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犬の妖怪と狸の妖怪

心象最悪の相手をデレに持っていくタイミング模索中。難しいですね。まだ妖怪はデレません。


       1


 狼天との初接触から数刻の時が流れた。

 頭を覗かせ始めていた太陽はスッカリと頭上に輝いている。


 そして、その道中もがらりと変わっていた。初めはごく普通の山道といった具合だったが、今は人が足を踏み入れるには少々困難な場所を歩んで――いや、昇っているといった方がいいか……。


 樹木の数は減っていき、地面には雑草よりも小石を主とした道へと変わっていた。


 そんな中、おくぅは先を歩く狼天に必死についていった。巨石が転がる山道を、彼は軽々と昇っていく。少女はというと、這うようにそれらを何とか昇っていくので精いっぱいだ。

 横に視線を向ければ一応道はあるのだが、そんな場所を通っていれば確実に置いて行かれる。


 とりあえず彼が通った後ろを必死になってついていった。


「おい、置いていくぞ。早くしろ」


 冷たく言い放つ狼天。それでもおくぅは文句ひとつ言うことなくついていった。それどころか笑みを浮かべて妖怪を見上げる。ニコッとほほ笑む少女に、妖怪の余裕ある表情が濁った。


「なんだその顔は?」


「あ、あの……優しいなって」


 しばしの間。


「っ……」


 その一言に狼天の耳がピンと天を指し、髪の毛が逆立った。同時に目元も痙攣させ牙をむき出しにしている。心なしか、グルルルと犬の呻き声のようなものが聞こえた。

 その呻き声が羞恥か怒りか知る由もないが、おくぅは持てる部位と力を使い昇っていく。そっと後ろを振り返れば急勾配の畦道と樹木しかない。よくもこんな場所を進んでいけれたものだとおくぅは内心自分を褒めた。


 しかし、それも束の間。


 狼天は少女を突き放すかのように先へ歩きはじめた。

 

「ま、待って……狼天様!」


「待たん! お前との会話は俺をイラつかせる」


 ゆっくりだった足取りは早くなり、本当に少女を置いてくようだ。

 何やらブツブツと口にしているようだが、おくぅはそれを確認できなかった。


 顔を上げれば進むべき、道というべきか。人が歩いて登るにはおよそ無理な道だ。ましてや、おくぅは子供。

 しかし、それでも彼女は狼天の後を追って上り続けた。


「うぅ……。怖いよぉ」


 先を往く妖怪の姿は遥か彼方にある。置いて行かれた寂しさと孤独感にさいなまれ、おくぅは思わずそうこぼした。

 速く行かないと。という思いが焦りとなり、その焦りが苛立ちになる。そして、その苛立ちがゆえに思うように事が運ばなくなるという負のスパイラル。


 ゆっくりと昇れば何とかなるかもしれない道でも焦りから誤った行動を取るのは誰しもあることだ。

 おくぅもまたその思考回路に陥ってしまうのに時間はかからなかった。

 強引に昇ろうと分不相応な順路を取り足を滑らせてしまった。


「きゃぁ!」


 幸いに落下したのは二メートルほどと大したことはなかった。しかし、岩で膝を磨った感触があった。容易に想像できる”擦り切れた”という痛み。おくぅはその場に座り込んで痛みを耐えるかのように声を絞り出した。膝からは案の定血が滲み出ていた。


 見上げれば、先程の巨岩がある。擦り切れた膝を見て、おくぅの昇ろうという意思は確実に折れかかっていた。


「狼天様……」


 助けを求めるかのような声色。しかし、彼からの反応は無い。というよりも、すでに姿すら見えない。完全に置いて行かれた。


「ひどいよ……狼天様……」


 目に涙を浮かべ、膝を抱える少女。このままここで野宿かと思った時、右の方向から足音のようなものが聞こえた。


「狼天様?」


 期待に胸躍らせておくぅは顔を上げた。しかし、そこにいたのは山伏に似た白の衣をまとった女性だった。端整な顔立ちで、背も高い。スタイルもいい。子供であるおくぅも思わず落ち込むほどだ。


