159 フルルーフ王国への帰還
マイフォーディア王国はフルルーフ王国のすぐ隣の国なので、そろそろ俺の身元を隠すように行動しよう。
フード付きの上着を着て、そのフードを目深にかぶり、口元にはマスクを付けている。ちょっとした不審者だ。
名前については『サブロウ』と名乗ることにした。4級の冒険者証はマジックバッグに入れていたため、無くなってしまったけどね。
「サブロウ君、君はアルトンヴィッヒ共和国出身の冒険者だって?」
「ああ、そうだ。まだ4級だが、腕には自信があるぞ。ただ、冒険者証を無くしてしまったから証明できないけどな」
マイフォーディア王国の王都にある商会がフルルーフ王国行きの馬車を運行しているんだけど、俺はその護衛に採用してもらうべく面接に来ている。
「腕前を確認したいので、うちの商会では最強の用心棒であるこの男と立ち会ってみてくれないか?いや、勝つ必要は無いぞ。腕を見たいだけだからな」
「ああ、分かった」
そして、当然のことながら、俺が勝った。最強?いや、冒険者レベルで言ったら、せいぜい3級ってところだろう。戦闘シーンの描写も蛇足になるレベルだよ。
商会の人には驚愕されたけど、問題なく護衛として雇ってもらえた俺だった。
なお、無償労働じゃなく、護衛としての報酬はきちんと受け取るよ。でないと、目立ってしまうからね。
そして、なんとも展開の早いことだが、出発の二週間後にはフルルーフ王国の王都へ何のトラブルも無く到着した。トラブルエンカウント率が高いのは、絶対にエリカかアリスのどちらかだな。もしくは、両方?
ちなみに、フルルーフ王国の東のはずれにある街からは西に向かって線路が延びていた。馬車が走る街道は線路沿いなので、蒸気機関車が走っているところを見ることもできたよ。サイズ的にはC57やD51のように大きくはないけど、それでもなかなか立派な機関車だった。動輪が片側2個だったから、B○○ってことだ。
どうでも良いけど、動輪(動力の伝わる駆動輪)が片側3個ならC○○、4個ならD○○ってことになる。要するに、走っていたのはそんなにでかくない機関車だったってことね。
王都に着いた俺は護衛達成報酬を受け取ったあと、ちょっと街の中を散策することにした。
フードで顔を隠して王都の平民街区を歩いているんだけど、なんとも懐かしい。俺の左手の義手に気付いた人が、ギョッとした表情になって義手をチラ見してくるのも面白い。なお、この国では剣をそのまま持ち歩くのは違法なので、ゴル親方からいただいた剣は布でぐるぐる巻きにしてから背中に背負っている。
街並みについては、コンクリート製の建物が増えているのが感無量だな。
そうして、ついつい足は俺の住んでいたアパートへ向いてしまう。懐かしいアパートが見えてくると、前庭に自転車が停まっているのが見えた。俺の、いや今はエリカのか…、見覚えのある自転車だった。てことは、ここにエリカが来ている?または住んでいるのか?
物陰からこっそりとアパートの様子を窺っていると、突然後ろから話しかけられた。
「マーク兄ちゃん!」
振り返るとそこには美少女が立っていた。当時10歳だったリズも3年も経てば13歳…、子供だったころの面影を残しつつ、すっかり成長した姿を見せてくれた。
「やあ、リズ。ただいま。今、帰ったよ」
「なんでそんな不審者みたいな姿なんだよ。【鑑定】が無けりゃ分からなかったよ」
フードとマスクで顔を隠しているのに、俺のことが分かったのは【鑑定】したからか…。さすがはリズだな。
「とりあえず、エリカ姉ちゃんとアリス姉ちゃんのところへ行こうよ。こっちだよ」
リズに手を引かれて俺はアパートの建物へ入っていった。リズは義手を見て驚いていたけど、何も言わずに俺の右手を掴んで引っ張っていった。
懐かしい俺の部屋の前まで案内されたんだけど、エリカとアリスはここに住んでいるのかな?
リズが部屋のドアをノックすると、中から人の気配がした。そして、ドアが開いて出てきたのはエリカだった。
「あら、リズ。いらっしゃい。えっと、そちらの方は?」
3年ぶりに見るエリカは、すっかり大人びた美人になっていた。いや、もともと美人だったけど…。
俺はフードを取り、マスクを外した。
「!!!」
絶句しているエリカに俺は優しく語り掛けた。
「エリカ、ただいま。遅くなってすまない。色々事情があってね」
呆然自失状態のエリカを促して、ひとまず部屋の中へ入れてもらったよ。
そのあと、リズは隣の部屋のドアをノックしていたけど、まさかアリスが隣の部屋にいるのだろうか?
