贈答ホワイトデイ
「失恋バレンタイン」の後日談です。これ単体でも大丈夫だと思いますが、先に「失恋バレンタイン」に目を通していただけると分かりやすいと思います。というより作者が喜びます。
失恋バレンタインの幼馴染視点
「うまかった」
本当はもっと気の利いたことを言うつもりだったけど、上手く言葉出来なくて、あと今更格好つけても、といった照れがあってそっぽを向いてしまう。こんな対応なら俺の気遣いや照れ隠しはコイツには分かってしまうのだろう。
「ありがと」
苦い思いを経てふさぎ込んだ広美がふにゃっと笑ってそう言った。その笑顔に、見慣れたはずの笑顔にうっかり見とれた。同時に笑顔が戻ったと安心して、よかったと思った声がぽろりとこぼれた。
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三月、バレンタインの騒動があってしばらく経ってから俺、古田宗市は悩んでいた。それはクラスの悪友から言われたある言葉が原因だ。
「なんだかんだあったけどさ。お前はバレンタインのチョコを貰ったことになるんだろ?」
「……は?」
「じゃあお返ししないとなぁ。ほら世間ではホワイトデイっていうぴったりの日があるだろ?」
「お前な……」
「まあまあ、心の準備だけでもしとけよっと、そろそろ次の授業だ。じゃーな」
言いたいことだけ言ってさっさと席に戻ってしまった悪友はどうでもいいんだが問題は幼馴染の七瀬広美がどう思うかである。
悪友が言った通りバレンタインには本当に色々あった。俺にではなく俺の幼馴染、広美にだ。
バレンタイン以前には広美には付き合っている男がいた。鎌野瀬尾という奴だが、こいつは最低男だって俺は思っている。広美が無理をして話を合わせているのに雑に扱って平然と傷つけた。その上で浮気してよりによってバレンタインのチョコを差し出した広美に対して別れを告げたらしい。
その上で教室に残ったチョコを男が見てない間に女の方がさらに広美を追い詰めたようだ。俺がそこに向かったのは本当に偶然だ。忘れ物をして教室に戻ったところ、話し声というには一方的な宣言、その後にさっと出てくる余裕のなさそうな広美。声を掛けることもできずに見送るしかなかった。何があったのかと教室を覗くとゴミ箱に何か投げ込む女。隠れてやり過ごしゴミ箱を調べれば広美らしいシンプルな小袋と彼女の文字で書かれたシンプルなメッセージがあった。
その後、袋を回収して家に帰った。ゴミにされていた袋を綺麗にして、これをどうしたものかと思った。外は雨が降っていた。そんな中広美が濡れながら帰っていったらしく、数日後に風邪を引いた。その見舞いに行ったことはよく覚えている。
気持ちの込めたチョコは無駄になってない。それと義理チョコとして無くなってしまったから本命なんてなかった。あったのは例年通り幼馴染に渡す義理チョコだ。そんな風に気の利いたことを言うつもりだったのに、口下手な俺はうまく喋れず上手かったとしか言えなかった。
……結果として広美がいつも通りに笑ってくれたから良かった。
こうして思い出してもアイツにとって悲しいバレンタインだったと思う。
俺があの時教室の前を通りかからなかったら、あの女が去ったあと広美の思いが詰まっただろうチョコを見つけられなかったら、もっと大きな傷になっていただろう。そう思うとやるせない気持ちになる。
同時にアイツの思いを踏みにじり傷つけたあの女と男にはらわたが煮えくり返るような怒りを感じる。しかし、今更俺が突っかかっていっても何にもならない。アイツが喜ぶわけでもなければ俺もどちらかと言えば関わりたくないという思いの方が強い。
あの男と広美が付き合っていたころはアイツが全く素の笑顔を見せなくなっていたからはっきり言うと心配していた。だがその広美から勘違いされないようにとしばらく接触を避けられていたので俺には何もできなかった。その結果があのバレンタインなのだから今ではフリーになったことを言い分にして何度か様子を見に行っている。
要はあんな奴らのことを考えるより広美の方が心配であるという事なのだ。
……それだけじゃないかもしれない。あの時見た広美の素の笑顔に見とれてしまったという事は、今までは気が付かなかっただけで俺は彼女の事を意識しているのかもしれない。
それでも、今は広美にそんな話題を出すべきではないだろう。失恋直後と言っても過言ではない時期だ。
だからこそあの悪友はホワイトデイをどうするかと遠回しに聞いて来たのかもしれない。あるいは覚悟をさせるため? さすがに考えすぎか。
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それから、学校に行ったり、学校帰りにすぐそばにある広美の家まで一緒に帰ったりと何事もない日々を過ごしていた。だが冬の寒さがいまだに厳しいある日とんでもない話が悪友から与えられた。
