第三十七話 理不尽
「クックックッ……いきなりしゃしゃり出てきて好き放題。
たとえ皇室の後ろ盾があろうと目に余りますぞ。ヨシュア殿」
シュゲルはあくまで年嵩の人間として落ち着いた様子で声を上げる。
実際、ヨシュアに引っ掻き回されているこの状況下で正常な行動を取れているのは奴だけだった。
「ここは本国ではないし、ましてやあなたの騎士団内でもない。
少しは礼儀を学ばねば綺麗な経歴に傷がつきましょうぞ」
「あん? 誰だよお前」
気怠そうにシュゲルを睨むヨシュア。
明らかに相手を軽んじているその態度はシュゲルの逆鱗に触れたようでこめかみに青筋が浮かび上がっている。
それでも呼吸を整え、根気強くヨシュアに語りかける。
「『北の暴風』と恐れられる北面最強の騎士シュゲルのことをご存知でないかな?
名前は知れ渡っても顔まではなかなか本国には届いていなかったか――――」
「あー、そういうのマジでいいんで。
サル山の大将が最強だの英雄だのほざいてるの見てると悲しくなるんだわ。
お前は北面の騎士の一人。
それ以上でも以下でもない。
今は俺に仕える剣の一本だ。
やらかしについては目をつぶってやるからちゃんと働くんだぞ」
ポンポン、と一回りは年齢が上なシュゲルの肩を気安く叩くヨシュア。
ギリギリ持ち堪えていたシュゲルの忍耐力が呆気なく限界を超えた。
「若造がっ!! 貴様にこの場を左右する権利などないと言っておるのだ!!
今この場に爵位だの皇族の血だのはなんの価値もない!!
だからベイリーズ卿は無様な芋虫のように成り果てた!!
分かるか? 今この場でもっとも偉いのは単純な暴力を持っている者だ」
意訳するなら「一番強い俺がジェラード伯爵を勝たせようとしているのだから黙っていろ」と言ったところだろう。
だが、そんな意図がまるで届いていないかのように、
「ああ、要するに俺が全部決めていいってことか。
オッサン話が長いんだよ」
「違うわっ!!」
まともに取り合わないヨシュアに業を煮やしたシュゲルは勢い良く剣を抜く。
「ナイツオブクラウン……鬱陶しい名前だ。
皇族にしか入団することを許されない帝国最強の騎士団。
生まれの良さだけで選ばれた虚飾の神輿の分際で!」
「あー、勘違いされがちだけど別に皇族限定ってわけじゃねえよ。
ただ国内で強いやつを順番つけていくとどうしても皇族で埋まっちまうんだよ」
「ほざけっ!! 知っておるのだぞ!!
ナイツオブクラウンの戦いを知る者はいない。
何故ならば貴様らは他の騎士団と共に戦うことはなく、単隊で戦場に向かうからだ。
十名にも満たない貴様らがこなせる任務などたかが知れている。
貴様らは民衆を喜ばせ皇族の権威を高めるために作られたいわば美しいだけの宝剣。
だが、私は違うぞ。
北の大地の騎士も冒険者も私が最強だと認めている。
何度も何度もこの地の危機を救う姿を目にしてるからだ!
つまり! 私こそ真の帝国最強の騎士!!
王子様のお戯れも度が過ぎると痛い目を見ますぞ!!」
俺を相手しているときには微かにも感情を乱さなかったシュゲルが蛮族のように吠えている。
その根底には本国の騎士団に対する憧れや嫉妬が見え隠れする。
だというのにヨシュアはそれを逆撫でするかのように嘲笑う。
「ケケケ。痛々しいんだよ、おっさん。
傲岸不遜なことを言う割に慎重だな。
年寄りや女子供は痛ぶれるのに自分より強い奴には虚勢張るだけかい?
いくら喚いても俺がテメエのゴミみたいなプライドを満足させてやる気はねえよ。
文句があるならさっさと切りかかってこい」
「言ったな!」
シュゲルは剣を振り上げたままヨシュアに接近し、
「セイヤアアアアアアっ!!」
気合一閃――――闘気を纏ったとてつもない剛の剣を放つ。
その剣はヨシュアの目の前の床に突き刺さり、その余波は大きなクレーターを作った。
できたクレーターの中央にヨシュアとシュゲルが密接するように立っている。
「次は外さん。命乞いをするなら今だぞ」
シュゲルは威圧するがヨシュアは
「北面騎士ってのは剣よりおしゃべりの方が好きみたいだな」
と耳をほじりながら答える。
「ほざけ!! 【閃光嵐巣撃】!!」
シュゲルの剣が猛烈な速度で上下左右にふりまわされヨシュアを襲った――――はずだった。
「ところで、君がコウって子だよね。
はじめまして。ヨシュアって呼んでくれ」
「い!?」
ヨシュアがいつのまにか俺の近くに立っていて、耳元で囁く。
咄嗟に距離を置こうとするが手首を掴まれた。
「避けないでよ。
噂は聞いていたんだ。
まともに闘気も使えない状態から修行始めてから三年程度であの鬱陶しいおっさんとやり合えるのは大したもんだ。
才能あると思うぜ」
「お前何考えているんだ!?
シュゲルと戦っている最中に」
「俺に戦っているつもりはないね。
そんなことより今夜一杯どうだい?
俺は君に会うためにここに来たんだからさ」
目の前から標的が消えたことに気付いたシュゲルは顔を真っ赤にしながらこちらに向かって吠える。
「ヨシュアアアアアアアッ!!
私の心を乱すためとはいえ、決闘中に浮ついた真似をっ!!
いいぞ……乗ってやる!!
我が怒りの剣によって下賤の者諸共一掃してくれるわ!!」
シュゲルの闘気が爆発的に高まっていく。
こんなの……一気に解放されたらこの場にいる全員が吹き飛んでもおかしくない!!
「そういうわけだから、今夜空けといてね。
これ、総督命令だから」
ニコリと優雅に笑い俺を指差すヨシュア。
この笑みで数多の淑女を落としてきたのだろうが……と、そんなことを考えている暇は!?
「【唸れ、氷雪】!!」
放たれる斬撃は莫大な闘気が込められている。
その剣が振り下ろされるとき、正面に立つ者は全て光に飲まれ消滅する――――
カチィィン――――
「……は?」
燃え盛る炎のように怒りに燃え上がっていたシュゲルが水でもかけられたかのように間抜けな声を上げて青ざめていく。
カラン、カラン……と折れた剣の刀身が床に落ちた。
忽然と姿を消したヨシュアが再びシュゲルの目の前に立っている。
移動すら追えない俺に彼が何をしたのかを見ることはできない。
だが振るわれたように身体の横に伸びた腕と立てられた人差し指と中指。
それが意味することは、ヨシュアは指二本で莫大な闘気が込められていたシュゲルの剣を叩き折ったということだ。
「綺麗に折れたな。これならユキに修復してもらえるぞ。
良かったな」
理不尽――――
それがその場にいた人間すべてが抱いた感情だろう。
北面最大の英雄の怒りに満ちた攻勢は若き皇騎士にとっては戯れ程度に受け流されるものだったのだから。




