137 作戦開始直前の状況
年が明けて1月中旬、まだ侵攻作戦は開始されていない。
あれからどうなったのか?
まず、マスダ氏とは頻繁に連絡を取り合って、できるだけ情報を共有するとともに、スターディアの街を囲む壁の改良を図った。
現状、街の周りは5mほどの石壁で囲まれており、単独の魔物程度では壊せないし、乗り越えられないようにできている。しかし、魔物暴走にも対処できるかというと、それは難しいだろう。大量に押し寄せる魔物が壁の下層部分から積み重なって、スロープを作ってしまうからだ。もちろん、土台となった魔物は圧死することになるけどね。
つまり、壁の下に魔物達が折り重なるような構造にしなければ良い。俺は魔物暴走を斜めに受け流せるよう、街の前面(海とは反対側)に漏斗状の壁を作ることをマスダ氏に提案した。漏斗の先端が岸壁になるように…。つまり、後ろからの圧力に押されて、先頭の魔物から順に海にダイブさせるのが狙いだ。
とうぜん、今から工事を開始しても間に合わないと言われたけど、我が国の国家機密を明かすことで漏斗壁プロジェクトの開始を市長に納得させたよ。市長の説得自体は、評議員であるマスダ氏の尽力によるものなんだけどね。ちなみに、予算は今年度の予備費を使うらしい。
我が国、つまりフルルーフ王国の国家機密とは?それは、鉄筋コンクリートの技術だ。生石灰の作り方、砂や水の配合比率、鉄の棒と型枠にセメントを流し込んで作る鉄筋コンクリートの壁の作り方等、土木・建築研究室で開発した技術を全て無償で提供した。
マスダ氏はもちろん、建築業者の驚きと興奮はすごくて、石灰需要の急増によりその価格が一気に跳ね上がったくらいだ。
鉄筋を組むのも木製の型枠を壁の形に作るのもそんなに時間はかからないし、それができればあとはセメントを流し込んで固めるだけだ。
計画が始動して約一か月、順調に壁の長さが伸びている。まだ、木製の型枠しか作れていないけどね。とにかく、少しくらいは雑でも良いので、スピード重視で作業してもらっているよ。
ただ、スターディアは大マイゼン川の河口の西側にあるので、川の西側を進んでくる魔物には対処できるけど、河口の東側の漏斗壁は(時間が無くて)作れないだろう。なので、東側のラトネシア皇国やヴェルバニア王国には魔物暴走が向かってしまうおそれがある。
まぁ、主さえ止めることができれば、魔物暴走の勢いも弱くなるはずなので、それで勘弁してもらうしかない。
もう一つの重要な要素である『吹雪隊』はどうなっているのか?
『白狼』のエマさんを中心として、火の魔法師が3人参加し、すでに全員が冷却魔法をマスターしている。あと、協力者として水の魔法師が2人、風の魔法師が4人いるので、総勢9人ということになるね。
連携の訓練についてもかなりの練度になっていて、直近の訓練を見せてもらったらちょっとすごいことになっていた。まさに吹雪が吹き荒れていたよ。これなら蛇も動けなくなるに違いないね。主が蛇なのかどうかは定かではないけど。
そして、いよいよ1月末に連合軍の未開拓領域への侵攻作戦が開始されることが参加者全員に通達された。スターディアから未開拓領域までは約200km、そこから先はうっそうと木々の生い茂る密林だ。南米のアマゾン川とその周辺の密林を連想してもらえば分かりやすいかな。
未開拓領域には人間が通れるような道など無いため、大マイゼン川の西側流域を切り拓きながら進むことになる。魔物への警戒を冒険者が、進撃路構築を兵士達が行うという役割分担で少しずつ奥地へと歩みを進めていくのだ。この切り拓かれた進撃路が魔物暴走にも使われることになるため、大マイゼン川河口東側の漏斗壁は不要だろうと判断したんだけどね(ちょっと自信は無いけど…)。
なお、兵站の問題については、各国から買い集めたマジックバッグに補給物資を格納していくらしいんだけど、冒険者はできるだけ自力で物資を運搬するようにとのことだった。まぁ、川がすぐ近くにあるので飲料水に関しては心配無いし、食べ物も木の実や動物を現地調達できるだろう。一応、俺達の持っているマジックバッグにも大量の食料を詰め込んでいくけどね。
なんとなく、連合軍全体としては補給を軽視しているような気もするけど、そこまで俺が気にする必要も無いだろう。連合軍の参謀じゃないんだから。
あと、何をもって作戦成功と考えるのかだけど、未開拓領域を500kmほど進んで、そこに開拓拠点となる村を建設するというのが今回の作戦目的だそうだ。ちょうど大マイゼン川が90度直角に折れ曲がっている(東向きから南向きへと進行方向が変わる)個所だね。
未開拓領域に到達するまでは10日間、未開拓領域に入ってからは一日に10km進み、50日間かけて目的地へ到達、村の建設に要する期間を一か月と見て、作戦期間は約三か月の予定だ。でも、密林の中を一日に10kmも進めるのか?一日100mくらいが良いところじゃないかな?何をもって10kmという予定を立てたのか、気になるところだ。
それはともかく、この作戦が成功した場合、アルトンヴィッヒ共和国は未開拓領域へ大きな楔を打ち込むことになる。人類にとっては、まさに快挙と言っても良いだろう。でも俺達『めがみん』には失敗することが分かってるんだけどね。
ああ、悩ましい…。




