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第一話 馬小屋暮らしの幼馴染がふたり

「やっぱ幼馴染って良いもんだな!

 何を隠そう、ウチのカミさんも隣の家に住んでた妹分でなぁ。

 あんちゃん、あんちゃんって付き纏ってきて鬱陶しかったんだが、奉公を終えて帰って来た頃には中々の塩梅に育っててな!」


 恰幅の良いよろず屋の店主は聞いてもいないことをつらつらと語り出す。

 くたくたの身体に鞭打って仕事上がりに出向いたのだからさっさと用件を済ませてくれ、というのが俺とユキの率直な気持ちだった。

 ドブ掃除と呼ばれる下水道に棲みついた下級モンスターの駆除が俺たちの主な仕事。

 空気が悪く、陽も当たらない地下で一日中歩き廻らなくてはならない上に身入りも悪い。

 二十万を超える人間が暮らすこの帝都アリアドネにおいて浮浪者に次ぐ底辺に俺たちはいる。

 それでも今日は落とし物の短剣を拾うことができた。

 おそらくはしくじった同僚の遺物。

 だけどほとんど新品に近い状態だ。

 これを売っ払えば普段の稼ぎの二週間分はもらえると踏んでいたんだが――――


「っと、こいつは200リートってところだな」

「え……ちょっと待ってくれよ。ほとんど新品だぜ?

 この店じゃ2000リートで売られてるじゃないか」

「どうせ死んだ冒険者の形見を拾ってきたんだろ?

 そんなゲンの悪いモン誰が使いたがるよ」

「言わなきゃバレないだろ? てかどうせ言うつもりもないだろうが」


 俺の言葉に図星をつかれたのか店主はムッとした顔で睨みつけてきた。

 蔑みの光が宿るその目に怒りを覚え、負けじと睨み返すが、


「もういいよ。その剣は私が使うから」


 ユキが突然口を開き、カウンターに置かれた短剣を取り上げる。


「お嬢ちゃんが? 冗談だろう」

「いちおう、扱い方は知ってます。

 父も兵士でしたから」


 ユキの声は小さい。

 だけど、ユキが喋りだすと不思議と誰もがその声に耳を傾ける。

 聞き取りにくいと困ることはあまりない。

 店主は唸り、背後にあるゴチャゴチャとモノの詰め込まれた箱の中から革製の鞘を取り出した。


「抜身の剣を持って歩いてたら街の風紀に関わる。

 それに前途有望な若手冒険者には先行投資しておいて損はないからな!

 ガハハハハ!」


 豪快に笑い、ユキに目掛けてウインクする店主。

 ユキはうっすら微笑んで、ありがとう、と返すと、店主の顔はだらしなく緩んだ。

 俺は想像する。

 もし、ユキが泥まみれじゃなくて、前髪で目鼻を隠していなかったら、彼は使い古した鞘ではなく新品の武具を投資してくれたかもしれない。って。



 店の外に出たらすぐ裏路地を通って僕らが宿泊している宿の馬小屋に駆け込む。

 なお、宿泊しているのは宿ではなく馬小屋のほうだ。

 底辺冒険者でも人間がいれば泥棒除けになるという理屈で格安で泊めてくれる宿は多い。

 馬の体臭と糞尿の匂いが立ち込める酷い場所だが、この街における俺たちにとって唯一の居場所だった。


「コウ、これ」


 ユキが先ほど引き取った短剣を俺に渡してくる。


「ユキが使うんじゃないのかよ」

「私が剣を振り回す? 冗談でしょう。

 魔術士の修行を受けた私がそんな野蛮な武器使うわけないじゃない」

「野蛮ねえ……」


 ユキの腰布に挿さっている釘だらけの改造棍棒を見つめながら俺はほくそ笑んだ。


「何ニヤニヤしてるの、気持ち悪い。

 コウが交渉下手だから私が上手く立ち回って取り返してあげたんだぞ。

 感謝してくれてもいいんじゃない?」

「へえへえ。とてもありがたいですよ〜」


 俺は鞘から短剣を取り出す。

 金にならなかったのは残念だが今使っている棍棒よりもずっと強力な武器が手に入った。

 これを元手にもっと上の依頼を――――


「コウ。ケガの具合は大丈夫?

 痛むようなら明日の仕事は休みにして治した方がいいよ」


 ユキはそんな気弱なことを言ってくる。

 えらそうに俺の世話を焼こうとするけど、臆病で心配性。

 村で唯一、魔術の才能があり訓練を続けていたはずなのに本質は小さい頃から何一つ変っちゃいない。


「この程度の傷で休んでられるかよ。

 コイツが金にならなかったんだから、コイツに稼がせてもらわねえと」


 ヒュン、と手に持った剣を閃かせると、ユキは微かに身体を強張らせた。

 その情けない姿を見てイライラする。

 コイツがもうちょっとシャンとしていればドブ掃除なんかじゃなくもっと身入りがいい仕事にも手を出せるのに…………


 そんな不満を呑み込んで俺は寝支度を始めた。



 冒険者……なんて響きは勇ましいが実情はまともな職にありつくことができない奴が最後に辿り着く命を元手にした汚れ仕事。

 軍や騎士団を動かすまでもないモンスター討伐を主とした名誉も金も得られない惨めな身分。

 それでもなり手が絶えないのは度重なるモンスターの異常発生によって故郷を追われた難民たちが都市に押し寄せてくるからだ。

 難民たちの多くは都市の市民権を得ることが出来ず、被差別階級に甘んじている。

 就ける仕事といえば公営農場で馬車馬のように働く小作人や商人の下働きがせいぜい。

 それだって元々農民や商人だった大人ならともかく、ろくに働いたこともない上に手足も伸びきっていない俺たちは拾ってもらえない。

 身体を売って金を得ることも盗みや詐欺もできない俺たちには冒険者としての道しかなかった。


 それでもなんとか一年。

 冒険者として生き残った。

 俺たちと同時期に冒険者を始めた奴らも半分近くは見なくなった。

 だが「自分たちには才能がある」なんて大それた自信を持つことはない。

 死んだ奴らのほとんどはドブ掃除なんかより身入りの良い仕事を請け負っていたからだ。

 身入りが良いということはそれだけ難易度が高い。

 つまり死の危険が高まるということだ。

 それでもより多くの金を得たい。

 強欲でも邪悪でもない当然の考え方だ。

 底辺冒険者の暮らしは浮浪者と大差ない。

 せめて人並みの暮らしを、と求めることは人として当然の欲求だろう。


 だけど俺は暮らしの向上よりも安全を取ってきた。

 たとえ、ひもじく蔑まれ続ける日々だとしても命を失うよりかはマシ。

 そう考えていた。



 あの日までは。

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