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正直に言えば、少し驚いている。
クロルバルトの森に向かう道中、急ぐために軍の厩舎より借り出した馬を操りながらシュヴァルツがぽつりとそうこぼした。
二頭借りて一人ずつ馬に乗るはずが、なぜか頑なに同乗すると言って聞かなかったリオトはシュヴァルツの後ろで主語を示すよう求める。
月明かりを頼りに進む草原に軽やかな馬の蹄の音が響いていた。
「お前なら、武器や荷物を取り返したところであの場から逃げることも出来たのではないかと思ってな」
面倒な騒動に巻き込まれていると言って、間違いはあるまい。ましてや攫われたのは一国の姫ではあれど、リオトに彼女を守る義務は無く、懇意にしていた友人とも言えず、ただちょっと通りすがりに助けてやって、二三言葉を交わしただけの、言ってしまえば全くの赤の他人で、見捨てることだってできたはずだ。
にもかかわらず、リオトは危険を承知で彼女を助けると決めた。いくら濡れ衣を着せられたからといって簡単に出来る判断ではあるまい。
「バカ言うなよ。んなことしたって濡れ衣着せられたまんまだ。犯罪者になった弟子と再会して喜ぶ師匠がどこにいる。それじゃ師匠を見つけたときに一発ぶん殴るどころか、こっちが殺されちまうってんだよ」
「師? ではお前は師を探して旅をしているのか?」
「ああ。三年前に姿を消した恩師を探してる。帝都みたいな大きな街に行けば、手がかりの一つでも見つけられるかと思い来てみれば、なーんでこんなことになったんかねぇ……」
これでも真っ当に生きてきたつもりだったのだが。
シュヴァルツの肩口から垂れているマントを掴んでバランスを保ちながら、リオトは腕を組み首を傾げる。
「とにかく濡れ衣でもなんでも、犯罪者にだけはならない。弟子として、あの人の顔と名に泥を塗るわけにいかないし、それになんといっても女性がさらわれたんだ。どのみち放っておけないよ」
女性は守るべき存在であり、そして優しく丁寧に接しなければならない。とは敬愛する恩師の言葉だ。
女性にだらしがないというよりは、ただ女性と子供と、老人には優しく。不埒者と弟子には容赦なくがモットーであった師の影響か、その行動理念は弟子であるリオトにも受け継がれている。
濡れ衣の件を差し引いてもか弱い婦女が悪漢に攫われたとあっては、黙っているわけにもいくまい。
「ところで、連中はなんでまたよりによって皇女殿下なんてやんごとないヤツを攫ったんだ?皇帝ならまだしもアリウェシアを攫って何になる?」
今回の騒動、一番気になるのはソコだ。
彼女は見たところ典型的な箱入り娘で世間知らずのお嬢様だ。彼女の利用価値はせいぜい人質にして皇帝を、もしくは帝国を脅すぐらいのものだろう。
わざわざ傭兵団を雇うだなんて大掛かりなことをしてまで攫う価値が、あの少女にあるというのか。
「……思い当たることはあるが、もしも本当にそれが理由であったなら、悪いが俺の口からは話せない」
申し訳なさそうなシュヴァルツの返答だが、リオトにしてみれば彼女には秘密があるのだと肯定されたようなものだ。
気にならないわけではないが、彼は話せないというのだからこれ以上聞いても無駄だろう。
「そうか。まあいいや。じゃあどうやって城に忍び込んだんだ? それも白昼堂々だろ?」
「それもルミドリフ議員の手引きだ」
皇帝の居城、城の地下には、有事の際の避難経路として抜け道が街の外へと伸びている。それを知っていたルミドリフが傭兵団に教えたのだろう。そしてその抜け道の先にある隠れ家の所在こそが、クロルバルトである。外からでは容易に近づけない点を利用したのだろう。
計画実行を夜まで待たなかったのはアリウェシアが脱走したことにより城の警備が厳重化する可能性に焦ったのだろうと考えている。
「くわえて、ご丁寧に抜け道の扉が奴らによって壊されてしまっていて、今は通れない」
「へぇ。中々抜け目が無くて感心感心。皇族のお嬢を攫うぐらいだ。それぐらい出来ないとな」
リオトが上から目線にうんうんと首を振る。
この期に及んで怖じ気付く気配が微塵もないとは、頼もしい限りだ。シュヴァルツは小さく笑って手綱を握り直した。
「時間が惜しい。飛ばすぞ」
「りょーかい」
空気抵抗を減らすためか、二人を乗せた馬が頭を僅かに下に傾け、速度を上げた。