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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

とある王国の、父と青年の話をしようか

 俺は、あの男を父として尊敬できない。

 あの男は、王国の騎士団の中でも最上位の将軍である。騎士としては、尊敬に値することは認めよう。

 だが、あの男は。父親としては、というより、母上の夫としては、カスだ。

 母上は、賞金首であり、不老不死の魔女だ。王国の将軍と賞金首の魔女。そのドラマチックな大恋愛は置いておこう。

 まず、一点目の許せないことは、母上に俺を産ませたことだ。

 生まれたくなかったわけではない。こうして元気な肉体で産んでもらえて、母上には感謝している。だが、母の見た目の年齢が問題だ。

 母上は、12歳程度の見た目なのだ。

 性の知識を勉強した日までは、赤ん坊は鳥が運んでくると思っていたが、そうではない。

 あの男は、12歳程度の母の肉体に欲情し、組み敷いて、俺を妊娠させ、産ませたのだ。

 普通にありえない。ドン引きという言葉がこれ以上なく似合う。

 母の肉体に負担をかけ、俺を産ませたこと。それが許せない。


 二点目は、母上と結婚せず、他の女と結婚している点。

 まあ、賞金首の魔女と、騎士団の将軍が結婚できないのは、まあ、納得はできないが理解はしている。

 だが、母上がいながら他国の女将軍と結婚し、子供までいる。

 俺は、その生まれた母違いの弟に、兄であるカミングアウトもできない。

 ちなみに、今俺が通っている騎士学校の後輩である。あの男に似ず、とても良い子だ。

 魔族に対する同盟のための政略結婚なのはわかるが、母上への重大な裏切り行為だ。許せない。


 こうした許せない点が多々積み重なっていたある日、俺とあの男を決別一歩手前までさせた事件が起こった。

 母上が、軍に掴まり、処刑されたのだ。

 まあ、母上は不死身。その数日後、元気にしているという手紙が来たが。

 あの男は、軍の最高指揮官のくせして、母上を守らなかった。

 あの男のことが決して許せなくなった。



 そんな想いを発散できずに悶々としていたある日。学友が話しかけてきた。


「なあ、アルク。知ってるか? 」

「何をだよ」

「ゼダン将軍閣下の話だよ! 」


 その名が出た時、眉を一瞬顰めそうになった。その名は、俺がちょうど、忌み嫌っている男の名前だ。


「ゼダン閣下が今日、この学院ににいらっしゃるんだよ。あー、あの方に一回でいいから、剣の指南を受けて見たいなぁ……」

「ッ!ゼダン……閣下が、今日いらっしゃるって? 」


 その後しばらくして、あの男が飛竜に乗ってやってきた。学院中が歓迎ムードだ。俺一人を除いて。

 厳格な学院長があの男に頭を下げつつ、歓迎の言葉を言っている時、ふと、視線が合った。

 そして、あの男と決めている、サインを送った。

 今夜、森の中で会いたいと。



 その夜、俺はあの男を森の中に呼び出し、問い詰めた。


「父上、なぜ母上の処刑を止めなかったのですか」


 俺は、森の中で振り向くと、振り向きざまに、怒りを込めて言葉をぶつけた。

 茶色い短髪、精悍な顔。様々な勲章が付いた赤い服……気に食わないこの男。


「何をいきなり」

「答えろ! なぜ母上を処刑したんです」

「お前の母、魔女アフィーは、100年前から賞金のかかった魔女だ。処刑は決定事項なんだ」

「だからって、薄汚い尋問官に穢されたうえの処刑だ。そんなのを黙って見てたなんて。父上は、母上を愛していないんですか! 」


 その言葉に、一瞬あの男の眉が顰められる。


「声が大きいぞ。誰かに聞かれたらどうする」

「話を逸らさないで下さい。父上は、処刑に立ち会ったのでしょう? その時に、助けられたはずだ」


 その問いに答えることはなかったが、真っ直ぐに俺の目を見て、視線が動かない。

 誠実な父親のふりをしているようで、気に喰わない。


「何とか言ってくださいよ! あなたは、母上の命より、自分の地位の方が大切なんだ。だから処刑をただ見ていたんだ」

「それは違う。俺は、お前の母を、魔女アフィーを愛している」

「口だけなら何とでも言える。母が穢され、処刑されるのを、指くわえて、ただ見ていただけの癖に! 」

「っ! 口が過ぎるぞ! 」

「うるさい、あんたなんか、あんたなんかぁ! 」


 気が付けば、拳を握り、あの男の頬を殴打していた。何度も、何度も殴打する。

 相手は、それをただ受けるだけ。そして、俺が肩で息をしながら、殴打をやめると、やっと口を開く。


「気は、済んだか? 息子よ」


 口端から血を流し、まるで、父親のような優しい笑みで、俺を見る相手。

 それを見たら、何故か、涙が止まらなくなる。訳の分からない感情が浮かぶ。だが。

 

