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車輪の無い世界へ転生した男  作者: 双月 仁介
第7章 大陸暦1153年
136/160

136 冷却魔法

 連合軍参加者の宿舎には『白狼』のメンバーもいるんだけど、その中にはエマさんもいる。彼女は火の魔法師だ。

 今日はエリカ(アヤメ)と二人でエマさんに会いに来ている。

「こんにちは。ちょっと話を聞きたいんだけど良いかな?」

「あら、サブロウとアヤメじゃない。お二人揃ってデートかしら?」

「違うわっ!…今日はあなたに聞きたいことがあって来たの」

 エリカ(アヤメ)がすごい勢いで否定したよ。いや、そこまで食い気味に否定しなくても…。

「あら、何かしら?魔法に関すること?」

 ここからは俺の出番だな。

「ああ、火の魔法で熱い空気の塊じゃなく、冷たい空気の塊を作れるかどうかってことなんだけど…」

「火の魔法は、火の塊を生み出して敵を攻撃するものよ。原理としては生活魔法のファイアと同じで、その規模が大きくなったものね」

 やはり、そういう認識か。だって「火」魔法って名付けられてるくらいだもんな。

「実は火の魔法って、温度変化の魔法らしいんだ。つまり、熱くできるなら冷たくもできるはずで、エマさんなら何か考えつくかと思ったんだけど…」

「そんな話、聞いたこともないわよ。うーん、でもそうね。現象としては反転させるだけだから、できなくもないのかしら」

 右手の人差し指を頬に当てて考え込むエマさん。ちょっと仕草が可愛い。


「そうね。やってみたら案外できるかもしれない。ちょっと訓練所に行ってみましょう」

 宿舎に併設された魔法師のための訓練所へと三人で向かった。ちなみに、武術系の訓練所もあるけど、俺はどちらもまだ訪れたことは無い。

 訓練所には早朝だからか誰もおらず、俺達三人だけだ。

「まずは火魔法で、ファイアバレットを撃ってみるわ」

 小さな火球が数十個連続で撃ち出され、数十メートル先にある鉄製の(まと)へと吸い込まれた。すごい迫力だ。てか、詠唱してないね(エリカ(アヤメ)もしないけど)。さすがは、3級の冒険者だけある。

「じゃあ、次は冷気のほうね。こっちはさすがに詠唱が必要ね。まぁ、即興で作った詠唱文だけど」

 詠唱の文言(もんごん)は大陸共通語じゃないみたいで、聞いていてもさっぱり理解できない。まるで知らない外国語でしゃべっているかのようだ。

「うーん、ダメね。発動しないわ。本当にそんなことができるのかしら?」

 発動しないか…。何がダメなんだろう?詠唱文?脳内イメージ?


 できるってことを信じ込ませることが重要なのかもしれない。ならば…。

「アルトンヴィッヒ共和国の前身であるパライソ王国の建国者にして、魔物暴走(スタンピード)(しず)めた英雄であるトキサダ・マスダ王を知ってるかい?」

「ええ、もちろんよ。今では知る人も少なくなってるみたいだけどね」

「そのマスダ王が火魔法の【恩恵(ギフト)】を使って冷却の魔法を放ったということをつい最近、ある(すじ)から聞いたんだ。だから、間違いなく冷気の生成は可能なはずなんだよ」

「そうなの…。トキサダ様を今でも尊敬し、お(した)いしている私からすると、その情報は聞き捨てならないわね」

 そう言うとエマさんはもう一度詠唱を始めた。さっきのものと異なるのかどうかは、俺にはさっぱり分からないけどね。

 周囲の温度が一気に数十度低下したような気がした。今は年末も近く、屋外の訓練所は割と寒い。それがさらに寒くなった(ような気がした)。

 エリカ(アヤメ)が言った。

「発動したわね。確かに冷気が生成されたわ」

 ええ?そんな簡単に?これがご都合主義的展開ってやつですか?


「夏の暑い日に部屋の温度を下げることができるわね。すごいわ。教えてくれて本当にありがとう」

 いや、クーラーの魔法じゃないです。確かにそういう使い方もできるけど…。あと、俺達が魔法を教えたわけじゃなく、エマさんが勝手に開発しただけです。

「実はエマさんにお願いがあるんだ。今の冷却魔法をさらに進化させて、かなりの低温、えっと氷点下の冷気を作り出せるようにしてほしいんだ。あと、ほかの火魔法師にもそれを伝授してもらえたらありがたい」

「他人に無償で技術を提供しろと?それは冒険者としてどうかと思うわよ」

「別に無償とは言っていない。有償でも構わないから、できるだけ多くの火魔法師が冷却魔法を使えるようにしてほしいんだ」

 目を細めたエマさんが俺を見て言った。

「ふーん、理由を聞かせてもらえるかしら」

「ああ、理由は変温動物に対処するためだよ。未開拓領域には哺乳類だけでなく、多くの爬虫類もいるからね。爬虫類には温度の低下がかなり有効だと思うんだ」

「別に、火をぶつけても倒せるわよ」

「火が()かないほど巨大な爬虫類もいるかもしれない。できるだけ様々な攻撃手段を準備しておきたいと思っているだけだよ」

「なるほどね。まぁ、確かに火が()かない相手もいるかもしれないわね。…そうね、うん、分かったわ。練習でより威力を発揮できるようにしておくことと、希望者には伝授することを約束するわ」


 あ、もう一つ言っておかないと…。

「冷気を無理に遠方に飛ばす必要はないよ。それよりも温度をより低くすることに力を(そそ)いでほしい」

「ん?それじゃ攻撃手段にならないわよ」

「マスダ王は水魔法で生成した水分を火魔法を使って冷却し、それを風魔法で飛ばすことで『吹雪(ふぶき)』を生み出したそうだよ」

「やっぱりすごい人だったんだね、トキサダ様は…。ああ、つまり水魔法師や風魔法師と連携しろってこと?」

「そうだよ。そして、これこそが今回の未開拓領域侵攻作戦の(かなめ)となる技術になるのは間違いない。連合軍の全員が生きて故郷に帰るためにも、ぜひお願いします」

 俺はエマさんに頭を下げた。隣ではエリカ(アヤメ)も一緒になって頭を下げている。


「あなた達が何者で、なぜそんなにも熱心なのかは分からないけど、とりあえず頭を上げてちょうだい。言われなくても、新しい可能性を追及するのは魔法師の本能みたいなものよ。大丈夫、お姉さんに任せておきなさい」

「ありがとう。俺達は『吹雪隊』となる火魔法師・水魔法師・風魔法師の皆さん全員を絶対に守り抜くことを誓うよ」

「ふふふ、『吹雪隊』かぁ、ちょっと格好いいわね。私から水や風の連中にも声をかけておくわね」

 これで魔物暴走(スタンピード)の元凶である(ぬし)を止める算段がついたな。今日こそが歴史の転換点(ターニングポイント)だったと記録されるだろう(…いや、記録されるかもしれない、かな?)。


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