002 恩恵
俺の目の前にはA4用紙くらいの大きさの金属板があって、そこに右手を当てているという状況だ。
あれ?女神はどこに?
「お、思い、出した…」
俺は貴族の三男坊で現在10歳、そして今日は【恩恵】を受ける日だった。貴族に限らず全ての国民は、10歳になったら教会で【恩恵】を受けるための儀式に参加しなければならない。そして、なぜかこのタイミングで前世の記憶が甦ったようなのだ。おそらく予め決められていたことなのだろう。
担当者のシスターが当惑しながら俺に言った。
「あなたの【恩恵】は【車輪生成】というものです。過去の記録に記載されていないものなので、効果はよく分かりませんが」
うん、大丈夫だ。女神から聞いてるよ。てか、本当にそれだけ?【鑑定】は?【アイテムボックス】は?
「えっと、【恩恵】は一人に一つだけと決められているのですよ。それに【鑑定】や【アイテムボックス】は超希少な【恩恵】ですからね。貰うことができなくても気に病むことはありませんよ」
俺はシスターに礼を言って、【恩恵】の間を出た。
両親と二人の兄がゆっくりと、二つ年上の姉が急いで駆け寄ってきた。
「マーク、どうだった?何が貰えたの?」
「ちょ、姉さん、落ち着いて。ゆっくり説明するからさ」
姉のドリスは12歳にしては発育の良い(特に胸あたりの…)可愛らしい女性だ。正直ハグされるとドキドキしてしまう。いやいや記憶の戻った今となっては、ドキドキするのはまずいな。これじゃロリコンだよ。
「マーク、どんな【恩恵】であっても心配することはないぞ。女神様は必ず役に立つ【恩恵】を授けて下さるはずだからな」
父親のグレン・カーチス男爵からかけられた言葉に母親や二人の兄達も頷いている。
とりあえず報告は屋敷に戻ってからということになり、教会を出た俺達は馬に乗って屋敷へと向かった。
え?馬?父親と姉が一緒に一頭の馬に乗り、母親が手綱を握る馬に俺が同乗する。兄達はそれぞれ一頭ずつ操っているので、家族全員で四頭の馬だ。
普通、こういう場合って馬車じゃないの?…って、あああ、この世界には車輪が存在しないんだった。移動手段は徒歩か馬、あとは船しかなく、馬車はおろか台車やリヤカーも無い。
うーん、これは家族への【恩恵】の説明が難しそうだ。
ここでひとまず現状を整理しておこう。
俺の名前はマーク・カーチス。両親はグレンとサリー。二人の兄は長兄がアレクシス、次兄がナッシュだ。んで、姉の名前がドリスだね。
アレクシス兄さんは男爵家の跡継ぎでナッシュ兄さんはその補欠だからどちらも家に縛られているけど、俺は三男で自由の身だ。言い換えれば、成人後は家を出て行かなければならない。
兄弟仲は良いほうだと思うし、両親も優しい。良い家に生まれたと思うよ。
しかも自分の顔を鏡で見たときのことを思い出すと、どうやらなかなか整った顔立ちであり、少なくともブサメンやフツメンではない。うん、イケメンだね。てか、家族全員、美男美女揃いだよ。乙女ゲームか、この世界。
うちは領地を持たない法衣貴族と呼ばれる男爵家で、父親は王宮勤めをして給与を得ている。したがって、そこまで裕福なわけではないが、屋敷はなかなか立派だし、使用人の数もそこそこいる。これは母親のサリーが裕福な伯爵家の出身ということもあって、そこからの援助もあるようだ。
おっと、大事なことを忘れていた。
この国の名前はフルルーフ王国。この惑星の北半球の半分を占めるターナ大陸の中のほんの一角を占める王制国家だ。北半球ってところだけは転生時に女神から聞いたんだけどね。