「あなただけは許せない。あなたは、母に俺を孕ませただけの、鬼畜野郎だ。二度とあなたを、父と呼ぶものか! 」


 そう言って、俺は走って学院の寮に戻る。なぜか、酷く惨めな思いが胸にのしかかった。



 ふわり、ふわりといい香りがする。まるで、母上に抱かれているかのような心地よさの中、俺は目を覚ます。

 俺は、どうしたのだろうか。

 ふと、目の前に光の粒子が集まり、母上の姿になる。

 12歳程度の幼い見た目。腰までの桃色の髪。昔ながらのとんがり帽子に黒いローブ。

 間違いない、母上だ。


「ひっひ。アルクや。全く……父様を殴ったらしいね」


 そう、見た目に似合わない老獪な笑みを浮かべ、母が近づいてくる。


「ここは、夢と現実の狭間だよ。ここでなら、遠く離れていても話せるからね」

「あ、は、母上」

「ひひ。どうせ、アタシが処刑されたってことで、父様が許せなくなってしまったんだろう?」


 少し、間をおいて、俺は首を縦に振った


「まず、前提の話をしようかね。私達、魔女の命はね、とても、とても軽いのさ。なんたって、何度でも死ねるんだからね」

「ですが、それで死んでもいいということには」

「でもね、アルク。お前の命は一つしかない。それは、とても重いのさ。父様も、仮にお前が捕まるような事があったら、どんな手を使ってでも救うだろうね」


そして、母上の手が、俺の頭に置かれる。


「父様も、悩んでいるさ。アタシを助けたい、でも助けたら……きっと、職を解かれ、自分がいることで助けられたであろう人が死ぬからね。そこに、順序をつけないといけない仕事なのさ」


 母は、いつもの悪戯娘のような声ではなく、真摯な母の声で。


「お前も、父様と同じ表の世界を生きようとしている、なら、命の重さ、順序を間違ったらいけないよ」

 

 そう言って、母は消えた。



 次の日。食堂でパンを齧っていると、再び学友が、興奮した様子でやってきた。


「おい、アルク! 」

「うぉ、如何したんだよ。なんか鼻息荒いぞ」

「そうもなるさ。あのゼダン閣下が、俺達に稽古つけてくれるってよ! 行くっきゃないよな。」


 ふと、入り口を見れば、騎士見習いの少年や青年が、我先にと訓練広場に向かう。

 俺も、向かった。あの男と、剣を交えれば、何かつかめるのかと思ったのだ。


 訓練所で、騎士見習いたちを吹き飛ばすあの男。その姿に、昨日の父親のような優しさはない。

 厳しく、厳しく。だが、的確に向かってくる見習いの弱い点、強みを指摘する。

 そして、俺の番。


「お願いします」

「うむ、来い」


 その短い言葉の交わりの後、俺は剣を構え、向かっていく。

 鋭い、金属音と共に俺は、吹き飛んだ。

 一撃で、剣が弾かれ、蹴りが腹に撃ち込まれたのだ。


 そして、あの男は他の見習いと同じく、俺に指摘をした。何も変わらない、外での関係。

 だが、あいつの手が、俺に合図をした。

 今夜、もう一度森で会いたいと。

 

 再び夜の森。気まずい気持ちのまま、あの男の待つ場所にきた。

 あの男は、目を閉じ、静かに立っていた。


「なんの、用ですか」

「思えば、俺は。お前に父らしいことを全くしてこなかった」


 突然始まった、言葉。


「二ヵ月、三ヵ月と会うこともできず、たまに会えることになっても、お前の寝顔しか見られなかった。俺にできたのは、騎士として、騎士とはどうあるべきか、お前に見せる事だけだった」

「なにが、言いたいのです」

「昼間の、あの気の抜けた剣は何だ! 」


 そう言うと、あの男の拳が俺の頬を打った。俺は吹き飛び、地面に転がる。


「あんな剣で、母を守ろうというのか。笑わせるなよ、失望させるなよ。俺は、騎士としても、お前に何も残せていなかったということではないか」


 その表情は、とても悲痛で、とても悲し気で、打たれた俺の頬より、何故か、見ている心の方がいたくなる顔だった。


「すまなかった。俺は、お前になにも残せていない。何も、できていない。こんな男が、父とは笑わせる」


 そういって。この男は頭を下げた。

 俺は、その姿を見て、何故か涙が流れてきた。



「……っあ」


 そして、理解した。

 この男は、俺の、父親なのだと。


「そんな、こというなよ。父さん」


 俺は、あいつを、父と呼んだ。


「俺の方こそ、あんたが嫌いで、あんたの、何も見て無かった。こんな俺が、父さんを、否定する資格なんて無いんだ」


 俺は立ち上がり、あいつを、父上を、抱きしめる。


「ごめんなさい、父さん。あなたの、何も見てこなかった俺を、許してください」


 俺は、父上が嫌いだ。でも、父上から、何も学べていなかった自分を、恥じなければ。

 父を、嫌う土俵にすら上がれないことに、今やっと気が付いた。


 俺は、泣いた。

 長く、長く泣いて。

 父と、やっと親子になれた気がした

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