表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

出会い

男性作者です。知人経由で女性向けとして書いてみました。一応男性でも読めるようにもしているので中途半端かもしれません。とはいえ、小説書くのは5年ぶり。ブランクあるので行き届かない点もあると思いますが、最後までよろしくお願いします。こうした方がいいよという意見有りましたら遠慮なく意見の程よろしくお願いします。それと、近作品は本来短編にしようとしたところ思いの外長くなりそうだったので長編扱いで投稿しました。なので、そこまで長くはなりません。それでは、どうぞ。


    1


 ――世は鎌倉。


 平安から時代が移り変わり、その世代が二つ変わった頃。とある都の月夜に一つの影が舞った。

 遠巻きに見れば人。しかし、焦点を合わせればその頭には物の怪の耳。腰にはスラリとした尻尾がぶら下がっている。


 灰色の頭髪が空を舞うと、それは翼を髣髴とさせるように美しくも妖しく波を作る。


 男は着物を靡かせ一際高い建造物の瓦屋根へと着地する。音も立てず、そこから地上を見る。月を背にしたその端整な顔には鮮血。煌々と輝く瞳が地を這う炎を見据える。


 その光景にニヤリと口角を上げる。その口からは鋭い牙。「ククク……」と高揚する気分を抑えるような笑みがこぼれた。


「そっちへ行ったぞ!」


 勇ましい声が聞こえる。その方向へと耳を向けると数名の鎧を着こんだ男性が確認できた。


「来たか……」


 人ならざる男――七之柄荒現狼天(しちのえのこうげんろうてん)はペロリと手の甲を舐めた。まだ真新しい血の味がした。ここに来る前に対峙した武士のものだ。


 その味に狼天の脳内で「どうして殺そうか」と思考をめぐらせた。


 首を抉るか――。頭を砕くか――。腸をぶちまけるか――。はたまた心臓を引き抜くか――。


 昂る感情が戦闘意識を高め、殺意へと変わる。


 もう少しで腹を満たせる。それまで楽しませろ。そう言わんばかりに目を見開き、狼天を屋根瓦を蹴り空を舞った。その目には鎧武者の男の姿がロックオンしたかのように映された。


「来たぞ!」


 部隊の隊長か。その人物の掛け声とともに弓を持っていた男が一斉に弓を引き絞った。狼天の耳にはその音さえも鮮明に聞こえ、それが戦意を掻きたてた。

 その顔が相手に伝わったのか一瞬で恐怖へと変わった。


「う、うてえええええ!」


 シュン! シュンシュン!

 

 空を斬り裂く矢が狼天へと放たれた。しかし、避けない。矢を一身に受けても怯むことはなかった。物理法則に身を任せ、止まることはない。バサバサと衣服が鳴り、自由落下と共に頬を撫でる風が心地いい。


「いくぞ」


 狼天は指先に力を込め、その鋭い爪を武者の一人の鎧へと突き立てた。


 鎧はその機能を果たすことなく、豆腐に刃を突き立てるかのごとく貫通。狼天が腕を引き抜くとそこには心臓が握られていた。


 ドクン……ドクン……ドクン


 それはしばらく脈を打ち続ける。生きたいという意思を本来収まるべき場所から引き出されてもなお示す。しかし、狼天はその意志を無視するかのように牙を立てた。すると、心臓に含まれていた血が拭きだし、口から鮮血があふれ出た。その血を飲み物として狼天は喉を潤した。


「う、うわああああああ――」


 倒れる男を目の当たりにした弓を引いていた男達。その内の一人の頭をはね飛ばし、間髪入れずに他の男の胴体を素手で両断。鮮血がますます狼天を染め上げた。


 その後も一心不乱に人を殺め続ける狼天。その一人一人、絶命する瞬間の声。事切れる力なき声。それに何の思いをはせているのか。狼天は勝手に想像を働かせて「もっと聞かせろ」と目を見開き口元を緩める。


