第79話:夜会
「あ、あ、あのっ、あのっ!!!」
麗奈は自分を抱き抱え、移動するギルティスに大声を上げる。呼ばれた側は「はい?」と言えば、出てくるのは疑問だがなかなか言葉が出てこない。いざ面と向かい、何を言えば……でも、疑問が……と言うのが表情に出ていたのだろう、ギルティスがその疑問に答えた。
「ご安心して下さい。ゆき様も別室で同じようにさせていただいています」
「えっ、ゆきも……?」
「だからご安心を」
「あ、の、ギルティスさん!!!」
「何でしょう?」
先にギルティスが答えたからか、ゆきが別室でいると分かったからか少し安心した麗奈は頑張って新たな疑問を口にした。
突然連れて来られた内装が煌びやかな部屋。場違いな雰囲気に、何が起こるか分からないと、ガタガタと体を震わす麗奈は思い切ってギルティスに聞いてみた。
「い、今から………何をさせるんですか?」
「ドーネル王子からお礼の意味も込めまして、こちらからささやかな夜会をさせていただきます」
「……………夜会?」
「はい、夜会です」
「……………」
え、と固まる。
思考が真っ白になった麗奈にギルティスは気付いているのかいないのか。夜会を行う理由を述べていた。元から彼女達には何かしらの形でお礼をと考えていた。
しかし、ユリウス陛下も麗奈もお礼は考えておらず本人達はただ「自分の目的の為にやった」と一貫して言っており、恩賞の為にやった訳でもないからそんなものは不要だと言われていた。
(それは困る…………)
と、言うのがギルティスの思った事。
例え欲がなくとも、それが結果的に人を助けた事であり、それがかなりの規模なら流れ的に貰えば良い。こういった形で国との繋がりを持てる者もいる、悪く言えばその為に企てを起こしている者だっているのだから。
しかし、ユリウス陛下も、解放を行った麗奈も断固拒否。2人して手にバッテンをして拒否したのが、可愛いとか微笑ましいとかは思わない。そう、思うわない、ようにしている。
そんな事よりも、ディルバーレル国を1日でも早く元の生活に、周囲の村や街に安心をさせたいと言う気持ちが強いからか、出来る範囲の事を次々とやっている。今も陛下は騎士達と連携について、話し合ったりしているのでいつからそんなに仲良くなった、とツッコミを入れたくなった。
「——と、言う訳です。何かご不明な点がありましたか?」
現に王として即位したドーネルは、麗奈と話をしたいオーラを放ち仕事もあまり進んでいない。進まない、といった表現が正しくいつもだらけているが、頼んだ仕事はきっちり行っているので、次々と仕事を振る。
ギルティスは前から少しずつでも、夜会に似たものをと色々と用意していた。そして、ドーネルから「お礼、なにかしたいね……」と口にした。そこで、キラリと眼鏡が光り(よし、きた!!!)とばかりに提案を述べていく。
そして、その熱意に押されたのかドーネルは「じゃ、やるか」と了承をした。聞いたら実行、麗奈を逃がさないように色々と対策を考えてきたので、平気だろう。
と、色々と考えながらも、状況を把握していない麗奈に説明を進めていった。
「あ、いえ……大丈夫、です」
殆ど聞いていないのが分かるが、ギルティスもその隙をついて話しているので良かったと内心で思っている。騎士から貴族になる者が殆どであり、今まで魔物との戦い明け暮れていた為に、夜会と言う全くの未知の領域に踏み入る者達ばかりだ。
練習といったが、ギルティスにはもう1つ目的があった。
これを機に、彼女達にも少しだけでも自信を付けて貰おう。原石を輝く宝石にしてみせようと、言う使命感に燃えている。ギルティスは、どんな手を使おうと彼女達にはドレスを着て貰う。
着せた姿を自分が見たいからとか、1人占めしたいからとかそんな不純な事は思っていない、ただの使命。そう、使命だと言い聞かせるように目を輝かせるギルティスに麗奈は途端に嫌な予感を覚えた。
(…………逃げよう。なんか怖い。いつものギルティスさんじゃ、ない)
ソロリ、と静かに手を払い音を消して扉までダッシュするもパチン、と指を鳴らした音と共に両側を抑えられた。ギルティスを幼い頃から仕えている侍女達であり、麗奈とも何度か話に花を咲かせていた。
「何処に行かれるのですか、麗奈様」
「あ、いや………えっと………」
ダラダラ、と嫌な汗が流れる。
クルリ、と振り返るギルティスは別に怒ってなどいない。なのに、今の彼の表情は怖いと言うのが麗奈の率直な感想であり逃げたいのに逃げられない状況。
「ダメですよ、主役が逃げては」
「しゅ、主役!?な、ななん、何でですか!?」
「平気ですよ。ユリウス陛下達にも手配済みなので」
「い、一体………何を」
「さっきから言っているではないですか…………夜会だと。では、彼女の事を綺麗に、美しくして上げてくださいね?」
「「「かしこまりました、ギルティス様」」」
「まっ、ちょっ、えええええええ!!!!!」
慌てる麗奈に、ギルティスは無情にも扉を閉める。中から騒がしい音が聞こえるが、すぐに別に部屋から出て来た侍女からは「ゆき様の確保が出来ましたので」と言えば「そちらもお願いします」と笑顔で指示を飛ばした。
