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「到着だ」


 十分もかからないうちに頭上から声が落ちてきて、振り落とされぬようマントにしがみついていたリオトは目を開けた。

 馬を降りた目の前には、鬱蒼と茂る森が広がっている。今夜は満月であるため月明かりがあるといえど夜に見る森はやはり薄気味悪い。昼間であれば心やすらぐ青々とした深緑であろう木の葉たちは今や闇のベールにすっぽりと覆われ、文字通り影の森と化している。

 森をすり抜けてこちらへ手を伸ばす夜風は薄ら寒く、誘われて踏み込んだら最後、飲まれて二度と出られないような恐怖さえ感じる。


「クロルバルト……。なるほど名は体を表すってやつか?」


 馬の手綱を木の枝に括り終えたシュヴァルツが森を観察するリオトの隣に立って周囲を見渡す。

 すると、二人の目の前に音もなく姿を現した者が一人。


「メルヴィル少将。お待ちしておりました」


 長いマフラーを靡かせ、榛色の髪の背の高い青年がその場に跪き、頭を下げる。先行の頭数に入れた、神影だ。

 顔を上げれば視界に入った人物は二人。リオトに目を向けるや否や、きょとんとした表情をうかべる。


「キミ、どうして此処に……?」

「釈放する代わりに皇女殿下の救出に手を貸すよう取引をした。一先ずはこの三人で敵の懐へ飛び込む」

「リオトだ。昼間のことはお互い水に流して、よろしくな、ニンジャくん」


 右手を差し出すと、神影は口元を覆っていたマスクのようなものを外しながら腰を上げて、大きな手を伸ばしてくる。


「僕は神影。よろしくお願い致します。リオト殿」


 シュヴァルツよりわずかに低いが、それでもリオトよりは背丈の高い彼は、どこか柔らかい雰囲気に反してよく鍛えられた体つきをしていた。


「神影、奥の隠れ家までの道のりはわかるか?」

「お任せを」


 外していたマスクで再び口元を覆いながら神影は一歩、二歩、二人の前に出る。そしてなにやら二、三度手を組み合わせてなにかとても短い言葉を小さく呟いた。

 すると、暗い闇の中にぼんやりと小さな赤い光が浮かび上がった。それを皮切りにいくらかの間隔を開けて、次々に同じ光が浮かび上がっていく。それは三人を導くように森の奥へ続いている。


「戻る時に設置しておきました。今宵は幸い月明かりがありますが、足元に気をつけてついてきてください!」

「分かった」

「よし!」


 頷いたシュヴァルツとリオトは神影の先導と蛍火のような赤い光を辿って森の奥へと進んでいく。


「ニンジャくん。敵の情報はどこまで掴めてる?」


 神影は前を向いて走ったまま答える。


「こんな依頼を請け負う腕のいい戦闘集団となると、敵はおそらく、深淵より出るもの(アヴェイル・スレイズ)かと」


 深淵より出るもの(アヴェイル・スレイズ)。その名には覚えがある。

 私利私欲による暗殺や、復讐に駆られた仇討ちなどの汚れ仕事を多く請け負い、音もなく命を刈り取る暗殺集団だ。わかりやすく言えば金を積めばどんな仕事もこなす連中だが、その手口や戦闘能力は本物で、風の噂では、元は傭兵集団だという話も聞く。

 苦い面持ちのシュヴァルツの補足をふーんと聞き流して、リオトは先を促す。

 途中に大きな茂みが道を塞いでいたが、大丈夫です。こちらへ。と迷うことなく右へ曲がった神影に続き、二人も道を迂回する。足元には彼が残した道しるべが途絶えることなく道を示し続けている。


「数はおよそ二十前後。どちらかといえばひっそりと標的を狙うような仕事が主ですが、術者も剣士もいて陣形のバランスは取れていますので連携されるとさすがに厳しいかもしれません。皇女殿下をさらった理由は未だ不明です」

