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***


 最悪の展開だ。

 いや、わかっている。あんなことを、城を飛び出すなんて突拍子もないことをした自分が悪いのだ。

 でも、それにしたって、悪漢から助けてくれた彼をこともあろうに誘拐犯だなんて!

 最初に彼に助けられたあのとき、咄嗟に逃げるより彼の背中に隠れてしまったのもいけなかった。助けられたことに安堵し、縋り付くように彼にひっついていったせいでこんなことに巻き込んでしまったのだ。

 拘束された彼と一緒に城に連れ戻され、数時間前に飛び出した自室に押し込まれた今、普段なら部屋にまで入ってこないはずの侍女が一人、室内の扉脇に控えている。着替えを手伝うという申し出を結構ですと跳ね除けると、何も言わずにそこへ立った。

 また飛び出してしまわないようにという見張りのつもりなのだろう。今すぐに城の地下牢へ走ってリオトを救出してやりたいが、これでは出られない。

 頼みの綱は皇帝陛下だ。自分が無事に連れ戻されたと報告を受けた彼は今、執務を終えてこちらに向かっているという。罰として監禁でもなんでもしたいならすればいい。なによりもまずはリオトの身の安全が第一だ。

 皇女誘拐の罪で斬首刑、なんてことにだけはならぬよう、何がなんでも陛下を説得するのだ。

 さきほどの膝下丈のワンピースではなく、普段どおりのバカみたいに豪華で重くてキラキラしたドレスに着替えたアリアは、城下を一望出来る窓辺で、どうか無事であるようにと、ただリオトの身を案じていた。

 不意に扉の向こうからノックが響いて、静寂を打ち破る。

 振り返ると、訪問者はアリアの許可も待たず既に室内へ足を踏み入れていた。


「失礼致します。姫様」

「……なんの御用でしょう。ルミドリフ議員」


 思わず体と声が強ばったのは、その訪問者があまりいい噂を耳にしない人物だったからだ。

 まるでドレスやスカートのように長いローブを引きずりながら歩くその背の低い男はずかずかと部屋の中央まで歩いてくる。およそ五十を過ぎたぐらいの、ほっそりした神経質そうな顔にシワが目立ち始めた白髪混じりの茶髪の初老の男。目は愛想よく細められているものの、その笑みが本心からきているものでないことはアリアにも分かっていた。

 現在八名が名を連ねる元老院のなかでも、彼は気性が荒く、どんなに些細であろうともミスをした召使いの首をその場ではねろと騒いだり、国が財政難になれば税を極端に上げようとするなど度々無理のある意見や過激な発言が目立つプライドの高い人物という話で有名だ。


「無事にお戻りになられたと報せを聞いたものですから、ぜひお元気なお姿を拝見いたしたく参りました」


 ご無事でなによりでございます、とルミドリフは恭しく頭を下げる。アリアも同じようにお辞儀をしながら、


「私の身勝手な行動のせいで余計な心労をおかけしましたこと、まことに申し訳ありません。危ない目にも遭いましたが、城下で出会った旅の方のおかげでこうして無事に戻ることが出来ました」


 するとルミドリフは器用に片方の眉を釣り上げて言う。


「旅の方、というと、一緒に捕らえてさきほど地下牢に放り込まれたという者のことですかな……? なんでも歳は姫様と変わらぬほどの、しかし乞食のような汚らしい子供だったとか」

「例え当人がこの場にいなかったとしても、仮にも私を助けた恩人に無礼な物言いは許しませんよ」


 顔を上げながら、まるでけしかけるような口調で問いかけてくる彼をキッと睨むと、わざとらしくこれは失礼いたしましたと会釈のように軽く頭を下げるが、どういうつもりかその口元はニヤついている。


「わざわざ御足労いただき、ありがとうございました。もうじき陛下がお見えになります。下がってください」


 もう話すことはないと、アリアは彼に背を向けて無理やり会話を断ち切り、もう何年も前から見飽きた窓の外に目をやる。


「いやあ、本当に、ご無事で安心致しました」


 背後で声高々に、世辞の言葉が繰り返される。

 すると、開け放されたままの扉の向こうの廊下から城内の見回りを任されている衛兵の声が響いてきた。


「な、何者だ貴様ら!? ───ぐああっ!!?」


 肉を貫いたような生々しい音がして、アリウェシアは振り返る。ちょうど体から血を噴き出しながら衛兵がその場に崩れ落ちるのが見えて、咄嗟に両手で口を覆う。溢れだした血が周りを侵食するように広がって血の海を作り、扉の脇に控えていた侍女が悲鳴をあげる。

 咄嗟にルミドリフを見ると、彼は柔和な笑顔で佇んだままだった。その背後では、濃い紫で統一された服装に身を包んだ見覚えの無い男たちが数人、扉をくぐって部屋の中へ入ってくる。


「大事な供物に傷がついては、困りますからなぁ」


 アリアが息を呑む。この男は、どこであの話を……。

 ずかずかと室内に踏み入る男たちはどう見ても軍の兵達ではない。とすると、さしずめルミドリフが金で雇った傭兵たちというところか。

 男たちは助けを呼ばれぬよう、怯える侍女の首に手馴れた様子で手刀をいれて意識を奪うと、ルミドリフを追い越してアリアを囲う。外の衛兵たちは全員倒されてしまったのか、駆けつけてくる様子は無い。

 逃げ場はない。袋の鼠となったアリアを嘲笑うように、ルミドリフはさきほどまでの柔和な笑顔とは打って変わって、口端を釣り上げて愉快そうに笑っていた。


「この娘を捕らえよ」

「なにを……!? ───うっ!」


 首に鈍い痛みがして、その衝撃が全身を侵す。すぐに体から感覚が消え、脳震盪を起こしたように頭の中が揺れているような錯覚がする。立っていることもままならず、ドサリとその場に倒れ込んだ。やがて意識が薄れ、視界が歪みぼやけていく。


「丁重に扱うようにな」


 そう言い残して、ルミドリフらしき人物が遠ざかっていく。

 立とうにも体に力が入らない。助けてという声も出ない。


───リ、オト……さん……。


 牢に囚われている彼がこの場に駆けつけることはない。それでも、アリウェシアの脳裏には、あの旅人の姿が浮かぶ。


 アリアの意識は、そこで途切れた。



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