『束縛のアゼリア』
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「メルザ……いや、“メルトレーザ=エル=バルセロス”! 私はたった今、貴様との婚約を解消する!」
“エストレア王立学園”の卒業記念パーティーの壇上。
この国の第一王子である“エリオス=フォン=エストレア”が婚約者でありバルセロス公爵令嬢のメルザに、その人差し指を突きつけながら高らかに宣言する。
「お、お待ちください殿下!? 一体何をおっしゃるのですか!?」
「聞こえなかったか? 貴様との婚約を解消する、と言ったのだ!」
再び放たれた言葉に、メルザはフラリ、と後ろへとよろめいた。
だが、それも一瞬で、メルザは気を取り直して再び居住まいを正し、エリオス王子を見つめる。
「殿下……突然どうされたのですか? どうしてそのようなことを……?」
「聞きたいか?」
メルザの問い掛けに、エリオス王子はニヤリ、と口の端を吊り上げた。
「ならば答えてやる! 貴様はここにいる“リディア=フレイレ”に対し、貴族にあるまじき行為の数々を行った! つまり、貴様は婚約者として私の顔に泥を塗ったのだ!」
「っ!?」
すると、エリオス王子の傍らから、一人の女の子が現れた。
彼女は“リディア=フレイレ”。
地方にあるフレイレ男爵家の令嬢で、メルザやエリオス王子とも同級生でもある彼女は、この学園では王子に匹敵するほどの有名人であった。
それは……彼女こそが、エストレア王国の伝承に記されていた、“聖女”なのだから。
そして、そんな“聖女”であるリディアの腰を抱きながら、得意満面で語るエリオス王子。
だが、一方のメルザは彼の言う『貴族にあるまじき行為の数々』というものが理解できないのか、ただただ困惑の表情を浮かべていた。
「何だ、まだ分からないか。ならば教えてやれ!」
「ハッ!」
そう言うと、エリオス王子の背後に控えていた、騎士団長の子息である“ベルトラン=アロンソ”がス、と前に出た。
「メルトレーザ殿、貴殿は彼女……リディアに対し、取り巻きを使って事あるごとに彼女に対しいわれのない誹謗中傷を流布していた。そうだな?」
「な!? そんなことはしておりません!」
ベルトランの言葉に激昂したメルザは、彼に食って掛かるが、もはや嫌悪感を隠そうともしないベルトランはフン、と鼻で一笑に付す。
「しらばっくれるな。俺達のまわりにいる他の生徒達が皆証言してくれた。『メルトレーザ様に脅されてやった』とな」
「バ、バカな!?」
メルザは周りにいる生徒……とりわけ、いつも傍にいた同級生に視線を向けると、彼女達は一斉に目を逸らした。
「それだけではありませんよ」
今度はエリオス王子の左側から、宰相の息子、“ミケル=グスマン”がすました表情で登場した。
「今日の卒業記念パーティーに合わせ、リディアさんにと殿下が仕立てられた最高のドレス……ご存知ですよね?」
「……それが何か?」
眼鏡をクイ、と持ち上げながら鋭い眼光を覗かせるミケル。
それに対し、メルザは悔しそうに唇を噛みしめ、そう答えるのが精いっぱいだった。
それもそうだろう。どこの世界に婚約者である自分を差し置いて、“聖女”とはいえ一介の男爵令嬢のためにこの国の第一王子がドレスを仕立てて貢ぐことを許容できるのだろうか。
それでもメルザは、たとえ恥と屈辱にまみれようと、公爵令嬢の……いや、婚約者としての意地で、絶対に視線を逸らさない、逸らしてたまるか……そんな心の強さをその鋭い視線から覗かせた。
「そのドレスが何者か……いえ、ハッキリと申し上げます! あなたが! 彼女のドレスを切り裂き、メチャクチャにされたんです!」
いつも冷静な彼にしては珍しく、憤怒をにじませながらメルザを見下ろすミケル。
メルザは、ただ静かにかぶりを振るのみだった。
「いい加減にしたらどうかな?」
今度は、ベルトランに並ぶほど長身ながら、鍛えられた彼とは正反対なほど華奢な男が舞台に立つ。
彼こそは“トマス=アルバ”。
王国の宮廷魔術師を父に持つ、この学園始まって以来の魔法の天才。
そんな彼も、どうやらメルザの“敵”のようだ。
「殿下やベルトラン、ミケルは優しいからその程度の追求で済ませているけど、この私は違うよ。ねえ? “チコ”?」
トマスはクイ、と後ろへと振り返り、同級生の“チコ=フェルナンデス”に声を掛けると、呼ばれた彼もニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながらトマスの隣に並んだ。
「そうだねー、僕もこの女がここまでクズだとは思わなかったよ」
そう言うと、貴族でありながら人目もはばからずクスクスと嘲笑するチコ。
その姿にメルザは顔をしかめ、ただ不快感を示す。
「ねえみんな、聞いてよ! この女はねえ、目障りなリディアを亡き者にするために、公爵家を通じてトマスの家に呪術魔法を依頼して、僕の家には外国の毒薬の調達を依頼したんだよ!」
「嘘です! そんな卑劣な真似、この私がするはずがありません!」
さすがにチコの言葉を看過できなかったメルザは、大声で叫んで否定する。
だが周りの者のメルザを見る視線は全て冷ややかなものだった。
「あはは、バカだなあ。もちろん証拠もあるに決まっているじゃないか。呪術魔法も毒薬も、オマエの家との契約書が揃ってるんだよ!」
「……ありえない……そんなことは、ありえません……」
そう呟き、メルザは額を押さえて俯く。
たった数分の間に次々と告げられた言葉の数々は、メルザにとって到底信じられないものだろう。
その顔には、明らかに困惑と、疑われていることへの怒りと、そして、愛する婚約者から向けられる侮蔑の視線に対する悲しみで溢れていた。
「フン、これで分かっただろう。貴様との婚約破棄については、正式に王宮から沙汰が出る。もちろん、この国の“聖女”を亡き者にしようとした罪で、貴様も、貴様の家もただでは済まぬものと思え」
「殿下……」
「リディア……もう、大丈夫だよ?」
好き放題宣った挙句、リディアと見つめ合うエリオス王子。
その時。
『もういい……』
「む!?」
突然メルザの雰囲気が変わり、その長く美しい黒髪が逆立つ。
『もういい! 殿下も! そのアバズレも! 取り巻きのバカ共も! この国も! みんな……みんな、消えてなくなってしまええええええ!!!』
そんなメルザの悲鳴にも似た叫びと共に、学園に……いや、王国全土に暗雲が立ち込めた。
——“深淵の魔女王アゼリア”の復活である。
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