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「あ! リオトさん!」

「ぐふうっ!?」


 シュヴァルツに連れられてユリウスの執務室に入ると、まず熱い抱擁を受け、体が再び廊下に押し出される。

 このかわいらしい色合いの頭はアリアだ。ここにいるとは思わなかったので二重の意味で不意打ちである。

 猫が甘えるように体をすり寄せてくるアリアの頭を撫でていると、シュヴァルツが中に入って扉を閉めてくれと言う。

 素直に従って扉を閉めると、今度は、相変わらずふにゃりと締まらない表情をしたユリウスがこっちに来てもらえるかな、と自身が座るデスクの前を示す。

 アリアを体から離し、リオトは室内の中央にあるソファーとローテーブルを避け、ゆっくりと部屋の奥へ歩いていく。

 引き離されたアリアは名残惜しそうにしていたが、仕方が無いのでユリウスのデスクの脇に控えるシュヴァルツや神影の隣に並んだ。


「さて、説明しなければならないことが色々あるが、まずは感謝を。僕たちからの条件を受け入れ、メルヴィル少将や神影とともに見事ルミドリフの企みを打ち破り、アリウェシア様を救出してくれて、本当にありがとう。皇帝陛下も深く感謝していたよ」


 見ているこちらの力が抜けてしまいそうになるほどの緩い笑みが向けられる。

 つっこみたいところはいくつかあるが、現状では口を挟んでも仕方あるまいとリオトは黙ったまま彼の言葉を待つ。


「それから、悪いけれど皇女殿下の能力については他言無用でお願いするよ。これを知っているのは皇帝と元老院、それから僕やメルヴィル少将をはじめとする極一部の人間だけだから」


 皇帝や元老院が知っているのは納得だが、なぜ彼らがそんな秘密を知っているのか。不思議に思っていると、顔に出ていたのかユリウスは、


「僕達が知っているのが不思議かい? 実は、僕は皇帝陛下とは小さい時からの付き合いでね。ちなみに、メルヴィル少将に教えたのは僕だよ。暗い企みがそこかしこで渦巻く軍内部で信用のおける数少ない人材だからね」

「私は話に聞くばかりで実際に目にしたことはありませんが、ともかくお言葉、恐縮であります」


 淀みない動作で生真面目に頭を下げるシュヴァルツを見たユリウスは、ね?と笑う。

 あの生真面目さを、ユリウスは気に入っているらしい。


「あとは君の処遇についてだが、ひとまずは安心してほしい。結論から言えば、君はなんの罪にも問われない。九割方無罪放免だ。そう、九割方はね」


 ルミドリフが神器の鏡を盗んだなんで誰もが予想だにしない出来事だった。しかも、はてにその鏡がまさか壊されてしまうなんて、予想の斜め上どころの話じゃない。

 傍から見ればリオトに罪は無いが、知らなかったとはいえ一国の秘宝を壊した事実はあまりにも大きい。姫を助けた代わりなどと割り切ることは出来ないほどに。


「陛下は今朝姫が脱走したことですっかり反省しきりでね。君を許してもいいという意向を示しているが、元老院は頑固でね」


 困ったものだよ……と、ユリウスは肩をすくめる。


「そういやルミドリフとやらは、結局アリアを攫って国宝持ち出して何がしたかったんだ?」


 理由を聞く前にのしてしまったのでリオト自身はまだ彼の企みを聞いていなかった。怪訝な顔で問いかけると、彼の目線が下に傾く。

 話すか話さないかを思案しているようだった。


「君たちがルミドリフを抑えているあいだに、僕は兵を駆り出して彼の屋敷内の捜索に当たっていた。そして彼の書斎らしき部屋には精霊についての本や、書類が散乱していたよ。中でも彼がここのところご執心していたのは、大精霊ラプラスについてだった」


 ある一説によると次元の狭間に存在し、過去、現在、未来の全てを知り尽くし、全知全能を司るとされるが、実態はほとんど謎に包まれているといわれる精霊のおさ、基本的な四大属性にくわえ、氷やいかづちをはじめとする四方属性における高位の精霊たちをも凌ぐ、最高位の自然思念体。それが、大精霊ラプラスである。


「また、散乱していた書類のうちある人物の論文では、アリウェシア様が持つ稀有な力、人を癒すの治癒術の力というのは、大精霊ラプラスに起因する力だとも言われていてね。アリウェシア様の証言では、彼はその大精霊ラプラスを召喚し、契約するための対価として彼女を差し出す気だったとか」


 大精霊に起因する力をもつアリアと術の力を増幅させるという神器の鏡を鍵に、彼を呼び出す気だった、と仮定するのが自然だろう。仮に契約が成功したとして、ルミドリフが何をする気だったのかについては調べを進める必要があるが。