「それは全員血祭りに上げてから吐かせるとして、そこまで分かってるなら十分だ」


 彼らとの戦闘は免れない。となると、重視すべきは連携を取られないようにすること。取れないようにすること。

 あとは、人質アリウェシアを盾にされる前に片をつけること。


「っ!」


 アンテナのようにピクリと眉を動かして、神影が足を止めた。


「どうした」


 敵の襲擊を予測に入れながら、シュヴァルツが問いかける。目だけをぐるりと動かし、リオトも周囲の気配を探る。


「見張りです。数は、」

「四だ」


 身構える神影が答える前にリオトが言う。ともかくと、すぐそばの木と茂みの影に三人は身を隠す。そっと様子を窺うと、十五メートルほど先の木と木の間に人影が見えた。気づかれにくくするために黒っぽい服を着ているが月明かりのおかげで視認できる。騒いでいる様子は無いので、気づかれてはいないようだ。

 神影はルミドリフが潜伏しているはずの皇族の隠れ屋敷まではあと百メートルほどだという。おそらく見張りは隠れ屋敷を囲う形で配置されているはずだ。潰しにかかればこの四人以外の見張りにも気づかれる可能性が高い。放って突破することも難しいだろう。

 リオトもシュヴァルツもユリウスには三人で大丈夫だと言ったが、しかしバカ正直に真正面から戦うつもりは無い。のだが、それも回避できないか……。


「僕がいきます。二人はここで待機を」


 神影が静かに腰をあげると、シュヴァルツはすぐに頷いた。


「わかった。任せよう」

「御意に」


 間も無く神影の姿が消えた。リオトは首を回してシュヴァルツを見る。その表情は怪訝そうだ。


「一人で行かせてよかったのか?」

「問題無い。むしろ、目を凝らしてよく見ているといい」


 その言葉には案じる色も不安もまったく含まれておらず、見ていればわかる、と言っているようでもあった。

 人影に目線を戻したシュヴァルツに倣い、リオトもまた薄暗闇のなかに目を凝らす。




 ちょうど頭上に伸びていた木の枝に飛び上がった神影は枝から枝へと飛び移り、音もなく人影に近づいていく。

 上から見下ろしてみれば、やはりその人影は深淵より出るもの《アヴェイル・スレイズ》の一味だ。城が襲撃された際の目撃証言と服装が一致している。

 だがその男は間抜けにもこちらに気づいておらず、ただ周りを厳重に警戒するのみだ。暗殺集団、と聞けば、彼らは自分と同類と呼べるが、しかし四人とも揃いも揃ってこちらに気づく気配が微塵もないとは、片腹痛い。

 と、そう偉そうに言えるかといえば、こちらも大して優秀というわけではないのだが……。

 観察を止め、思考を止め、神影はただ集中する。男がこちらに背を向けた隙に狙いを定めて、倒れ込むように飛びかかる。

 むき出しの首に的確に手刀を入れれば、意識を奪われ紐が切れた人形のようにその場に崩れ落ちる男。


「っ! 何者だ!」


 倒れた音でやっとこちらに気づいたようだ。二人目の見張りが神影を捉え、手に構えた得物が月明かりに鈍い光を返す。ナイフだ。

 薄暗闇のなかでも、神影は見張りの動きを見切り、ナイフを持つ右腕を極めてねじ伏せ、みぞおちに膝蹴りを見舞うと、男は唾液とともに短い悲鳴を吐き出して気絶した。

 間髪入れずに三人目が襲いくる。さっきと同じように月明かりが鈍い光に変わるのが見えた。だが、今度はその光が長い。ナイフではなく剣だ。

 腰に差した小太刀を逆手に引き抜いて、迫る白刃を受け止める。相手はこちらを力づくて押さえようと、片手剣を両手で握っている。両の手が塞がっているなら、守るべき胴や頭部はガラ空きだ。