「え、こんなところに子供?」


 近くまでこちらに気づかなかったのか、足元にいる少女にようやく気付いた女性は驚嘆の声を上げた。

 しかし、これにはおくぅも「それはこっちの言葉でもあるんだけど」と言いたげな視線を女性へと向けた。


 ここは言わずもがな、犬の妖怪――七之柄荒現狼天の縄張りだ。人間がこんな場所を呑気に歩くなんてことはありえない。


 おくぅはそんな彼女を訝しげに見つめるが、それは相手も同じだった。


「あなた、人間、よね?」


 女性が腰を下ろしてきた。と同時に、ツンと鼻をつく匂いがした。お酒の匂いだ。それも女性の息からではない。体からだ。


 おくぅは思わず鼻をつまんだ。


「くさい……」


「くさ……あなたね。同じ女なんだからそういう事は言わないでよ。ちょっとお酒臭いだけだけど?」


 顔をしかめるおくぅ。ちょっとという表現は適切ではない。女性が顔を近づけるとその臭いだけで酔いそうなほどだ。


「まぁ、子供のあなたにこの臭いの良さは分からないでしょうね。魅力的な女ってのは酒臭いものなのよ」


 どこから取り出したのか、女性は抱えるほど大きなひょうたんを取出し、グビグビと何かを飲みだした。それが酒であることは間違いないだろう。


「ぷはぁ……」


 プゥンと強烈な臭いがおくぅの鼻を包み込んだ。これにはたまらず「うっ」と口を覆った。


「ん? あなた怪我をしているの?」


 女性の手が擦り切れた膝に当てられた。


「いた!」


 思わず体を委縮させるおくぅ。弱々しく喉を鳴らして痛みに耐える。


「こんな傷も治せないなんて……人間て不便よね」


 小さな声でそう聞こえたような気がした。聞き返そうとしたが、その前に女性が葉っぱで包まれた何かを胸元から取りだした。それを広げると、白く濁ったドロっとしたモノが見えた。


「見せて。毒とかじゃないから安心して」


 それを中指で掬い取り、傷口に塗り込む女性は鼻歌まじりで上機嫌だ。


「私は旅の途中。で、あなたは……旅しているってわけじゃないわよね? まだ子供だし」


 なぜか馬鹿にされたような感じがした。おくぅは頬を膨らませて口を尖らせた。ただ、それ以上の悪態はつかなかった。一応薬を塗ってくれたわけで、恩人になるからだ。


 言葉で答える代わりに、少女は視線を狼天が向かった先へと向けた。

 それを察してか、女性は目を皿のように丸くした。嘘でしょう? と言いたげだ。


「あなた何者? ここは有名な犬の妖怪がいる山よ? しかもその先にはそいつの寝床がある。あいつは女の肉が好物だから……って、あなた子供だから大丈夫なのかしらね? 食べるところ少なさそうだし」


「バカにしているの?」


「バカにはしていないわ。客観的に見て事実を言っているだけ。まぁ、そう捉えたのなら謝っておくわ」


 そう言うと「まぁ、いいわ」とどこか他人事のような口ぶりで立ち上がった。


「私もう行くわ。あいつの寝床に行きたいなら――」


 女性は自分がやってきた方向を指さした。少し険しいが道がないというわけではない。先程も何度かこの道を通ろうと考えてはいた。しかし、狼天の行く先が解らない以上迂闊に進路を変えるのは適切ではないと判断していたのだ。


「あの道を使うといいわ。しばらく行くと、山頂へと向かう道ができるわ。まぁ、斜面は滑らかじゃないけど、こんな場所を直通するよりかはいくらかマシよ。それに、こんな場所人間が登っていけるようなとこじゃないわよ」