「とりあえず彼には元老院と伯爵の地位を剥奪したのち、念の為余罪などを調べて正しく罰を受けてもらう予定だよ。しかし、同じ元老院議員がしでかした粗相を君に片付けてもらったというのにそれも棚に上げて、このまま君を釈放することは出来ないとゴネていて……」


 皇帝が認めても元老院が首を縦に振らないのでは話を可決とすることは出来ない。どうしたものかと半ば途方に暮れかけていたが、シュヴァルツが出したある提案によって、話は思わぬ方向へ転がっていく。


「その提案とは、しばらくの間、君に軍属としてここで働いてもらうというものだ。もちろん給与は出すよ。ちょっと少なめになるけど」


 横目になぜかアリアが嬉しそうに笑うのが見えた。

 いやちょっと待て。


「アホか! オレが言うことじゃねぇけど国宝だぞ!? 神器だぞ!? 給与からちょっと引かれたぐらいで弁償にもならねぇだろうが! つーかそもそも弁償できるようなもんじゃないだろ!!」


 いよいよつっこまずにはいられなくなり、リオトはバンとデスクに両手で叩きつけて抗議する。何も安心できない。焦るリオトに対し、フェイオンドは緩い笑みを崩さない。


「今回の騒動を鎮めたことで元老院は君の腕前()認めていてね。そうしてくれるなら一応斬首刑は見送るって約束してくれたよ。これが僕たちにできる最善の策だ。確かに君は納得できないかもしれないが、今は聞きわけてほしい」


 彼の言うとおりであることはわかる。彼らのおかげで、リオトは目の前にあった横暴な死刑を回避し、条件付きだが当分の間の安全を保証してくれた。

 けれど、旅の目的を遂行するには、その条件は重い枷でしかない。


「リオト、勝手な提案をして悪かったと思っている。だが、お前が理不尽な死を避けるには、もうそれしかないとも考えたんだ。無論このあとも、私とフェイオンド大佐、そして皇帝陛下で元老院への説得を続けていくつもりだ。しばしの間、私たちに時間をくれないか」


 シュヴァルツが隣に歩み寄り、この通りだと軽くだが頭を下げた。

 急に悪いことをしているような気分になってきて、居心地の悪さに後退るリオトを見たフェイオンドはなにが楽しいのかふにゃりと笑う。

 それが気に入らなくて睨んでやったが、彼は意に介さない。


「……わかった。その提案、受け入れた。でも、ならオレからもいくつか聞いてほしいことがある」


 神影とアリアが安心したように胸をなでおろし、顔を見合わせて笑いあう。

 観念し、まいったようにリオトは乱雑に頭を掻くと、シュヴァルツは顔をあげ、ユリウスはなにかな、と言葉を待つ。


「まず、オレに仕事の話を持ってくるのはアンタかシヴァからにしてほしい。今さら知らない人間を上司に据えられるのは面倒だ。ここまでの事情を全部知ってる二人の方がオレもまだ素直に従う気になるし、話をしやすい」

「確かに、納得できる話だね。わかった。そう話をしておくよ」


 ユリウスとシュヴァルツが顔を見合わせて頷いたところで、リオトは再び口を開く。


「二つ目。オレは元々、人探しのために旅をしていた。だからオレに振る仕事はできるだけ外に出られるものにしてくれ。外に出られるなら、とりあえず近場か遠方かは問わない。軍属になったって、人探しを止めるつもりは無い」


 最後に三つ目。


「この人探しを、お前たちにも協力してもらいたい。といっても、オレから聞いた風貌に似た奴が通った、もしくは見かけたっていう情報をすぐにオレに知らせてくれるだけでいい。以上の三つだ。それほど無茶ぶりをしたつもりも無いけど、聞いてもらえるかね?」


 ユリウスかシュヴァルツの指揮下に入り、外回りの仕事を優先的に回し、人探しを手伝うこと。

 その程度なら元老院もとやかく言うまい。


「うん。どれも問題は無さそうだ。そのように話を進めて、世界各地にいる兵たちにも話を伝えておこう。では、これからよろくね。リオトくん」


 デスクから腰を上げ、右手を差し出される。

 たった一日で目まぐるしいぐらいに立て続けに騒ぎに見舞われ、最終的にはとんでもないところに着地してしまった気がするのはきっと気のせいではないだろう。

 だが今のリオトに、この手を取る以外の選択肢は無い。


「こちらこそ、よろしく。フェイオンド大佐」


 ルミドリフたちを張り倒して牢に戻されたのは明け方の話なので、おそらく今はまだ朝と呼べる時間帯のはずだ。

 まったく。とんだ一日の始まり方である。






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