112 ゾーリン商会
翌日、俺達四人はゾーリン商会へと赴いた。
かなり大きな雑貨屋、例えるならばデパートか?って感じの大店だった。
俺は店員の一人を捕まえ、店主に会いたいと伝えた。しばらく待っていると、奥から眼光鋭い初老の男性がやってきて話し始めた。
「私がこの店の主のゾーリンでございます。どのようなご用件でしょうか?」
俺は女神に教わった通り、店主の耳元で小さく合言葉を伝えた。
「アルトン・ゴー」
店主の柔らかい雰囲気が一瞬で変わり、緊張感が漲った。ただ、それは一瞬のことで、すぐに人好きのする柔らかい雰囲気に戻ったよ。
「大口の商談でしたら、どうぞこちらの応接室へおいでください」
店主自らの案内で店の奥にある応接室へとやってきた俺達は、応接セットのソファに腰かけた。
「あらためまして、店主のゾーリンでございます。例の国への渡航をなさりたいということでよろしいですか?」
「はい、俺はマーク、こちらのエリカお嬢様の従者です。あと、アリスとリズ、この二人も従者となります。この四人で例の国へ密かに入りたいと考えております」
「うーん、目的は何でしょう?密偵にしては随分とお若いようですが…」
世界の危機を救うためです…とは言えないな。目的を聞かれるとは思ってなかったよ。
「うちの商会が販路を拡大するための予備調査よ。別にそこまでの危険も無いのでしょう?」
エリカが適当なことを言ってくれた。助かったよ。
「確かに、入国さえしてしまえばあとは安全です。例の国は別に無法地帯というわけではございませんので…。しかし、わざわざこんな若いお嬢様方が訪問するところでもございませんよ」
「お嬢様の我儘には俺達も困っているのですが、どうかよろしくお願いします。一度ご自分の目でご覧になれば、ご納得いただけるはずですので…」
エリカにじろりと睨まれたけど、それも演技だとするとさすがだな。
「こちらも商売ですので、無理にお引止め致しませんが、かかる費用はかなりのものになりますよ」
「偽造身分証や通貨の両替も含めて渡航費用はおいくらになるでしょうか?」
「ええ、身分証は一人当たり25万エン、両替は手数料無しで行いますよ。船賃は一人当たり100万エンです。こちらとしても危ない橋を渡っておりますので、高額であるのはご容赦ください」
全員分で総額500万エンか。高いと言えば高いけど、帰国してからフルルーフ王国の教会で精算すれば良いから、別にいくらであっても構わないのだ。
「大丈夫です。それでは渡航費用を500万エンお支払いするとともに、通貨の両替を1000万エンほどお願いできますか?」
「1000万!?それは少しお時間をいただくことになりますね。例の国の通貨である『モン』をそこまで所持しておりませんので」
「為替レートはどうなっていますか?」
「1モンが約10エンになりますね。8エンから12エンくらいを変動していましたが、現在は国境が閉ざされているため、為替取引は停止しております」
なるほど、1000万エンは100万モンってことか。
「一か月以内には渡航できるようになりますか?」
「身分証の作成も含めて、そのくらいあれば大丈夫でございます。両替分は別として、手付金は半額でお願いします。なお、くれぐれも秘密厳守でお願い申し上げます」
俺は手付金の250万エンと両替分の1000万エン、合計1250万エン分の紙幣をテーブルに置いた。
マジックバッグから現金を取り出したのを見たゾーリン店主が一瞬驚いた顔をしたけど、何食わぬ顔をして流してくれたのはさすがだ。
「はい、確かにお預かり致しました。それでは身分証で用いる偽名をこちらの紙にお書きください。例の国における一般的な名前はご存知ですか?」
店主が俺達一人一人に紙とペンを渡して偽名を書くように促したけど、アルトンヴィッヒ共和国でよく使われる名前なんか知らないよ。知らないということを正直に言うと、店主が詳しく教えてくれた。それが驚いたことに日本風の名前だったよ。
「男性ならタロウ、ジロウ、サブロウなど。女性ならハナ、フジ、ウメ、サクラなどですね」
なぜ?これは女神に問い質さないといけないな。
俺は自分の紙にサブロウと記入した。カーチス家の三男だからね。女性陣には俺が名付けてあげた。エリカがアヤメ、アリスがボタン、リズがキクだ。
ゾーリン店主が俺の名付けた女性達の名前に驚いた顔になった。
「アヤメ、ボタン、キクも例の国ではよく見かけるお名前ですよ。なぜご存知なんですか?」
えっと、花札から取りました(菖蒲が5月、牡丹が6月、菊が9月だな)…とは言えないか。
「ああ、なんか聞いたことがあって」
誤魔化しきれない気もするけど、まぁ良いだろう。それより、『モン』って文じゃないだろうな。『早起きは三文の徳』の文だ(どうでも良いけど「得」でも正解らしい)。
それはともかく、このあと教会で女神と話そうと決意した俺だった。