 女性はそう言い歩きはじめた。


「あの、どうしてそんな詳しいんですか?」


「運が良ければまた会いましょう。会えたらよろしく伝えておいて……生きていれば、ね」


 ヒラヒラと手を振り、女性は逆方向へと歩いて行った。道は細くなっているが、そんなことは物ともせず歩いている。


 おくぅはそんな彼女の姿が見えなくなるまでその背中を見つめ続けた。そして、ややあってから教えられた通りの道を歩み始めた。


             2


 しばらく歩き、その疲労が限界になりかけた頃だった。ようやく開けた場所へたどり着けた。


 そこにあったのは石の洞穴というべきか。岩壁が不自然に削られた場所だった。


 不思議と心地よい風が吹き、草花に活力が見られる。下界を見下ろせば、遥か彼方に都が確認できた。見通しは最高だ。


 それに、空気もおいしい。ただ、容易にこれない場所にある事だけは、今まで少女が登ろうとしていた岩の道を見れば一目瞭然だった。下から眺めるより上から見下ろす方がよほどそれがわかる。


「狼天様?」


 おくぅは洞穴を覗きこんでその名を口にした。中からガサガサと何かがこすれる音がした。そして現れたのはその根城の主である狼天、その人だった。


「ようやく来たか」


 寝起きなのか、クワァッと大きな欠伸をしてみせる狼天。ノソノソと歩き、妖怪は先程自分が登ってきた場所を見下ろした。


「まさかと思うが、お前、あの道昇ってきたのか?」


 険しい表情の狼天の顔がさらに難しくなった。それを見て、おくぅは首を横に振ってみせた。そして、続けて通ってきた道を指で指し示す。


「この道? ……ちょっと待て」


 何かに気づいたのか、狼天はすっとおくぅの顔に自らの鼻を近づけた。


 首、腕、頬、頭。ゆっくりと何かを確かめるようにそのにおいをかぎ始めたのだ。


「ろ、狼天様?」


 カッと頬に熱を帯びる感覚を味わうおくぅ。鼻孔から狼天のにおいもわかる。血なまぐささと共に動物の妖怪らしく野性的なにおいだ。


「酒臭いなお前。それに、このにおい、知っているぞ」


 お酒以外のにおいが何のにおいなのか、おくぅはすぐにわかった。あの女性のものだ。


「おい。ここに来る前に馬鹿でかいひょうたんを持った女にあったのか?」


 的確な問に、おくぅは頷いて答える。それに対し、狼天は舌を打ち面倒くさそうな表情を見せた。


「知っている人なんですか?」


「ただの腐れ縁だ。それにあいつは人じゃない。妖怪だ。狸の、な」


             

                 ・・・



 陽の当たらない場所だから中は寒いんだろうなとおくぅは勝手に想像していたが、洞穴の中は意外に暖かかった。さらに言えば、明るい。


 その謎はというと、見たこともない光景が広がっていた。入り口から数十歩ほどで開けた場所に出た。そこには7本の刀が立てかけられており、うち一本が抜身で刃を上にして安置されていた。


 驚くべきはその刀身だ。炎を纏っているのだ。その異様な光景におくぅはただただ立ち尽くしその光景を見つめていた。


「あとは勝手にしてくれ。言っておくが、あの刀には触るなよ?」


「狼天様はどうするんですか?」


「俺は寝る! 昨日都を襲ってから寝てないからな」


「……もう寝るんですか?」


 おくぅの腹が情けない音を立てた。朝から何も食べずにここに来た。何か食べるものは無いかと立ち上がり、外へと目を向ける。


「外にある木の実でも喰ってろ。人でも喰えるだろ。あまり遠くへは行くなよ。また侵入者がいれば襲われるぞ」


 狼天は広間の中央に横になるとそのまま寝息を立て始めた。おくぅはその場でしばらく寝始めた狼天を見つめ、外へと足を運び始めた。


外に出れば、風が出迎えてくれたように力強い向かい風がおくぅの頬を撫でた。髪の毛が空を舞い、纏っているボロボロの着物もバタバタと音を立てている。


 おくぅは風が収まったのを確認すると、狼天に言われた通り周囲を見渡してみた。自分が通ってきた道の方向へと目を向けそこから岩壁に沿って森のある方向へと視線を向けて行った。