「ひ、ひぃいいい! ば、化け物……」


 最後に残ったのは一人、刀を持つ男一人だった。


 狼天はかつて人の一部であった腕に喰らいつき、肉を引きちぎり飲み込む。さすがに筋肉しつのため少々噛みづらい。それに、マズイ。


「ぺっ……。喰うなら若い女か……。柔らかいからな。ん?」


 狼天の目に一人腰を抜かしている鎧姿の男が目に入った。


「一人殺してなかったか……」


 狼天はそう言い、ゆっくりと男へと近づく。「来るな!」と歯を震わせる相手に構わず腰を下ろすとニヤリと不気味に笑ってみせた。


「ひぃ!」


 自己防衛の一撃。刀が狼天の首めがけて振るわれた。ただ、妖怪はそれを素手で受け止めると刃を力任せに握り砕いてみせた。まるで、力の違いを見せつけるかのように誇示してみせた。


「こんなものが俺達妖怪に通用すると思っているのか? 俺達を殺りたければ霊的な力を持った奴つれてくるか、それに対応している武器でも使うんだな」


 口を開き、牙を見せつける。今にも喰らわんばかりの気配を相手にぶつけた。


「お前は運がいい」


 ゲフ。とゲップをしてみせると、狼天は握り潰した刃を放り投げた。


 戦闘に集中しすぎて気づかなかったが、火の手が迫っていた。狼天はクンクンと鼻を鳴らせて月を背に向けた。遠くにある山を見据え大きく欠伸を一つしてみせた。


「帰るか……。おい、今度はうまそうな女でも用意しておけ」


 そう言い残し、狼天は地面を思い切りけった。火の壁を突き破り、屋根から屋根へと飛び移りつつその闇夜へと解けていく様に都を後にした。


   2


 狼天が縄張りとしている山へと着いたのは夜が明けてからだった。太陽が顔を覗かせその頭から暖かい日が狼天の体を温める。


 狼天は山の中腹付近にある、一際高い気の頂上に降り立ち周囲を見渡した。出払っている間に縄張りを犯す馬鹿がいないかチェックを行う。


 そんな中、チリッと体から痛みが走った。その痛覚に狼天は体に刺さった矢の事を思い出した。

 視線をその方へと向けると、遺体しく矢が数本突き刺さってた。

 

 胸に三本。腹に一本。両足合わせて三本だ。

 血はすでに固まっている。


「痛いと思ったが……これか……」


 その一本一本を抜いていく。引き抜くと血の結晶が粉状になり風に乗って霧散していった。そして、その名残の如く着物に穴が開いている。


「チッ。面倒な……ん?」


 小言をもらしているとふと空気に普段とは違う匂いが混ざっていることに気づいた。それが人の臭いであることに気づくのにさほどかかるはずもなかった。女であることも、そして大まかな年齢もだ。おそらく齢十年ほどの子供だ。


 空腹時なら喰うところだが、今は満たされている。食欲がわくはずもない。それ以上になぜ妖怪のいる山に一人でうろついているのか理解もできなかった。


 訝る狼天。その眉間にシワが刻まれる。


「なんだあのガキは……。ここが俺の縄張りだというのは知らんわけじゃあるまい」


 そっと視線を上げると、僅かであるが麓にある小汚い村が見える。つい最近できた村だ。


 あの村は都に狼天が近づかないように半ば生贄のようなものだ。そこで腹を満たせと言わんばかりに作られた集落。


 その意図に気づくのは容易だった。一度様子を見に行った時、村人は絶望にあった。やせ細り、食料としては下の下。腹を満たすに足りるはずもない。


 ――この狼天を舐めるな。人間ども。


 それを思い出すと今でも腹が立つが、だからと言って虐殺すれば人間(くいもの)が減る。それは困る。


 とりあえず見せしめと言わんばかりに襲ってやった。それが昨晩の事だ。


 視線を元に戻す。もう腹は満ちている。今さら襲ったところで無駄に食料を減らすだけ。しかし、稀に自分の領域を侵す馬鹿もいる。そいつらにとられるのは気に入らない。


「さて……」


 そのまま自由落下に身を任せ、狼天は手ごろなところで気の幹を蹴った。木から木へ。忍者のように飛び移り移動する。

 

 しかし、途中でその速度を上げた。また知らない匂いが紛れてきたからだ。おそらく縄張りに他の妖怪が入ってきたのだろう。その匂いの元も自分と同じ方向へと移動している。相手もあの人間の匂いに釣られている。そう確信できた。