ターナ大陸には複数の国家が群雄割拠しているが、素晴らしいのは大陸共通語という言語がどの国でも通じることだな。ほかの大陸のことは知らない。まだ大航海時代が到来していないので、ターナ大陸の外に別の大陸があるかすら不明なのだ。というか、地表は平面であり、太陽や星が世界の回りを回っていると皆が信じているんだけどね(天動説)。
まぁ、俺は天文学者になるつもりもないし、天動説でも地動説でもどちらでも良い。
俺達は屋敷に帰り着くと、応接室に集まって午後のティータイムとなった。そこで俺が自分の取得した【恩恵】を説明する流れだな。
メイドさんからお茶とお茶菓子をサーブされ、一息ついたところで父上が話し始めた。
「さて、それではマークの10歳の誕生日を祝うとともに、女神様から頂いた【恩恵】を報告してもらうとするか」
「はい、父上。俺の【恩恵】は【車輪生成】です」
これを聞いた全員が聞いたことのない【恩恵】の名称に微妙な表情になっている。そりゃそうだ。車輪とは何か?から説明しなければならないのだから。
「何を生成するって?」
アレクシス兄さんが質問してきた。
「車輪です。しゃ・り・ん。俺にも何なのかよく分かりませんが、【恩恵】の発現を試みてみれば何なのか分かると思います」
そう、○○生成という生産系の【恩恵】はその発現を練習によって習熟する必要があるのだ。いきなり結果が出る【恩恵】じゃないから、とりあえず俺自身も何か分からんってことにしておいた。だって説明が面倒くさいもん。
「そうか、とにかく生産系【恩恵】ということは、再来年は技術学校への入学ということになるな。それまでに【恩恵】の扱いに習熟しておくようにな」
父上の言葉に俺は頷きつつ、決意表明した。
「はい、頑張って発現できるように練習します」
ちなみに、【恩恵】が武術系の場合は武術学校、魔法系の場合は魔法学校、商業系の場合は商業学校、生産系の場合は技術学校への入学が義務付けられているのだ。
満年齢で12歳になる年に入学して、そこから3年間を学ぶことになる。俺の誕生月は7月なので、再来年の4月に入学するわけだね。なお、この世界も一年は12か月で一か月は30日、学校の入学式は4月という分かりやすさはとてもありがたい。
あと、父上の【恩恵】は【剣術】、母上の【恩恵】は【水魔法】、アレクシス兄さんの【恩恵】は【弓術】、ナッシュ兄さんの【恩恵】は【風魔法】、ドリス姉さんの【恩恵】は【治癒魔法】だ。
アレクシス兄さんはすでに武術学校を卒業しているけど、ナッシュ兄さんは魔法学校の3年生、ドリス姉さんは同じく魔法学校の1年生ってことになる。
我が家は武術と魔法の家系なのに、いきなり末っ子が生産系だったわけだ。さぞかし落胆しただろうなって思ったら、家族全員何も言わず、俺の【恩恵】を喜んでくれた。本当に良い家族だ。あ、ドリス姉さんだけは魔法系の【恩恵】じゃなかったことに残念そうだったけど。
「あー、マークが魔法系【恩恵】だったら、私が3年生のときに一緒に魔法学校に通えたのになぁ」
「カーチス家の長い歴史の中でも生産系【恩恵】は珍しい。いや、貴族で生産系というのがそもそも珍しいと言うべきか。技術学校では唯一の貴族出身者となる可能性もあるが、平民を見下さず仲良くするんだぞ」
父上の言葉にちょっと申し訳ない気持ちになる。いや、悪いのは女神なんです。しかも、これってどう考えても俺TUEEEEできる【恩恵】じゃないよね。
俺自身としては【鑑定】か【アイテムボックス】が欲しかったよ。ちなみに、この二つは商業系なので商業学校で学ぶことになるらしい。
あああ、剣と魔法の世界に転生したのに【車輪生成】って。くそー、魔法が使いたかったよ。