 たどり着いた時はその喜びで気付かなかったが、壁が手前に盛り上がっている所にさらに奥へとつながる道があった。そして、その先に森林地帯が広がっているようだ。


 ただ、その森林は山の麓の様に荒れてはおらず、かなり手入れをされているようだった。自然の生え方ではなく人の手が咥えられているようだ。


 そして、自然と足を運ばせるような、そんな美しさもある。


 ただ、その美しさはこっちへおいでと誘われているようで、それがおくぅの心に恐怖を芽生えさせた。


 少女は一目散に狼天の元へと駆け戻った。そこに狼天はいない。代わりにそこには自分寄りも数倍の大きさの犬が一匹丸くなっていた。これが狼天の本来の姿であるというのは容易に察することができた。


 その姿を目の当たりに、狼天が妖怪であることを再認識させられる。


(やっぱり、狼天様は妖怪なんだね)


 寝息を立てている狼天にそっとよりそうおくぅ。空腹を忘れ、少女はその背中に自らの体重を乗せた。


 狼天の尻尾がそれに反応するようにバサリと動いた。


(暖かい)


 そのままおくぅは眠りの世界へと落ちていく。その脳裏には村においてきた弟たちの姿。さようならと村を出る時に告げた言の葉を今一度心の中に落とした。



         3



「いた!」


 おくぅが目を覚ましたのは夜更けの時だった。もたれかかっていた犬の背中が動き、支えを失った体が床に落ちたことで目が覚めた。


「おい、だれが俺を暖に寝ていいといった?」


 そこに犬の姿の狼天はいなかった。人の形を取った彼は忌々しそうにおくぅを睨みつけていた。


「ごめんなさい。狼天様の体が気持ちよかったから……」


「チッ……こっちはお前のおかげで目が覚めたわ。朝まで寝る予定が狂った。それに――」


 狼天が炎で照らされている室内から外へと目を向けた。彼の影が入口へと延びておりそこから何者かの足音も聞こえてきた。


「そんなに殺気立たなくてもいいじゃない? 面白い匂いがするから様子を見に来ただけだってのに」


 そこから姿を現したのはあの時の――山伏姿の女性だった。手には見たこともないような巨大な風呂敷が握られていた。


 おくぅがあっけらかんとしていると、女性の視線が向けられた。ニコッとほほ笑む彼女に会釈するように答えると女性はためらうことなく狼天の元へと歩いて行った。


「なんの用だ?」


「なんでそう邪険なわけ? 幼馴染がお土産持ってきただけじゃない」


 そういうと女性はおくぅへと再び視線を向けた。手にした風呂敷を部屋の隅へと置くと、彼女は少女の元へと足を運んだ。


「また会ったわね。よく殺されずにいられたものだわ。おやつ代わりに食べちゃったかと思ったけど」


 おくぅの頭をなでる女性。彼女は少女に名を尋ね「改めて見ると可愛いわね」と頭を撫でてくれた。


「私はね、識乃仙星蓮狸(しきのせんせいれんり)。狸の妖怪よ。こいつとは――」


「おい、ここにはおしゃべりをしに来たのか? 俺は眠たいんだ」


「ちょっとぉ。いつもより増して不機嫌じゃない、どうし……あ――」


 蓮狸の視線がおくぅへと向けられた。


「今からやるところ? お邪魔だったかしら? まぁ、あんただってオスだものね。でも、ちょっと子供すぎない? あと5年くらい待てなかったの? あ、でも今から飼いならしてお――」


 シュン!