応接セットのソファに向かい合って座っているエリカと俺。めっちゃ睨みつけられている。やっべぇ、めちゃくちゃ怒ってるよ。
「マーク!」
そこに飛び込んできたのがアリスだった。その横にはリズもいる。
「アリス、ただいま。ようやく帰ってこれたよ」
アリスの双眸に涙があふれてくるのが見えた。アリスも今年は20歳(誕生日がまだなので今は19歳かな?)、すっかり成長した姿…ってほどでもなく、相変わらずロリっぽい。いわゆる、合法ロリってやつかな?
アリスが俺の胸に飛び込んできて、号泣している。俺を睨んでいたエリカの目にも涙があふれているし、リズもソファに座っている俺の背中側から抱きついてきた。
「皆、心配をかけたね。実は…」
ここから俺の長い話が始まった。主を北方に誘導することに成功し、そこでもう一体の蛇に遭遇したこと。左腕を失って、川に落ちたあとの記憶がなくなったこと。鍛冶師の親方に命を救われ、そこで恩返しのために働いていたこと。3年後の今、教会で記憶が戻ったこと。すぐに帰国することを決めて、今ここにいること。などなど…。
「この左腕は義手なんだけど、今では生身の身体のように自由自在に動かせるよ」
「マーク兄ちゃん、その義手を鑑定してみたんだけど、価値が3億エンって出たよ。すっごいなぁ」
リズが俺の義手を鑑定して、その価値を算出したみたい…。うん、原価はそれほどでもないとは思うけど、市場価格としては3億エンくらいはするだろうね。さすがは、ゴル親方の渾身の作品だ。
エリカが言った。
「あんたは死んだことになっているわ。私はあんたが死んでいないってことを必死に主張したんだけど…」
「そうみたいだね。女神様から聞いたよ。だからこそ、顔を隠して帰国したんだけどね。今はアルトンヴィッヒ共和国出身の『サブロウ』と名乗っているよ」
「それじゃあ、私とアリス、それにリズもあんたをずっとずっと待ち続けていたことも知ってるわよね?」
「それも女神様から聞いた。でなければ帰国しなかったと思う。英雄としての帰還なんて柄じゃないし、命の恩人に恩返しもできていないからね」
死んだことになっているのなら、そのほうが俺的には好都合だ。英雄として注目されながら暮らしていくなんて面倒くさそうだしね。
「それで、これからどうするつもりなのかしら?」
「君達さえ良ければ、俺と一緒にこの大陸を旅して回らないか?そのあとはテトレドニア公国に拠点を設けて、車輪の普及に努めたいと思っている。俺の恩人がテトレドニア公国の国民だからね」
フルルーフ王国には愛着もあるけど、さすがに俺の名前が売れすぎているんだよ。偽名で生活したとしても、顔でばれてしまいそうだからね。
「分かったわ。私はマークと一緒に行く。アリスとリズはどうする?」
「もちろん私も行きます。マークと私は一心同体ですよ」
「お邪魔じゃなければ、私も一緒に行きたいな。マーク兄ちゃん、良いかな?」
リズの一人称が『おいら』じゃなくて『私』に変わっているね。それだけでも時の流れを感じるよ。
「ああ、それじゃあ、『めがみん』パーティーの再結成だな。あと、できれば寝泊りできる大きさの箱馬車を買ってもらえないだろうか?マジックバッグを失くした俺は買えないからさ」
「いいわ。王様から報奨金をたくさんいただいているから、そこから出しましょう。これはあんたの受け取るべきお金でもあるからね。ところで、友人達の近況だけど…」
エリカが友人達の今の状況を語り始めた。
全員、幸せそうで良かったよ。この国では貴族令嬢は20歳までには結婚するのが一般的なので、エリザベス様やアンネット嬢がすでに結婚しているのは予想していた。
エリカも子爵令嬢としてはすでに結婚していてもおかしくなかったんだけど、持ち込まれる数多の縁談を全て断り続けていたらしい。なんと国王陛下からは第3王子との縁談すら打診されたらしいよ。玉の輿じゃん、もったいない。
「死霊魔法師の私と本気で結婚したい男がいるはずないじゃない。だから、あ、あんたが責任取りなさい」
いや、エリカさん、論理がおかしいよ。君が死霊魔法師なのは俺の責任じゃない…。でも、それでも良いや。
「分かった。でも君だけじゃなく、アリスのことも責任を取りたいと思っている。それでも良いなら…」
「当たり前じゃない。アリスと私、それにリズのことも責任を取ること。これは命令よ」
ビシッと右手の人差し指を俺に向けてきたエリカに懐かしさを感じるよ。
「お嬢様の仰せのままに。あ、そうだ。友人達には俺が生きていることを内緒にしておいてくれないか。それぞれの家庭に波風を立てたくないからね」
「そうね。そのほうが良いかも…。離婚騒動なんかになったら大変だもの」
いや、さすがにそんなことにはならないだろう。ソフィアちゃんの婚約破棄騒動なんかは起こりそうだけど…。




