151 サム視点①
俺の名前はサム。家名は無い。
未開拓領域の中にあるセントレーア山脈の中腹にある鉱山兼鍛冶場で働いている。
俺にはここに来る前の記憶が無い。それどころか、名前すら鍛冶師の親方が「名無し」では不便だからと、サムと名付けてくれたのだ。
さらに言えば、左腕の肘の少し上(肩寄りの位置)から先が獣に噛み千切られたように存在しない。
俺を見つけた場所は大きな滝の裏側だそうで、滝つぼに落ちたら浮いてこないはずなのに、運よく滝の裏側に浮いてきたんだろうと親方は言っていた。
親方は単独でちょっとした魔物なら狩ってしまうくらい腕っぷしが強い人なんだけど、鍛冶の素材探しで大マイゼン川のほうまで足を延ばしたところ、滝の裏側で俺を発見したそうだ。まさに命の恩人ってやつだ。
左腕の切断面の治療もしてくれたし、本当に感謝している。なので、隻腕ではあるけれど、鍛冶場の手伝いをすることで恩を返している(つもりだ)よ。
ちなみに、親方の名前はゴルさんだ。
「儂の【恩恵】は【鍛冶】なんだが、お前の【恩恵】が何だったのか、憶えているか?」
「いえ、すいません。憶えていません」
「そうか、まぁ良い。そうだな、一度テトレドニア公国の街まで行って、教会で聞いてみるか?」
「いえ、そこまでしていただくのは申し訳ないので、結構です。どうかこのまま、ここで恩を返させてください」
親方は伸び放題の髭をいじりながら困ったように言った。
「別に恩なんぞ感じる必要も無いんだがな。まぁお前の【恩恵】が【鍛冶】じゃないってことだけは分かるぜ」
ああ、なんかすみません。あまり鍛冶場での戦力にはなっていないわけですね。なお、ここには親方と俺しか住んでいない。以前は弟子が数人いたらしいんだけど、全員逃げ出したそうだ。
親方はとても腕の良い鍛冶師として有名だそうで、危険な未開拓領域に住んでいるにもかかわらず、武器が欲しいという人がわざわざ訪ねてくることがある。
今日もそんな訪問者があった。
「親方、また弟子入り志願者かい?どうせすぐに逃げ出すんじゃないか?」
「いいや、こいつは弟子じゃねぇ。行き倒れを拾っただけだ。なにしろ死にかけてたからな。ほっておくのも寝覚めが悪いってもんだ」
「へぇー、お前、名前は?」
剣を担いだ30代くらいの男が俺に聞いてきた。
「はい、サムです。と言っても、親方に付けてもらったんですが…」
「ああ、そいつ記憶が無いみたいでな。自分の名前すら憶えてねぇ。まぁ、読み書きはできるみたいだから、生きる上では問題ねぇ」
カーライルさんは少しの間、値踏みするように俺のことを見つめていたけど、いや本当のことですから…。
「ふーん、そいつは難儀なことだな。おい、サム、俺はテトレドニア公国騎士団所属の剣士でカーライルってもんだ。もし我が国の首都に来るようなことがあったら、訪ねてこいよ。街の中を案内してやるよ。騎士団のカーライルって言えば、街のやつならすぐ分かるからさ」
おお、なんか良い人だ。
「ありがとうございます。そのときはぜひよろしくお願いします」
カーライルさんはマジックバッグに入れて持ってきた大量の食糧を保冷庫に入れたあと、研ぎ直された剣を親方から受け取って帰っていった。どうやら研ぎが必要な剣を親方に預けていたらしい。テトレドニア公国の首都には、優秀な研ぎ師がいないのかな?
それよりマジックバッグって、すげぇ。いったいどのくらい入るんだろ?