 おくぅと蓮狸の間に煌めく何かが振り下ろされていた。その元を見ると、狼天がかけてあった刀を一本手にして振り下ろしていた。


 蓮狸はその一撃を紙一重で避けて涼しげな顔をしていた。


「ぶっ殺すぞクソ狸!」


 彼の口から牙が垣間見えた。そして、そこからは紅い妖気の渦が霧のように漏れ出している。


 自分に向けられていないとはいえ、おくぅはその形相に身震いをした。


「あらあら、ちょっとした冗談じゃない。ほら、おくぅちゃん怖がってるじゃない。やぁねぇ、余裕のない男に女は寄ってこないわよ?」


「いらん世話だ。俺は一人でいる方が気楽でいい」


「今はおくぅちゃん居るじゃない?」


「そいつは俺の非常食だ」


「あ、酷ぉい! そんな扱いとかかわいそうじゃない! そんな扱いするなら私に頂戴? 私、人間食べないし」


「どうせろくでもないことを考えているんだろう! いいから帰れ! お前のせいで余計に疲れる」


 癖のある物言いで狼天も呆れてきたのか、先程までの殺気は完全に失せていた。


「はいはい。まったく、つれないわね。せっかく収穫できた野菜を持ってきたって言うのに」


「や、やさい?」


「えぇ、私少し下山した場所で農業しているの」


「人は、食べないんですか?」


 おくぅが恐る恐る尋ねた。非常に友好的な態度を取っている蓮狸だが、一応妖怪である。妖怪は人を喰らう者。そういった認識がある以上、少女の疑問はもっともだった。


「食べられるわよ。人間」


 そこには至極当然の返事があった。しかし、その回答には違和感があった。


「でもねぇ、人間って私個人的に好きじゃないの。臭いし。良いものを食べている人間ならいいけど、ほら、そういうのって偉そうにしている奴らでしょう? 私、喧嘩嫌いだから目をつけられるのも面倒だし、ね?」


 犬の妖怪に相打ちを求める狸の妖怪。その笑顔に、狼天は「知るか」と一言で一蹴した。


「昨晩から明朝にかけて都襲ったって聞いたけど、よくやるわ」


「あいつらは気に入らん、それだけだ。それに目をつけられて喧嘩を売ってくるなら買うだけだ。食物がやってくると思えばいい」


 狼天はいつの間にか犬の姿になっており、元居た場所で丸くなっていた。クワッと欠伸をするとフン! と鼻を鳴らしている。


 そんな狼天を目にした蓮狸はおくぅへ笑みを浮かべる。そして、チョンチョンと手招きをしてきた。


 警戒しつつ近づくおくぅ。そんな少女の耳元に、狸の妖怪は口を近づけた。

 

「何かあったら私に頼ってもいいわよ? なんなら、私の所に来たくなったらいつでも来ていいわよ」


「え?」


「フフ……あなたおもしろそうだし、しばらくは退屈しなさそう。困ったことがあれば、本当に頼ってもいいからね」


 その優しさに何か裏があるんじゃないかと警戒心をあらわにするおくぅ。そんな少女に、ケラケラと笑って見せる蓮狸。


「狸の気まぐれってやつ? 人間を食べないのは本当だから、気軽に来てもいいわよ? まぁ、一番の理由は――人間の話し相手なんて数十年ぶりだし、すごく楽しみってことね。じゃあね」


 一方的に話してしまうと蓮狸は立ち去って行った。


「おい」


 呆然としていると、狼天から声をかけられた。


「は、はい」


「あれはお前にやる。好きに喰え」


「え? 私に?」


 鼻で指したのは蓮狸がもってきた風呂敷だった。たしか、中身は野菜と言っていたか。


「腹が減れば俺は肉を喰う。だからあれは、お前にやる。あと、俺に寄り添って寝るのはやめろよ、鬱陶しい」


 そう言い、再び寝息を立てる狼天。おくぅは狼天に近付く。そして、近くに腰を下ろすとゆっくりと犬能妖怪に近付く。そして、もたれかからないくらいの距離まで来るとそっと目を閉じた。


「おい」


「もたれかかっていません。お願いします。今はここで寝させてください」


 しばらく沈黙の時間があった。何を思ったのか、狼天は深く呼吸をしたのち鼻を鳴らした。


「……チッ……好きにしろ。俺にもたれかかったらその瞬間に喉元喰いちぎるからな」


 グルルルルと喉を鳴らし、狼天はそれ以上何も言わなかった。


「ありがとうございます、狼天様」


 おくぅの言葉に、狼天からの反応はなかった。

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