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第二十話 ハイネスガード

 堅苦しい儀式を終えた後、俺はベイリーズ総督の食事に付き合った。

 本国からの物資輸送を間近に控えているためか、総督府の台所も心許ないようで彩りある野菜や果実は出てこなかった。


「質素な食卓ですまんな。

 帝都ならば市井の民でももう少しまともなものを食しているだろうが」


 俺の心の声が聞こえたのだろうか、自嘲気味にそう言う総督に対して、俺は慌てて首を振る。


「そんな恐れ多い。

 騎士の称号を戴けただけで、お……私は満足です」

「フフ。付け焼き刃なのだろうがちゃんと言葉遣いや振る舞いに気を遣おうとしているのだな。

 細君の手ほどきによるものか?」


 御名答。

 俺が騎士になるかもしれないと分かってローザは貴族社会の仕組みやマナーを改めて教えてくれた。

 あれでいて上級貴族の令嬢なのだ。

 とはいえ、アイツの正体など話すつもりはない。

 罪人でないにせよ、似たようなもの扱いで帝都を追い出されているのだ。

 そして、貴族社会は思いの外狭い。


「アレはただの同居人ですよ。

 愛人で御所望なら喜んで献上しますが」

「ガハハハハ! 素晴らしいが、そんなことをされてしまっては仕事する気が失せてしまうわ!」


 豪快に笑う総督だったが、ゆっくり笑い声を鎮め、俺と向き合う。


「さて、騎士ランドール。

 そなたの配属について言い渡す」

「ハッ」


 騎士に任命されたからにはどこかの騎士団の所属になる。

 北面総督の麾下には十六の騎士団が置かれており、それぞれ特色を持っている。

 超一流の魔術師で構成された九頭竜騎士団。

 統率力の高いアンガス騎士団。

 北の暴風ことシュゲル騎士団長率いるナイツオブブリザード。

 そのあたりが有力とされているので、できればそこに入りたいのだが……


「そなたを近衞騎士――――ハイネスガードに任ずる」

「……はい?」


 え? どういう?


「なんだ不服か?」

「いえ滅相も……どうしてですか!?

 騎士に取り立ててもらえるだけでも栄達極まれりなのに、ハイネスガード!?

 冗談でしょう!?」


 ハイネスガードとは総督直属の近衞騎士であり、他の騎士団のような指揮系統からは外れる。

 たとえ重臣や大騎士団長が命令してこようとも従う義務がない。

 ただ、総督閣下にのみ従う、ある意味特権階級の騎士。

 当然、平民がなるようなものではない。

 重臣や譜代騎士の子弟で並外れた才能のある者がやると相場が決まっているのだが……


「冗談のつもりはない。

 そもそもそなたを騎士にしたのもハイネスガードをやらせるためなのだから」


 聞けば聞くほど冗談のような話だ。

 いったい何が望みなんだ?

 俺程度の実力者なんか、冒険者でも他にもいる。

 たとえばガリウス。

 短期決戦ならともかく、地力で言えば俺はガリウスの足元にも及ばないし、北の大地における戦闘経験も比べ物にならない。

 俺だけが持っているものなんてさしづめ……


「……やっぱり、見返りにローザを献上しろってことですか?

 アイツにそこまで価値があるとは思えませんが」

「いらんいらん。

 名家の女を愛人などにして本国の連中につけ込まれる隙を作りたくはない」


 ああ、この人はローザがレンフォード家の人間って知ってるんだ。

 総督は席から立ち上がり、俺の背後に立って窓の外を見やる。


「騎士団というシステムは非常によくできている。

 それぞれが独立した頭を持つ生き物のように自発的に任務にあたり、鍛錬し、強大化していく。

 それ故に隊内の絆は強く、逆に君主との距離は遠い」

「御自身の手駒として使える兵を持ちたかったということですか」


 不躾な言い方だと思うが、単刀直入に聞く。

 総督は笑って応える。


「早い話がそういうことだ。

 そなたはよそ者で家族もいないからしがらみがない。

 成功も失敗も名誉も失墜も、全部一人で抱え込んでもらえる。

 そして、腕が立つ。

 この北の大地にそなたとまともにやり合えるのはシュゲルくらいだろう」


 過大評価だ。

 俺の才能はあくまで平民レベル。

 トランスによって爆発的に戦闘能力を高めてはいるが、それも時間が限られている。

 いわば俺は曲芸師トリックスターであり、正当に騎士としての能力を測れば並以下だと思っている。

 対して、シュゲルはナイツオブクラウンにも匹敵する北面最強の騎士。

 褒めるにしても雑すぎてまともに取り合う気にもならない。

 そもそも、公爵と平民との会話に駆け引きなどあるわけがない。

 総督の望むことを否定する権利は俺にはない。


「謙遜抜きに恐れ多いことです。

 間違ってもよそで言わないでください。

 腕自慢たちが闇討ちしてきそうなので」

「フフ。ともかく、そなたには期待しておる。

 ハイネスガードの称号、受けてくれるな?」


 肩に置かれた手は年相応に渇きシワが刻み込まれているが重かった。

 この手で何十年もこの地を守り続けてきた手。


 英雄になりたい。

 その願いは今でも変わっていない。

 ユキのそばでアイツからその立場を奪うために、俺は戦いの世界から逃げ出さずここまできた。


 それに、北の大地はあまりに過酷すぎる。

 一年中雪に覆われた大地ではろくに作物が育たず、食糧供給は本国からのわずかな物資と狩猟に頼り切っている。

 鉱物資源は豊富だがそれを狙うかのように魔物達が進撃してくる。

 その量と質は帝都とは比べ物にならない。

 限られた食糧では大きい人口を抱えることはできないから軍備の増強にも限度がある。

 重要拠点でありながら、実情は限界ギリギリのところで持ち堪えている。

 それを成せるのは単にベイリーズ総督の手腕によるところが大きい。


 その総督が俺を必要としてくれている。

 ならばそれに応えることは多くの人々を守ることとなるだろう。


 そう信じて俺は、近衞騎士コウ・ノルス・ランドールとして仕えることとなった。

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