「俺の縄張りに入るとはな。バカか命知らずか……腹ごなしにはちょうどいいか」


 舌なめずりをする狼天。あふれ出る妖気を抑え気配を殺す。近くの木へ身をひそめ、それが近づくのを待った。ちょうどその真下付近には例の少女がいる。


 狼天はそこで息をひそめて時を待った。



                       ――


 サクサクサク……。


 もうどれほど歩いただろうか。両親を含め、村人に見送られてこの山に入った。


 ボロボロの着物。汚れた肌。しかし、貧困の村で育ったには顔立ちはしっかりとしており、荒れた黒髪だが艶やかだ。


 うっそうと茂る木々。手入れのされていない獣道。木々が陽を遮り闇をもたらす。そんな場所など整備などされるはずもない。この山には恐ろしい妖怪がいる。そんないくら命があっても足りない場所を管理する者など誰もいない。ましてや、そんな山のふもとに村など……。


 少し頭を働かせれば容易に想像がつく。どうしてここに村など作ったのか。


 少女――おくぅの脳裏に、昨晩のやり取りが思い出される。 


                     ・・・


 ――生贄。山に住む妖怪への供物になってくれ。


 村の若者が村長の家に集められ、老人からそう告げられた。要はエサだ。


 おくぅは古い木材の匂いを嗅ぎつつ恐る恐る周囲を見渡した。朽ちた木材の染みが顔のように見える。


 奥に見える囲炉裏には腰の曲がった老人が座り込んでいる。そして、それを囲むように集められた若者が立ち尽くしている。


 みな誰もが黙りこんだ。その目からは恐怖と不安に満ち溢れていた。そして、それらは次第に我が身かわいさに「お前がなれ」と言わんばかりに敵意に満ちたものへと変わっていった。


「お姉ちゃん……」


 少年が一人、おくぅの着物の裾を握りしめた。


 震えるその手に自らの手を添えほほ笑んで見せる少女。他にももっと幼い子が立ち尽くしていた。まだ彼らは老人から告げられたことを理解できていないようだった。ニコッと屈託のない笑みを姉に向けている。


「大丈夫だよ。みんなは大丈夫だよ」


 おくぅは目線を弟たちに合わせて笑顔でその不安を払拭を試みた。うんと頷いた少年たちはそれに応えるように口元をゆるませた。


「死ぬのが怖いのはわかる。老い先短いわしらが行ければいいのじゃが、老いぼれの肉など差し出したところで、あの山の主は満足せぬじゃろう。すまぬ、誰か一人行ってはくれぬか……」


 しばらく沈黙が続いた。次第に険悪になる現場に、少女はつばを飲み込み胸に手を当てた。


「私が行きます」


 挙手をし、自らの意志を示す。これには周囲から一斉に視線が集まった。


「お姉ちゃん!」


「大丈夫だから、心配しないで……。村長、私が行きます」


「本当にいいのか? 行くという事が何を意味するのか――」


「わかっています。でも、私が行けばみんな助かるんですよね?」


 その時の弟たちの顔が、おくぅの脳裏に深く刻み込まれた。もう二度と会えないのだろう。そう思えると心に一つの感情があふれ出てきた。それをグッと抑え込み、少女は老人を見据えた。


 ――私一人で村の人たちが生きながらえれるなら。


 それに、家の食いぶちが一人いなくなる。それにより食糧問題を少しは軽くできる。そのことを理解し、おくぅはゆっくりと意志を示すかのように前に出た。


「すまない。許してほしい」


 そう告げる老人に、おくぅは笑顔で応えた。


                  ・・・


「ウウウゥ……」


 その唸り声にハッとなった。声は前方からだ。その方向へと視点を合わせると小汚いやせ細った男が一人たっていた。


 牙をむき出しにし、涎を垂らしている。空腹だというのはすぐに分かった。そして、なぜ声をかけてきたのかも、だ。


「あ、あなたが、この山の主様ですか?」


 若干声を震わせ尋ねる。男からの返答はない。代わりにグルルルウと獣に近い唸り声があるだけだ。

 指をバキバキと鳴らし、体を揺らし近づいてくる。


 一歩近づく度に死期が近づく。そんな感覚に見舞われ、おくぅはその時を体を震わせて待つ。


 そして、男が大勢を低くし今まさに飛び掛かろうとした時だった。ガサッ! と音がした。それと同時に男の足が止まり、目が見開かれた。何が起きたのか理解できずおくぅはただ戸惑うばかりだ。