「本当か!?」
「おう、信じられないだろうからもう一回復唱してやるよ。あの鎌野が七瀬さんとよりを戻したがってるらしいぞ」
何がそんなにおかしいのか悪友はニヤニヤしながらそう告げてきた。何も言えないでいる俺を尻目に悪友はなおも語り続ける。
「まあ、あの女と今どうなってるかは知らねーけどな。七瀬さんキレーで今フリーだしちょうどあつらえた様にホワイトデイって日も控えてるわけだ。結構信憑性は高いぞ?」
「……何が言いたい?」
「別に? ただ取り返しがつかなくなる前にちゃんとお返ししとけよってことだ。良くも悪くも乗り越えるべきことなのかもな?」
「……テメー、楽しんでないか」
「お前の葛藤は最高に楽しい」
「そうかよ」
「まあ、そんなお前の回答も楽しみにしてるんだぜ? じゃーな」
我ながら最悪の悪友だと思いながら、それでも最後の一言で悪い奴ではないと分かる。だからこそつるんでいるのだ。
さて、そんな悪友の事はどうでもいい。問題はすぐそこに迫ったホワイトデイである。
今の広美は表面上いつも通りだ。ただあんなバレンタインがあってまだ三週間くらいだ。引きずっているだろう。歩きながらでも明らかにぼぉーっとするときがあって目が離せないような状態なのだ。間違いない。広美の感情の隠し方は幼い頃から何も変わってない。
それに、あれから素の笑顔を一度も見せてないのだ。間違いなく引きずっている。
引きずっていると分かっている広美にお返しをして、俺が抱えている広美へのはっきりしない感情に回答を出して、それを伝える。悪友の言葉を借りるわけではないが、確かに試練だ、それも極悪難易度の。
それでも、ここで後回しにすれば本当に取り返しがつかなくなる。例えば本当に広美と鎌野が復縁したら? 俺にはもうどうしようもないだろう。
それに、この過程がもし現実になれば? そう思うだけでどうでもいいと思っていたやつを殺してやりたくなるほどに憎く感じる。これはきっとそういう事なのだろう。
俺は、幼馴染の広美の事が、好きなんだ。
自分の気持ちにようやく素直に慣れた気がした。そもそも広美には格好つけてもむだである。幼馴染がいまさら取り繕っても滑稽なだけだろう。そうと決まれば、彼女にどう伝えるかだ。
冬の寒さはまだ厳しいが俺の心が答えを喜ぶようにポカポカしている気がした。空を見上げると馬鹿みたいに青く見えた。
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そう決めて家に帰ってホワイトデイの日が日曜休みだった時のガックリ感はものすごかったけど、逆に考えれば運が良かったのかもしれない。俺は家が近いからそのまま日曜に渡せる。そう考えてホワイトデイ直前の金曜日。俺は広美と家路についていた。
「ねえ? 宗市、最近様子がおかしいよね。何かあるの?」
日曜に待ち合わせをするつもりだったのだが既に俺の危機である。俺が広美の様子がおかしいと分かるように広美も俺の様子がおかしいと分かるようだ。幼馴染だからこその問題だ。
「そんなことない。と言っても無駄だよな」
「そりゃあね。明らかにおかしいし」
「広美が心配だったんだよ」
「は?」
こうなったら素直に言うしかないだろう。幼馴染相手に格好つけても無駄、はっきりわかる。この発言が照れをある程度含んでいることも広美には分かるだろうから。
「バレンタイン、から少し心ここにあらずでぼぉーとするときがあっただろ。それでな」
「……隠せないのね」
「幼馴染だからな。お互い様だ」
あのことがあってから広美にバレンタインのことを言うのはこれが初めてで、少し不安だったがそこまで過剰な反応はなかった。内心でほっとしている。ならもう、もったいぶる必要はないだろう。
「それで、日曜にな。お返しを……な」
「ああ、私なら大丈夫よ」
バレンタインのショックは思ったよりなくて受け取ってもらえるらしい。だが、それだけじゃない。新たに芽生えたこの思いを伝えなければきっと後悔する。直観にも似た気持ちで慣れない言葉を紡ぐ。
「それだけじゃなくてな。どうやら俺は広美の事が好きになったらしい。お見舞いに行ってから素の笑顔を全く見ていない。それを寂しく感じるほどには惹かれていたみたいだ」
「今日、珍しく饒舌だと思ったら……いいよ」
「いいのか」
「私も鈍感だったみたいでね。瀬尾君といる時もずっと宗市とだったらって考えてたの。無自覚にね」
私も最低だなぁ。なんて呟く広美に俺は声をかける。
「……よかった」
「うん。私もバカだった」
「それは俺もだから、大丈夫」
言葉は少なくてもお互いきっと言いたいことが分かる。そんな心地よい関係に喜びを感じて、日曜に会う約束を果たしたのだった。
なお、後日キャラメルとキャンディをお返しとして渡すことが出来た。本当に間に合ってよかった。
バレンタインと合わせるために『ー』より『イ』にしました