142 魔物暴走②
「ところで、現在、ガソリンで森を燃やしている部隊はどのあたりまで進んでいるのでしょうか?」
俺の質問に対して、主席参謀が首をひねりながら答えてくれた。
「正直言って、分からない。当初の予定通りここから30里から40里あたりまで進んでいるのか、それともそんなに離れていないのか…。煙が見えないことから、極めて近いということはないだろうがな。あと、魔物暴走を目撃しているのなら、遠からず報告に戻ってくるとは思う」
「斥候部隊を出していただけませんか?主の現在位置を把握しないことには『吹雪隊』への説明もできません」
「分かった、そうしよう。あと、その斥候部隊と『吹雪隊』なる部隊、それに君達のパーティー以外は、速やかにスターディアに引き返すように手配する。『吹雪隊』が所属するパーティーの名簿を提出してもらえるか?」
「もちろんです。すでに用意してあります」
俺は『吹雪隊』の魔法師9名が所属しているパーティー名を記載した紙を主席参謀に渡した。その中にはエマさんの『白狼』もあるよ。なにしろ、エマさんが『吹雪隊』の隊長だからね。
啓開作業を中止して、帰還のための準備に忙殺されている兵士や冒険者を見ながら、俺は考えを巡らせていた。主席参謀の独断専行を警戒しろと女神は言っていたけど、今の時点でそういう兆候は見られない。それともすでに発生していたけど、俺がそれを見過ごしていたのだろうか?女神の取り越し苦労だったって可能性も十分にあるけど…(ポンコツ女神だからね)。
そして、最初の魔物暴走の翌日、斥候部隊とともにガソリン班が戻ってきた。帰還途中のガソリン班と斥候部隊が出会って、そのまま一緒に戻ってきたそうだ。
報告により判明したのは、火はここからさらに20里(80km)ほど先まで到達しており、火の後ろから次々と魔物達が飛び出してきていたということ。これは魔物達にとって、火に焼かれるよりももっと大きな脅威があったということだろう。
この結果を受けて、連合軍の帰還が開始された。幸いなことに昨日の第一波と第二波のあと、新たな暴走は発生していない。もちろん、予断は許さないけどね。
そして今、俺達は森の中の少し開けたところに集合して作戦会議を行っている。すでに啓開済みの街道を使っていないのは、いつまた暴走が発生するか分からないからだ。
会議の参加者は、
・連合軍司令官アリマ中将
・主席参謀オオムラ大佐ほか、作戦参謀と兵站参謀(名前は知らない)
・『白狼』を含む9パーティー(『吹雪隊』を構成する魔法師が所属するパーティー)
・俺達『めがみん』の4人
の約60人だ。ちなみに、4級冒険者は俺達だけで、ほかの冒険者は1級から3級のベテラン揃いだよ。
主席参謀の発言から会議は始まった。
「魔物暴走が発生した以上、これより先へ進むことはできない。連合軍のほとんどはスターディアへ帰還することとする。ただし、ここにいる冒険者諸君へは新たな依頼を出させてもらう。それは北上して魔物暴走の原因を探ること、そしてできればその原因を取り除くことだ」
ある冒険者が発言した。
「それは俺達に死ねということか?そんな依頼、受ける奴がいるはずないだろうが」
「そうだ、その通り」
「俺達は離脱させてもらうぜ」
次々と依頼を拒否する発言が飛び交う中、『白狼』のイチロウさんが発言した。
「『白狼』リーダーで2級冒険者のイチロウだ。あまりにもざっくりとした依頼内容だが、もっと詳しい話をしてくれないと、判断に困るのだが…」
さすがはイチロウさんだ。頭ごなしに断らないとは…。
そして、これに同調する人も出てきた。
「そうだな。調査だけなら必ずしも危険とは言えまい。もっと詳細な説明をしてくれ」
あとで分かったんだけど、この発言をした人は1級冒険者だったよ。
ここで俺が発言した。
「新人冒険者で4級のサブロウです。ここから20里ほど北上したところに魔物暴走の原因と思われる魔物がいるはずです。これを便宜上、主と呼称します。ほかの魔物達はその主から逃げ出しているのだと考えられます。ただ、これは仮説であり、確認してみないと本当のところは分かりません。さらに、これも仮説ではありますが、主は巨大な蛇ではないかと推測しています。また、主には剣や槍、弓矢、魔法の全てが効かない可能性があります。この主の活動を低下させるか、できれば討伐することで魔物暴走を止めることができるはずです。どうか皆さんのお力をお貸しください。お願いします」
言い終わると同時に俺は頭を深く下げた。エリカやアリス、リズも俺の横に並んで、同じように頭を下げている。
知り合いでもある『白狼』のイチロウさんが発言した。
「サブロウ君、君はいったい何者なんだ?その仮説の根拠はあるのか?」
「はい、俺の本名はマーク・カーチスで、フルルーフ王国出身です。我が国の国王陛下の特命により、魔物暴走を阻止するため、この国に来ました。そして、これらの仮説は、この国の評議員であり、魔物の研究者としても名高いトキムネ・マスダ氏が提唱しているものです。マスダ氏はパライソ王国初代国王であるトキサダ・マスダ王の子孫でもあります」
俺の言葉に司令官や参謀達をはじめ、冒険者全員が驚愕の表情になっている。
ここでエマさんがタイミングよく発言してくれた。
「ちょっと、待って。私達『吹雪隊』を編成したのは、その主に対抗するためなのかしら?」
「はい、その通りです。マスダ家の伝承によれば…『詠唱によりあたり一面吹雪となす。主はその活動を停止せり』…だそうです」
「トキサダ様はその方法で380年前の魔物暴走を止めたのね。分かったわ。パーティーとしての参加判断は私にはできないけど、私個人としては依頼を受けたいと思う。できれば『吹雪隊』の皆にも参加してほしいわ。命令することはできないけどね」
ありがとう、エマさん。感謝します。




