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第十三話 ひとりじゃない

 サンドラとの別れの抱擁を済ますと、すぐさま俺は旅支度を始める。

 一方、サンドラはローザに対しても指示を出す。


「ローザちゃん。アナタがコウに恩を返せるとしたらただ一つ。

 この逃亡を支えてあげることよ。

 貴族家のご令嬢たる者それなりの教養と知恵は備えているわよね?」

「はい……たぶん、それなりには……」

「よし。ちなみにレンフォード家の()()()の方は嗜んでいるの?」


 サンドラがそんなことを聞くとローザは「いっ!?」と驚きの声を上げた。

 不審そうな顔をしながらゆっくりと首肯する。


「まあ……そっちはそれなり以上には」


 その答えにサンドラは満足そうに笑みを浮かべる。


「よろしくね。コウは腕っ節はそれなりだけど足りないものだらけだから。

 二人の命運はあなたにも懸かっているんだからね」


 バンっ、と強めにローザの背中が叩かれる。

 痛みに涙目になりながらもローザはサンドラの顔を覗き込む。


「あのぉ……オカマさん、どこかでお会いしていませんかね?

 見たことがあるお顔な気がするんですけど。

 それに我が家の名前を聞いて真先にアレのことを」

「何よ。私、頭お花畑な女の子に興味ないわよ」

「ああ、私も女装されている殿方は論外ですぅ。

 別に口説いているわけじゃなくて、単純に――」

「ハイハイ。無駄話している暇はないわよ」


 強制的に話を終わらせるとサンドラは金貨袋を俺に投げつけてきた。


「おい、これって」


 弟子入りの日に叩きつけた金貨袋だ。

 しっかり覚えていないけど、多分、一切手をつけられていない。

 サンドラはニンマリ笑って親指でドアの外を指す。


この部屋の大家(マーサ)のこととかギルドのこととか。

 後のことは心配しなくていい。

 貴方たちの旅に幸運あらんことを」


 俺はこみ上げる涙を押さえ込み、頭を下げる。


「ありがとう……ございましたっ!

 サンドラ!!」




 夜の闇に紛れ、俺とローザは帝都を徒歩で脱出した。

 街の外に出てからはしばらく無言で歩き続けていたが、ローザが声を上げる。


「もっと怒ってよぉ!」


 夜の草原に響く声に警告するため俺は「シッ!」と息を吐いて唇の前に指を立てる。

 だが、ローザは鼻を赤くして髪の毛を振り乱し騒ぐ。


「私のせいで、あなたまで都を追われることになっちゃったじゃない!」

「今更なにを」

「そんなつもりなかったの!

 ただ、あのトロルみたいな中年オヤジと結婚するのが嫌で……」

「アイツ何歳なんだ?」

「四十三歳」

「あー……アンタは?」

「十六歳」

「ププッ! ひっでえ話だ! そりゃあ逃げ出したくなるってもんだ!

 俺でもそんなの嫌だよ!」


 俺は腹の底から大笑いした。

 帝都からは十分離れている。

 もし聞こえていてもわざわざ夜中に探しには来ないか。

 結果として大騒動になってはいるが、きっかけはあまりにしょーもないもので悪質さのかけらもないんだから。


「……怒らないの?」

「もう俺の部屋で怒ったろ。

 泣いている女の子を追い打ちできるような精神構造してないんで」


 貴族らしく高慢で俺を見下したり、尽くしたりするのが当たり前と思う奴なら無言で置き去りにしてやるところだが、ローザはおバカなりに分を弁えているし、愛嬌がある。

 面倒ごとに巻き込まれたのは事実だが、全く楽しくないと言えば嘘になる。


 それに――――


「俺もいつまでもあの街にいるつもりはなかったからさ。

 ちょいと予定が早まったけど気にするほどじゃない」

「どこか行くあてがあるの?」

「いいや、別に。

 ただ、ここではないどこかに行かなくちゃいけない、って感じてた」


 俺の答えにローザはキョトンとした顔をする。


「コウ、あなたは何者なの?

