えておこうかな。【石油生成】で生み出された原油を【精製】の『技能』で加工すれば、世の中の役に立つ様々な液体が生み出せるということを。

 ただ、ガソリンだけは超危険なものなので、取扱注意ってことは強調しておいた。あと、精製に必要な器具などは鍛冶屋さんや【ガラス生成】の【恩恵(ギフト)】を持つ人に相談すると良いということも。

 子供の戯言(ざれごと)と一笑に付されるかと思いきや、管理局の人は目を輝かせて話を聞いてくれた。良い人だ。


 そして書庫の棚をごそごそとあさって一枚の書類を探し出し、それを机の上に置いたままこう言った。

「私は3分ほどこの場を離れますが、勝手に書棚の中(・・・・)の書類を見ないようにしてください」

 書庫を出ていった管理局の人を目で追いながら、ドアが閉まるとともに机の上に視線を戻すと、さきほど管理局の人が置いた書類が目に入った。…って、これって【バネ生成】の【恩恵(ギフト)保持者(ホルダー)じゃん。

 そうか、『書棚の中(・・・・)の書類を見ないように』と言った意味が分かったよ。ありがとうございます、管理局の人(名前は知らないけど)。

 俺はその情報を頭の中に焼き付けた。大陸暦1120年生まれで性別は女性。現在28歳だね。平民で、名前はエイミーさんだ。10歳のときの情報なので現住所は変わっているとは思うけど、記載されていた住所についても一応暗記した。

 3分後に管理局の人が戻ってきたけど、彼はなにくわぬ顔で机の上の書類を書棚に戻したよ。うん、確信犯だね。

 俺が心からのお礼を言って恩恵(ギフト)管理局を辞したのは言うまでもない。


 その帰り道、エイミーさんを探すため、さきほど暗記した住所へ行ってみた。

 こじんまりとした家々が立ち並ぶ住宅街って感じで、住所の番地では多分ここだろうという家を訪問してみた。ノックの音に出てきたのは初老の女性だった。エイミーさんのお母さんかな?

「マーク・カーチスと申します。エイミーさんはご在宅でしょうか?」

「え?お貴族様でございますか?エイミーが何か粗相をしたのでございましょうか?娘に代わって謝罪いたしますので、なにとぞご容赦いただきたく」

「いえいえ、違いますよ。エイミーさんの持つ【恩恵(ギフト)】について、ご本人と直接お話ししたいと思っただけですから」

 お母さんに聞いてみると、エイミーさんはどうやら実家には住んでいないらしい。商業街区にある大店(おおだな)のアトラ商会というところで、販売員の仕事をしているらしい。住まいもその近くに下宿しているとのことで、住所を教えてもらった。

 ん?アトラ商会?なんか聞いたことがあるような無いような…。まぁ良いか。


 徒歩で1時間はかかったかな。アトラ商会は3階建ての大きな店だった。もはやデパートと言っても過言ではない(かもしれない)。

 俺は1階から順に3階まで店の中を歩いてみた。3階の奥でなにやら騒いでいる声が聞こえてきたので、近付いてみた。まぁ、野次馬根性だね。

 一人の客がお店の人にクレームをつけていたようだ。

「何度でも言うぞ。お前のところではこんな不良品を客に売りつけるのか?ええい、お前ではらちが明かん。店長を呼んでこい」

 あれ?クレーム客が持っているのは配膳ワゴンじゃないか?ん?でも大工のおじさんのところの製品じゃないような…。うん、間違いないね。キャスターが俺の生成したものじゃない。

 気になったので口出ししてみた。

「その製品に何か不具合があったのですか?」


 いきなり横合いから話しかけられて驚いた様子のクレーム客は、俺に向かってまくし立て始めた。

「おう、坊主。聞いてくれよ。この配膳ワゴンってやつだが、(なめ)らかに動かせるって触れ込みで買ったってのに、この下のキャスターってのが全然滑らかに動かねぇんだわ」

「おじさん、これは本物を真似(まね)て作られたものだから仕方ないよ。その分、価格は安いはずだよ」

「あん?本物?本物とか偽物とかあるのか?俺はこいつを10万エンで買ったんだが、本物はもっと高いのか?」

「いやいや、まさか。本物は5万エンくらいだったはずだよ。てか、これが10万エン?逆にビックリだよ」

 これを聞いたおじさんの顔が真っ赤に染まった。大激怒だな。


「お客様、うちの商品になにかございましたか?」

 恰幅の良い紳士がやってきた。言うなれば大人のジャイアン。はっ、思い出した。アトラ商会ってジャイア君の家じゃん。さすが親子、そっくりだ。…ってことは、この人は商会長?

 クレーム客のおじさんが最初から経緯をまくし立てたんだけど、ジャイア君パパは涼しい顔で言った。

「難癖を付けて金品を要求する者をクレーマーと呼ぶそうですよ。官憲を呼ばれたくなかったら速やかにお帰りになることをお勧めいたします」

 慇懃無礼(いんぎんぶれい)とはまさにこのことだな。この店の品位がよく分かったよ。

「おじさん、もう行こうよ。大丈夫、こんなところよりももっと良いところに連れて行ってあげるよ。あ、その配膳ワゴンは持ってきてね」

 そう、キャスターだけはダメダメだけど、全体の作り自体はなかなか良いものに見えるからね。捨てるのはもったいない。

 渋るおじさんをなだめすかして店の外に連れ出し、そのまま大工のおじさんの木工場を訪れた。歩いて20分くらいだったよ。

 あっ、エイミーさんを探すのを忘れていた!うーん、まぁ仕方ないか。


 木工場に着いた俺は、親方に話しかけた。

「親方、マークです。ちょっとお時間をいただいても良いですか?」

「おや、マーク様。今日はいかがいたしましたか?そちらの方は?」

「うん、よその工房が作った配膳ワゴンを買った人なんだけど、気の毒なんでちょっとキャスターだけ交換してほしいんだよ。もちろん、キャスターは俺が提供するから」

 おじさんから配膳ワゴンを受け取った親方は色々な角度からチェックしてから言った。

「もの自体は良いですね。キャスターだけは素人レベルですが…。ふむ、この程度の交換なら5分でやってあげましょう。もちろん無償で」

「ありがとう、親方」

 本当にものの5分でキャスターを交換した親方は、改修済みの配膳ワゴンをおじさんに渡した。

「すげぇ、こんなに滑らかに動くもんだったのか。坊主、それに親方、本当にありがとな」

「いえ、あと一つ付け加えるならば、この方はマーク・カーチス様というカーチス男爵家のご子息様で、キャスターの発明者でもあります」

「わっ、親方、それは秘密だってば」

 驚いた様子で俺を見る称賛を含んだおじさんの目がこそばゆい。


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