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恋愛もの短編

恋人が猫系なのでつらいけど可愛いから許す

 


 ありきたりな喩えだが、私の恋人を喩えて言うならば、『猫』だ。



 私は、可愛い彼女の家に来ているにも関わらず、ひとのふかふかのソファに身を沈めて眠りこける彼をじっとりと見つめる。


 こんな状況は最早日常だ。


 寝顔が無駄に可愛いのにもむかむかする。



 このマイペースな恋人の名は速峯幸哉。やる気のなさげな眼差しや雰囲気、ひょろりとした身体がチャームポイントな優男だ。

 無駄に、本当に無駄に顔がいいせいで、こんなにも自由な性格なのに、コレはモテる。


 色々なことに頓着しない性質なため、女の子からべたべたされようが気にしないし、衒いなく触ったりもする。女好きというわけではなく、距離感というものを特に気にしていないだけだ。こういう飄々としたつかみ所のない雰囲気や、気負わず接する態度にやられる女の子は多い。


 私がどんなにやきもきしているかも知らないで。


 なんとなく苛ついてきた私は、すやすやと気持ち良さげに眠る男の頬を思いきりつまんだ。


 むに、と伸ばすと、遠くの所へ行っていた彼の意識がぼんやり戻ってきたらしい。

 薄く開いていく瞼を眺める。



「んー……なに……」

「『なに』じゃなくて。ひとのソファで寝ないで。占領しないで」

「えー……」

「『えー』じゃない!ほら、さっさと起きる!」

「……んんー……うるさいな……」


 うっとおしげに眉をしかめ、寝返りを打つ男。


 私はうるさいと言われて若干傷ついた。


「ねー、もう幸哉ぇー!寝ないでってば」


 結局、しがみつく私を物ともせず、幸哉は帰る時間ぎりぎりまでたっぷり惰眠を貪りやがったのだった。




 私の方が気持ちが大きいということは分かっている。

 そもそも告白だって私からしたのだし。

 それに、私はお世辞にも良い恋人とは言えない。

 中性的な整った顔立ちで、大抵のことは器用にこなせる彼は前述したように女性に好かれやすい。

 対して、彼以前に恋人ひとりいたことのない私には、うまく甘えるだとか気を利かせるだとか、およそ恋人として必要な技能が足りていない。

 だから、多少、少し、そこそこ、だいぶ……彼からの愛情が足りていなくたって、仕方ないのだ。かなしいけれど。




 それに、彼は気まぐれなので、甘い時はとことん甘い。


「……幸哉、あついよ」

「たしかにあつい」

「はなしてってば」

「はいはい」


 私の文句を聞き流し、ぎゅう、と後ろから抱きしめてくれる幸哉のことを思い出し、私は頬を緩めた。





「こーすけぇ……」

「んー……」


 寝ぼけたままやる気のないぞんざいな態度で頭を撫でられて、ちょっと喜んでしまう私は、我ながらちょろかった。










 

―――――――――――――――――――――――――――――









 ありがちな言葉で表すなら、俺の恋人は俗に言う、『猫系』だとか、『小悪魔』だとか評されるタイプだ。



 俺は、愛する彼氏であるはずの自分を放ってスマホゲームに夢中な彼女を恨めしげに見ていた。


 こんな状態は既に茶飯事だ。


 勝ったのか、嬉しそうに可愛く笑う横顔が癪に触る。



 この我が道を往く恋人はその名を沢根小雨という。丸くつった猫目に奔放で自由な態度、バランスの良いモデル体型が特長の美少女だ。

 余計に、本当に余計なことなのだが、その掴みきれない雰囲気と目を惹く容姿のせいで、これがモテること。


 無意識に男を色々な意味で煽る言動を繰り返しては、可哀想な男たちを次々と生み出すその魔性。わざとというわけでもなく、完全に天然だというのだから末恐ろしい。


 俺がどれだけ心配しているのかも知らないで。


 呑気にゲームに夢中になっている彼女から目を逸らし、俺は就寝を決め込んだ。


 スマホゲームに妬いた俺は、甘美な眠りの誘惑に、浮気することにしたのだ。

 何回かに一回は彼女の方からすり寄って来てくれることもあるし。


「かまって」オーラ全開で俺を起こそうとする彼女はとても可愛い。まぁ本当に眠い時はそのまま寝るけど。


「……」

「……」


 残念ながら、俺と彼女のタイミングは合うことが少ない。

 起こして欲しい時に限って、彼女は完全にスマホゲームに心を奪われているのだった。



 俺の方が気持ちが重いことくらいは、理解している。

 どう口説こうか考えながら会話していた時に突然告白されたことには驚いたが、それ以降は基本的に素っ気ない。俺が触りたがるたびに文句を言われるし、スキンシップはあまり好きではないのかもしれない。気にせず触りたい時に触るけど。

 そもそも、俺はお世辞にも良い恋人とは言えない。

 その小悪魔的魅力で心掴まれた男は数知れず、気の強そうなその瞳がふっと優しく笑った時の破壊力と言ったら、半端なものではない。

 それに対して、何事にもやる気を見せず、無為に漂って生きることが平常運転の俺では、小雨をむっとさせてばかりだ。


 だから、まあ、俺が少しばかり……いや、かなり、雑に扱われたところで、仕方のないことなのだ。悔しいけれど。



 それに、彼女は小悪魔なので、甘い時はとことん甘い。



 こんこん、と軽い音に顔を向けると、喫茶店のガラス越しに彼女が笑っていた。


 小雨は悪戯っぽく笑うと、口を動かした。


『こ・う・す・け』


『なに?』


『す・き』


 上機嫌に去った彼女の後には、机に撃沈された俺がいたことは言うまでもなかった。




「!お、起きてたの?」

「別に寝てない」

「苦しいんだけど……」


 いつの間にか、横になる俺の腹の上に頭を乗せスマホをいじっている彼女。その完全に気を許した態度に、あっさり睡眠への浮気を中止して彼女を抱きしめる俺は、我ながらちょろかった。





お互いに人のことは言えない

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