 優秀な冒険者――――と言うだけじゃないわよね。

 さっきのオカマさんも妙に雰囲気あったし。

 香水の香りも皇室御用達のものっぽかったし……あなた達、いろいろ変よ」


 ローザの物言いに俺は苦笑する。


「俺はただの凡人だよ。

 辺境の村の平民の家に生まれて何の才能もない」

「何の才能もない人は屋根から屋根に立体機動しないと思う……」

「そこは血反吐を吐くほどの訓練の成果。

 まさか、こんなに直接的に他人の役に立つとは思わなかったけど」


 そう、俺の修行はすべてユキに追いつくためにあった。

 アイツを英雄の座から引き摺り下ろすために強くなりたい。

 不純で歪んだ願望を俺は今でも抱え続けている。


「俺は、英雄になりたいんだ」

「えーゆー?」

「馬鹿げてると笑いな。

 アンタは名門貴族家のご令嬢なんだから知ってるだろ。

 高貴な血なんて一滴も流れていない奴には無理な願いだって」


 俺はたしかにかなり強くなった。

 姑息な手は使ったが、大騎士団の団長をやり込められるような冒険者はそういない。


 だけど、ユキは俺よりもはるか先に立っている。

 六天騎士団はユキの成長を見届けるようにして解散した。

 主人を暗殺され凋落著しい騎士団の長よりも名門騎士団の一員の方が与えられる名誉も仕事も遥かに上だ。

 おそらくは忠義高い団員たちがユキの将来のことを慮った結果だろう。

 既にただの忘れ形見というだけではなく古強者たちが自分たちの希望を預けるだけの存在になっている。

 その証がナイツオブクラウンの任命。

 皇族の血を継ぐ者だけで編成されるあの騎士団に俺は何をやっても入れはしない。

 生まれた時についてしまった差を嫌というくらいに思い知らされる。


「無理、なの?」

「無理でしょ。アンタだってナイツオブクラウンの連中見ただろ。

 睨みきかせただけで人間が引き攣って動けなくなるんだぜ。

 あんなバケモノと戦うなんて一万個命があっても足りねえわ」


 自虐気味にそう言った俺に対してローザは首がねじきれそうなほど傾げ、


「英雄って、ヴィヴィアンを倒さなきゃなれないモノ?

 そうじゃないよね。

 英雄って強いかどうかじゃなくて、どれだけ人の世のために貢献できたかで決まるものじゃないの?」


 まるで新しい言葉を覚えたての子供のようにあまりにも無垢な反応だった。

 だけど、呆気にとられるほど直線的な真実だった。


「そりゃあ、強くないと務まらないよ。

 力無き善は悪業なり、って至言だと思うし。

 実際、英雄と呼ばれる人は当代きっての実力者が大半だし。

 でも、そうじゃない英雄もいると思うんだよ。

 たとえば、望まぬ結婚に絶望している女の子を颯爽と救い出してくれる英雄とかさ」


 あなたみたいに、と口には出さないが目の動きで付け足してきた。

 こそばゆくなった俺はふいに目を逸らす。


「……それは恩人とかそういうのじゃ」

「英雄でいいんだよ。

 私にとっては私こそが世界。

 人口たった一人のこの世を救ってくれたんだから」


 強引な理屈に変な言い回し。

 ローザの調子が戻ってきているのを感じた。

 本人も同様だったようで「う〜〜っ」と唸り、俺に頭を下げた。


「ゴメンね。いざ街を出てみたら心細くなって。

 私って帝都生まれ帝都育ちのお嬢様だし。

 何も言わずに全部投げ捨てて来ちゃったから、いろんな人に迷惑かけたりしてると思うし。

 でも、そんなことこれからは言ってられないよね」

「アンタ一人なら引き返せるぞ、今なら」

「ううん。帰りたくない。

 私もここではないどこかに行くために街を出ていきたいって思ってた。

 だから、あなたに声をかけたの」

「そうか。じゃあもう何も言うまい――――ん?」


 ちょっと待って。


「街から出たいと思って俺に声をかけた?」

「うん。バルミロから逃げた後、建物の上から見下ろすように冒険者ギルドの出入り口見てたの。

 頼りにできそうな人がいたら力を貸してもらおうって!

 そうしたら私好みの線の細い中性的なイケメン冒険者が涼やかな顔で出てくるじゃありませんか!

 是非、私をさらっていただこうと」

「完璧に故意の犯行じゃねえかああああっ!!」


 ローザのとんでもない告白に俺は怒鳴り声を上げた。


「あはは……まあ、もうなってしまったものは仕方ないと割り切ろうよ。

 少なくとも私は今のこの状況幸運だと思ってるの。

 だって、コウは思っていた以上に優秀で素敵な人だったもの。

 これから誠心誠意あなたを支えさせて」


 甘い声で俺の腕に縋り付くローザ。

 二の腕にあたる豊かで柔らかい双丘の感触は男なら喜ぶべきところなんだろうが、逆に苛立ちを募らせる。

 だが、いまさらどうしようもない。

 もう旅は始まってしまったのだから。

 奇しくもまた二人旅だ。

 幼馴染ユキとは全く違うタイプだし、今の俺の状況も昔とは違うけど、どこか懐かしい。

 そして誰かを守らなきゃいけないというのはひとりじゃないということを実感させてくれる。

 結局、俺は一人でいるのが苦手な寂しがり屋なんだろう。

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