140 主席参謀
主席参謀が凄絶な笑みを浮かべて燃え盛る密林を眺めている。女神から彼の事情を聞いていなければ、狂人だと思ったかもしれない。
それにしても乱暴な手段を採るものだ。前世だったらどれほど非難されることやら…。
ただ、乱暴ではあっても有効な手段であることには間違いがなく、翌々日には熱気が未だにこもる焼け跡を兵士達を先頭に進発した俺達連合軍部隊だった。
啓開の主役は斧や鋸、鎌などを持つ兵士達であり、冒険者達は少し後ろを歩いていく。もちろん、俺達の仕事は魔物への警戒なので、最大限に警戒しながら歩いているよ。しかし、ここまで魔物の気配は全く無い。魔物の生息域とは思えないほどの気配の無さだ。
順調に進んでいるのは確かなんだけど、それでも100mを進むのに10分から15分はかかっている。そのため、一日の作業時間を10時間としても、進めるのはせいぜい5km程度だ。これは予定の半分でしかない。
まぁ、密林を進む速度としては異常な速さなんだけどね。つまり、この異常な進軍速度を何とかするには、ガソリンが無くなれば良いのだ。…ってことで、盗み出すチャンスが無いかを探っているのだが、ガソリン缶はマジックバッグに入れられているらしく、しかも分散されているようでどこにどれだけあるのかは完全に秘匿されている。
まったくもって、主席参謀の優秀さが分かるよ。無能な間抜けではなく、有能な復讐者って感じだね。はぁー(溜め息)。
密林(の焼け跡)に足を踏み入れてから20日後、予定では200kmほど奥地へ進んでいるはずが、まだ100km付近にいる。ただ、北へ北へと燎原の火のごとく密林が燃え広がる様は、火勢が弱まるたびに投げ込まれるガソリン瓶によってその勢いが保たれているため、進軍が停滞することはない。
このままいけば、本当に未開拓領域の開拓に成功しそうな錯覚に陥りそうだ。
冒険者同士の会話もこの作戦が成功した際に受け取る報酬や、連合軍に参加したことで得られる名誉についての話などで持ちきりだ。なんとも気が早い。
俺達は進軍の妨害もままならない状態で、部隊と一緒に行動するしかないという状況だよ。いったい、主はどこで出現するのかな?こうなったら、早めに主が出現したほうが良いような気もしてくる。
その10日後、すなわち密林に入ってから通算ちょうど一か月。予定の行程を半分以上進んでいなければならないのに、まだ3分の1程度しか進んでいない。
あまりにも予定が遅延すると、補給物資が問題になってくる。なお、食料の現地調達がほとんどできていない(動物は全て逃げ去り、木の実も焼き払われている)ため、正規軍のほうは良いとしても、冒険者側の食糧事情はそろそろ逼迫し始めているようだ。
もはや引き返すしかないという冒険者パーティーもそろそろ出始めているみたいだね。少しは軍側から食料の融通も行われているみたいだけど、とても足りそうにない。そもそも冒険者のほとんどが食料の現地調達ができると信じていたみたいだからね(俺達も含めて)。
しかし、少なくとも『吹雪隊』だけは最後まで同行してくれないと困る。主に対する切り札だからね。当然、『吹雪隊』を構成する魔法師が所属しているパーティーの全員を含めると50人近い人数になるので、俺達がマジックバッグ内に持つ食料を全て放出したとしても遠からず飢えることになるかもしれない。
この状況を打開するため、正規軍の兵士の半分を引き返させ、食料運搬の任務に当たらせることになったようだ。さらに補給の負担を軽減するため、冒険者の半数以上を護衛として兵士に同行させることになった(帰路のみ)。4級以下の冒険者と3級冒険者パーティーの一部は全員この新たな任務に従事し、密林を抜けたあとはそのままスターディアに帰還することになる。
で、これに困ったのが俺達のパーティーだ。主席参謀に直談判して同行を認めてもらうしかない。最悪、連合軍を離脱して勝手についていくしかないかも…。
「君達のレベルでは戦力としての貢献と補給の負担を天秤にかけた場合、負担のほうが大きい。したがって、離脱してもらう。ああ、報酬は規定通り出させてもらうから心配するな」
主席参謀の言葉に俺は反論した。
「俺達への補給は不要です。それに実力的にも2級レベルはあると自負しております。ぜひ同行することを許可していただきたいのです。どうしても引き返せとおっしゃるのならば、俺達は勝手についていくことにします」
「ふむ、それが大言壮語でないのならば問題はないのだが…。そうだな、本当に補給物資の分配は必要ないのだな?であれば、同行を許可しよう。ただし、あとで泣きついてきても知らんぞ」
「ありがとうございます。ところで、一つ質問してもよろしいでしょうか?」
せっかく主席参謀と話をする機会ができたのだ、ここで疑問点を質しておこう。
「うむ、あまり時間は無いが、手短に頼む」
「このあたりに開拓拠点となる村を建設しても良いと思うのですが、なぜ120里先まで無理に進もうとなされるのですか?」
すでに40里(160km)くらい密林に踏み込んでいるわけで、ここまで開拓すれば人類史に残る快挙だと思うんだけど…。
「ああ、120里先の最終目的地は北側と東側が川で、南側は切り拓かれた街道となる。つまり、実質西側の森から来る魔物だけを警戒すれば良い。つまり、将来的に防衛にかかるコストを考えると、中途半端な位置に拠点を設けるよりは今ここで多少の無理をするほうが良いと判断したのだよ」
俺のような若輩者に丁寧に説明してくれる主席参謀のオオムラさんをちょっと見直した。でも本当かな?
「本当の理由は魔物達への復讐ではありませんか?」
「!!!」
かなり驚いた様子で俺を見るオオムラさん。図星だろうか?
「君は粗野な冒険者達とは少し違う雰囲気を持っているね。何をもってそう推測したのかは分からないが、確かにそういう一面も無いことはない。君も魔物は滅ぶべきだと思わないかね?」
「いえ、人間と魔物は棲み分けを行うべきという考えです。お互いの領分を犯さない、それこそが重要だと思っています」
「ふむ、であれば、なぜ君はこの作戦に参加した?私は今、君達のパーティーを全員拘束すべきではないかという考えが芽生えてきたのだが…」
俺達の間に緊張が走る。
と、そこに突然、一人の兵士が会談の場となっている天幕の中に飛び込んできた。
「参謀殿。魔物の大軍が前方よりやってきます!」