「おい、お前」


 その声にようやく呪縛から解放されたかのようにおくぅは振り返った。視界には端整な顔立ちの男が立っている。頭には大きな耳。腰には銀の尻尾が垂れ下がっている。

 視線はこちらではなく、背後にいる男に向けられているようだ。


「ここが俺の縄張りってことは知っているのか?」


 着物の袖に腕をかくし、男は敵意をむき出しにしている侵入者へと近づいていく。一歩近づけば、警戒心を露わに、相手は下がる。そんなやり取りがややあった。


「あ、あの?」


「あ? 俺がここの主だ。あんな低俗妖怪と間違えられるのは心外だな」


「あ、あの、私……」


「食い物は喋るな。今お前と問答する気はない」


 そう言い、侵入者と距離を詰めていく。その背中からは相手に対する敵意しか感じられず、おくぅはただそのやり取りを見守る事しかできない。


「質問に答えろ。殺されたいのか?」


「ガァ!」


 飛び掛かる侵入者。山の主の男はその攻撃を紙一重で避けるとその腕を掴んで持ち上げた。侵入者の体は簡単に持ち上がり、そのまま地面に叩きつける。


 効果音をつけるとするならグシャァ! だろうか。いや、骨が粉砕されるような音か。体を持ち上げた犬の妖怪の手には叩きつけた男の腕らしきものが握られていた。


「どうした? もう終わりか? お前が勝てたらここはお前の縄張りだ……ほら、立て」


 挑発の眼差しを向ける。ゆっくりと立ち上がる相手に男は壊れかけたおもちゃを見るような視線を向けている。しかし、その顔には笑みが浮かんでいる。楽しんでいるようだ。


 襲い掛かる妖怪。そして、それを受けるのも妖怪。片腕を失った侵入者は全身をぶつけるかのように襲い掛かるが簡単にいなされてしまっている。

 そして、残った片腕を掴むと捻り上げる。骨が軋み、割れる音が聞こえたと同時にそれはねじ切れた。


「ギャオオオオオオオ!」


「ほら、腕無くなったぞ。足があるだろまだ……立ち向かって来い。妖怪としての誇りがあるなら俺を殺しにかかってこい! それが縄張りを犯したものの――」


 相手は転がりながら逃げ始めた。もう勝てないと悟ったようだ。その光景に、男は興ざめと言わんばかりに息を吐いた。


「じゃぁ、死ね」


 逃げる相手に飛び掛かり、男は侵入者を蹴りあげた。小石を飛ばすかのように簡単に空に浮く体。追い打ちをかけるように飛び上がると、そのまま遠心力を加えた一撃を相手の横腹へと見舞った。まるで軟体の何かを二つに千切るかのように吹き飛び、その一部が木の枝に突き刺さった。


 周囲に噴きだした黒い血が噴き出て降り注ぐ。

 そんなことをものともせず振り返りおくぅに目を向ける男。少女はその出で立ちに身を震わせ木にもたれかかった。


「おい、子供。何しに来た? ここがどういう場所か、知らんわけではないだろう?」


「わ、私を――」


「質問しているのはこっちだ。お前もこうなりたいのか?」


 男が手にしていた、かつて妖怪だった者の腕を放り投げていた。


「答えろ。何しに来た? まさか、俺を殺しに来たとか勇ましいことを言いに来たとかか?」


 カカカと笑う男。


「ち、違います。私は、あなたに食べられ、に……」


「なんだと?」


 目を細める主。笑みは消え、顔をしかめる。


「私は、その、ふもとの村からきました。えっと……あの、私を食べて下さい。そのかわ――」


 首元に手が当てられ締め上げられる。ジワリジワリと力を込められ、徐々に呼吸がきつくなってくる。


「代わりに村を襲うなと言いたいのか? 人の身で俺に命令する気か? 身の程を知れ。殺すぞ」


 薄れゆく意識の中、男の目を捉えるおくぅ。その目は恐ろしく綺麗で、畏怖すべし妖怪のモノとは思えないほどだった。


「もう少し力を込めれば、お前の首など簡単に千切れるんだ。このまま窒息させてやってもいい」


 耳元で囁かれ、ゾクリとその声色に身を震わせた。ゆっくりと男の顔が離れ今度は正面に見据えられた。

 殺されるかもしれない中、おくぅはただ男の目に見とれていた。死に際に何を思ったのか、どういう表情をしていたのかさえもわからない。ただ、男の手が首から離れのがわかった。