 側頭部に渾身の蹴りを入れてやると、脳震盪でも起こしたか相手は声を上げる間もなく白目を向いて倒れ込んだ。

 残りは一人。だが、動かした目線の先には、既にナイフの切っ先が迫っていた。防ぐにもかわすにも遅すぎる。

 せめてもの抵抗と賭けに左手に呪符を握り、術を起動する。

 しかしそれよりも速く、視界の端に黒が迫る。


「ぐあっ!?」


 寸でのところで切っ先が止まり、剣が引き寄せられるように地面に落ちた。次いでばたりと、目の前の男が倒れ込む。

 まだ何もしていないはずだが、ともかく助かったことを理解した神影は、まずは起動していた術を停止させ、それから改めて前を見る。

 やはり気を失っているらしい男の隣に立っていたのは、鞘に収めたままの刀を肩にかついだリオトだった。視線に気づいたリオトが神影を見る。


「無事か?」

「おかげさまで……」

「そらぁ何よりだ」


 まだ少し呆気にとられた様子の神影がなんとか返すと、リオトはニカッと笑った。彼は少し離れた場所にいたはずなのに、瞬く間に間合いを詰めて、一撃で沈めた。瞬時に急所を見定めて的確に打つなんて、誰にでもできることじゃない。

 皇女救出に駆り出されただけあって、旅人とはいえ、いや、旅人だからこそ彼はきっと只者ではないのだろう。


「無事で何よりだが、気づかれたようだぞ」


 そばに駆け寄ってくるなり険しい顔で辺りを見回すシュヴァルツの言葉に、途端に二人は身を翻し、お互いに背を向けて臨戦態勢をとる。


「追手だ! このまま囲んでしまえ!!」


 夜の森に険しい声がこだまし、瞬く間にこの場に集結した濃い紫の戦闘装束に身を包んだ男たちが三人を囲う。


「たった三人で乗り込んでくるとは、とんだ間抜け共だ」


 数いるうちの誰の口が言ったかまではわからなかったが、嘲るその声は早くも完全に三人を格下と見定めている。余裕を見せ続ける相手方は残り十人ほど。


「暗殺集団のくせに数の力に頼るのか。随分情けねぇ連中だな」


 リオトが鼻で笑うと、途端に男たちは一斉に口を閉ざし、纏う雰囲気が、空気が、周囲を満たす夜風に負けず劣らず冷たくなり、そして鋭くなる。


「小僧、そんなに死にてぇか……」

「やれるもんならやってみな」


 一歩前へ出た男の睨視にリオトが目を細めて挑発で返す。上等だと、男が武器を、ナイフを取り出したのを合図に、他の男たちも各々の武器を構える。

 と同時に、神影が不意に勢いよく右腕を振り上げ、頭上に黄色の呪符を投げる。


神将しんしょう式符しきふ迅雷じんらい!」


 神影が素早い動きで手指を二、三度組み合わせると頭上に浮遊したままの呪符が光り、それを中心にチリチリと火花を散らす稲妻がいくつも放たれ、周りを取り囲む男たちをなぎ倒す。


「はあっ!」


 彼らが驚き体勢が崩れた隙に、シュヴァルツが腰の剣を振り抜き、目の前にいた二人を切り倒した。


「この場は引き受ける。先に行け」

「んじゃあ任せた!」

「えっ!?」


 剣を構えたシュヴァルツが肩越しに言うと、リオトは躊躇なく頷いてさっさと森の奥へ駆けていく。多勢相手に彼一人を置いては行けないと考えていた神影とは裏腹に無慈悲なほどあっさりとしたリオトの決断に、神影は思わず目を丸くしどうするべきかと二人の背中を交互に見る。


「神影、お前もだ。あの者と、アリウェシア様を頼む。こいつらを片付けたらすぐに合流する」

「は、はい! ご武運を!」


 リオトの後を追って、神影も奥へと駆けていく。そのあとを追おうとした装束の男たちの一人をすかさず切り捨て、シュヴァルツは男たちに切っ先をむける。


「さて、」


 今宵は月夜とはいえ、深く茂った森の中での戦闘は動きづらい。だがいつまでもこんなところで三人一緒にもたついていたら、夜が明けるのが先か、ルミドリフが逃げ遂せるのが先かという話になる。


「馬鹿だなァアンタ! この数を一人で相手しようってのか!」

「これでも隊を一つ率いている身だ。見縊みくびってもらっては困るな」


 じりじりと周りを囲う男たちの軽口に返して、シュヴァルツは剣を構える。

 誰かが地を蹴り、誰かが腕を振り上げ、誰かが飛びかかる。


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