100 王都の観光
翌日は一日、王都観光に充てることにした。シリアスな仕事に赴く道中だとしても息抜きは必要だろう。
「この組み合わせのデートは初めてね」
ああ、エリカとアリスと俺の三人でデートしたことは無いかな。てか、三人でもデートと言うのか?
俺の素朴な疑問はともかく、エリカもアリスも楽しそうにしている。国が違えば文化も違う。距離的には東京から広島くらいのものだけど、特産品も異なるし、見るべきものは多い。
この国では服飾系の産業が発展していて、服の流行もこの国から大陸全土に伝わっていくと言われているくらいだ。当然、服屋も多く、女性二人の買い物時間も長くなる。
前世で女性の買い物に付き合わされた経験なんて母親と姉のときくらいしかなかったわけだが、これはちょっとした拷問じゃないだろうか?そう思えるくらい長かった…。
しかも、百人中百人が振り返るような茶髪美人と、元気で可愛い小動物のような女の子(同い年だけど)に囲まれているということで、周りからの妬みの視線が俺にチクチク突き刺さるのだ。
肉体的にも精神的にも疲れ果てた俺とは異なり、エリカとアリスは服の試着をとっかえひっかえ楽しんでいる。元気過ぎるだろ。
もしかして、この疲労は俺の精神年齢のせいなのだろうか?なお、俺は空気が読める男なので、疲れていても笑顔をキープしているけど、エリカにはバレバレだったみたいだ。
「あんた、疲れてるならどこかで休んでいても良いわよ」
あ、ありがとう。そうさせてもらうよ…と、言いかけた俺はエリカの目の奥にある剣呑な光にすんでのところで気が付いた。やばい、これ返答を間違えると怒られるパターンだ。
「疲れてなんかいないよ。その服、君に似合ってるね」
どうやら、この言葉が正解だったみたいだな。内心、めっちゃ安堵した。
なんとなく、魔物や盗賊団と対峙しているときのほうが気が休まるってのは、いったいどういうことだろう?どうにもエリカには頭が上がらない…というか、もしかして惚れた弱みってやつだろうか?好きなのは確かだが、惚れてるのかどうかは、自分でもよく分からないんだけど。
結局、複数の服屋をはしごしたことで、全員のマジックバッグの中には大量の服が収納されているという状況だ。そろそろ昼食を摂ろうかという時間帯、俺達は大通りから一本離れた裏通りを歩いていた。
あ、裏通りと言っても別に治安が悪いということはなく、普通に人が歩いているし商店もあるよ。
前から小走りで近付いてきた10歳くらいの男の子がアリスにぶつかったのは、おそらく偶然だろう。ぶつかったといっても軽くであり、すぐに「ごめんよ」という言葉と共に男の子は去っていった。
「あれって、まさか掏りじゃないよね?」
冗談で言ったつもりだったんだけど、ポケットをたしかめていたアリスが呆然として言った。
「小銭入れがありません。もしかして掏られたのかな?」
マジックバッグの存在をできるだけ隠すため、2千エンくらいを小銭入れに入れて、それを服のポケットに入れていたらしい。
「怪しかったから、一応監視を付けておいたわよ。追いかけるのなら居場所は分かるけど」
エリカが事も無げに言ったけど、さすがというほかない。あの一瞬でレイスをくっつけるとは…。まじで死霊魔法師ってパネェっす。
「捕まえて警察に突き出すかどうかは別として、掏りは褒められたことじゃないからね。一応、追いかけようか」
小銭くらい掏られても別に構わないんだけど(って、俺のじゃないけど)、せっかくのエリカの行為を無駄にするのも申し訳ないから、追いかけることを提案してみた。
入り組んだ路地の奥へとエリカの先導で進む俺達。突然、怒鳴り声が聞こえてきた。
「たった2千エンぽっちだと!金持ちそうなやつから掏れって言っただろうが!この無能がっ!」
「だけど、親方…」
「口答えすんな!」
バシッという音とともにガタガタっと何かが倒れる音がした。あの男の子が親方(?)らしき人物から殴られて倒れた音だろうか?
俺が止める間もなくエリカがドアを開けて中へと踏み込んだ。
「何やってるの?」
いきなり現れた美少女に面食らったのか、浮浪者っぽい髭面の男(年齢不詳)がどもりながら言った。
「お、お、おい、だ、誰だ?お前」
「その財布の持ち主よ」
いや、エリカのじゃなくて、アリスのだけどね。
「ちっ、見られたからには仕方ねぇ。拘束させてもらうぜ。ほらお嬢ちゃん、こっちに来な。奴隷として売っ払ったら、良い値がつきそうな上玉だぜ」
懐からナイフを取り出した男は、切っ先を俺達に向けながら脅してきたけど、それは悪手だと思いますよ。
男のナイフを持つ右手が、雑巾を絞るようにねじり上げられ、男の絶叫があたりに響き渡った。もちろん、ナイフはすでに手から離れている。エリカさん、ちょっとエグいです。
殴られて倒れていた掏りの男の子もこの光景を呆然としながら見ているね。
「姉ちゃん、後ろ!」
突然、掏りの男の子がこちらを見て叫んだ。その声に俺も反応したんだけど、アリスのほうが一歩早かった。こん棒のようなものを持った巨漢がエリカに殴りかかろうとしたのを見たアリスが、瞬間移動のようなスピードでエリカと巨漢の間に入り、そいつの腹にパンチを入れたのだ。…って、すでに手袋付けてる?いや、さっきまで付けてなかったよね?
身長が2m近い巨漢と下手したら小学生くらいに見えるアリスの戦いは、あっさりと終結した。もちろん、アリスの勝ちだ。吹っ飛んだ巨漢が壁に背中を打ち付けて、ぐったりと座り込んでいる。
すごい非現実的な光景に男の子もポカンと口を開けているよ。てか、俺もすっかり傍観者と化していた。さすがです、アリスさん。