「なんだお前、なぜ笑う?」


「ゲホゲホ……笑う?」


「仮にお前を喰って、俺が村を襲わないという保証があると思っているのか? 俺は妖怪だ。約束を守ると思っているのか?」


 不気味な笑みを浮かべる妖怪に、おくぅは口を噤みただ相手の瞳に自分の姿を映した。


「ふん、いい度胸だガキ。今日は見逃してやる。とっとと帰れ」


 そう言い残して去ろうとする妖怪だが、おくぅは帰らない。着物の帯に手を添え去ろうとする男の背をジッと見つめる。その視線を感じてか、相手も振り返ってきた。


「帰れといったのが聞こえないのか?」


「帰れません」


「なに? ふざけているのか?」


「私が帰ればみんながまた――」


「そんなこと知った事か、帰れ。俺に喰われたければ大人になってからにしろ。お前のような乳臭いガキは好みじゃない。それに今俺は喰ったばかりで満腹だ」


「じゃぁ、私を側においてください。お腹が空いた時に食べて下さい」


 妖怪はこの言葉に舌を打った。振り返るその顔には怒気が含まれている。口から吐かれる息が空を歪めているのが見えた。


「俺に命令するな。俺は喰いたいときに人を襲う。お前ひとりで腹が満たせれると思っているのか? 殺すぞ!」


「殺してもいいです。でも、村の人を食べないでください!」


 おくぅも引き下がらない。その気丈な態度に、妖怪は目を細めた。


「なんだこいつは?」と言わんばかりだ。


「みんなを食べないでください!」


「黙れ!」


 気付けば爪を喉元にあてられていた。そのまま一押しすれば簡単に子供の首など吹き飛ばせるだろう。そんな状況の中、体は震わせているが視線だけは妖怪を見据えるおくぅ。


「強がりはよせ。体は震えているぞ?」


 妖怪は爪先でツツツと喉を撫でてみせた。ビクリと体を強張らせた少女は唾を飲み込み唇を噛んだ。


「私を食べて……村を襲わないで……」


「まだ言うか!」


 牙をむき出し威嚇する妖怪。それを見て、最後の気力を振り絞り、おくぅは息を吸った。


「食べて! 村には手を出さないで!」


 これには妖怪も体をのけ反らせた。少女の涙が頬を伝い、妖怪の腕に落ちた。


「チッ……」


 嘆息と共に眉をひそめる妖怪。しかし、殺気は先程まで抑えてくれたようでそれはおくぅも体で感じ取れた。


「お前は喰わん。喰ったらお前に言う通りになったみたいで気にくわん。村も襲わん」


「え?」


「村の人間はやせ細っていて喰う場所がない。あんなもの、いくら喰ったところで腹の足しにもならん。大体お前、生きたいとは思わんのか? お前のような人間は始めてだ」


 妖怪はしゃがみ込み、おくぅの顔を凝視した。その視線に答えるかのように、おくぅはまじかにある妖怪の顔をゆっくりと見回す。少女の言葉に耳を傾けるかのように、頭にある大きな耳がピクピクと動いている。


「生きたいよ。でも、私一人で家族が生贄にならずに済むし、食べ物も確保できるの……だから……」


「自己犠牲か。まったくもって理解に苦しむ」


 吐き捨てるように言うと妖怪は立ち上がって歩き出した。


「私を食べないの?」


「しつこい奴だ。それしか言えないのか? もう同じことは言わん」


 立ち去る妖怪の背を見つめ、少女はしばらく立ち尽くした。どうすればいいのか呆然としていると、視線の先にいる彼が足を止め振り返ってきた。


「気が向いたら喰ってやる。嫌なら帰れ」


 歩きはじめる妖怪。おくぅは「待って」と声をかけるも、当人は振り返ることはなかった。足早に進んでいく彼に、少女は懸命についていった。


「あの、私おくぅって言います。あの……名前は?」


「狼天だ」


 妖怪はぶっきら棒に答えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