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「なんなんだ、これは………」
「俺が知りたい」
「剣の稽古してたら連れて来られた」
「同じだな、ユリウス」
「ヤクルもか?」
ユリウスとヤクルはいきなり連れて来られた。麗奈と誠一がアルベルトと別れたあの日、彼は夜中の内に全ての武器を研ぎ直しており、やり切った感があった彼はそのテンションのままラーグルング国へと足を進めていた。
後でそのアルベルトが、ドワーフと言う種族だと分かりキールとランセが驚いて固まった位に遭遇率が少ないと言う。
「ちなみにどうやって会ったの、主ちゃん?」
「えっと、積み荷にハマったらしくて……それを助けたんです」
「思いのほか仲良くなったから、再会出来るのを楽しみにしてるんだ」
「ねっ、可愛いもんね。アルベルトさん」
「そうだな。彼には可愛い、と表現した方がしっくりくるだろう」
「「…………」」
それを聞いて2人は絶句した。
ドワーフは人前には出てこない。臆病であり戦闘には不向きな彼等だが、唯一の特技が鍛冶師としての職人の技。
魔石を武器に付与させる物は彼等ほど芸術的に、また効果を発揮する事が出来るのはこの世にドワーフだけでと言われる程だ。
彼等が鍛冶師として名を上げていたわけではない。ただ、彼等は通りすがりに武器を研ぎ調整をした。それが人間の間では話題に上がり、その存在を確かめようと森を探し、川を探し、谷や湖にまでその捜索範囲は広がった。
ドワーフが住むのは木の根の下、洞穴、滝壺などなど人が入りにくい所に住んでいる。住処を作り、土の魔法で加工をし目くらましを行い長らく人間社会にも出て来ることはなかったとされている。
だから、こんなにも綺麗でありながら切れ味も落とさずにいる剣を研げるのはドワーフしかいないとなった。ユリウスもそれを聞いてすぐに剣の調子をみる。振りぬく重さはよく知る自分の剣だが、その切れ味が今までと違い鋭く自分の思った通りに切れていく。
(………あ、柄の部分もちゃんと手入れして貰ってる)
自分も武器のケアは忘れてはいないが、それよりも洗練されており思わず息を飲んだ。気になりだしたら、全部見たくなり改めて柄、鞘、剣の全体を見て完成度の高いものに、自分の物だよな………と疑いたくなった。
(……どんな姿なのかな、ドワーフって)
文献では様々な身長で書かれており、鍛冶師として有名な彼等。2人に聞いたら「可愛らしい姿だよ」と言っていたので、再会する事があるなら自分も会いたいなと思っていた。
と、考えて事をしていたら後ろから袋を被せられ気付いたら部屋に連れており「申し訳ありません」と、運ばれている間にも何度も謝られた。
(ってか、これ………)
経験は幼い時、以来たが夜会に参加する時の正装が並べられておりヤクルも同様に用意をされたと言う。今、2人は着がえ終わり別室にいた。
外を見れば夕方から夜になりかける中間。これも込みで計られたなと思っていると、ラウルとフーリエ、セクト、ベールも次々と到着し同様に正装だ。
「いつも通りに戻ったのかベール」
「えぇ、やっとコツが掴めました。と言うよりキールのあれはスパルタ過ぎでしょう」
エルフだと言ったベールは、溢れ出していた魔力により特徴たる尖った耳があったが今はユリウス達と同じ、人間の耳に戻っておりキールからの指導がキツいと嘆いていた。
それにセクトが「嬢ちゃん相手なら絶対違うような」と、言い隣で頷くラウル。フーリエが「そこまで違うんですか?」となれば弟のヤクルから「結構な差なので」と困った感じで言われた。
「あぁ、良かった。皆さん、集まってましたか」
「ギルティス宰相……」
集められたユリウス達の前に正装姿の、いつもよりもテンションが高いのかギルティスが笑顔で入って来た。ささやかな夜会だから、そんなに固くならなくていいと説明される。
貴族の子息の中で、そのまま騎士になった者がいる事からこれからの事を考え、夜会での慣れが必要と言う事で今回開いたと言う。
「あの、俺と麗奈はこういうのは遠慮して欲しいと、前に言ったと思いますが」
「えぇ、きちんと聞いていましたよ」
「………まあ、練習と言うのは分かりますけど……なら、俺達まで巻き込まなくても」
「まぁ、まずは彼女達の事を見て下さい。文句なり受け付けますから」
ガチャリと、開かれた扉から入って来たのはゆき、ターニャ、ウルティエ、サティだ。ゆきは朱色のドレス、ターニャは黄色のドレス、ウルティエはエメラルド色のドレス、サティは薄めのピンク色のドレスを着ており、いつもの彼女達なのかと思わず見つめていた。
「…………」
ヤクルがゆきのドレス姿を見ていると、その視線に気付いたのか微笑んでくれた。それで一気に顔に熱が灯ったみたいに熱くなり、すぐに逸らす。フーリエはそれを見て溜め息をし、ゆきはずっと首を傾げ(おかしい、かな……)と違う事を思っていた。
「でも、これ本当に自分!?って思ったよね」
「まぁ………気付いたらあれよ、あれよと……」
「あのワザ、盗まないとね」
ウルティエの本気の声に、サティとターニャは頷く。ラウルが「似合ってるぞ」と言えば3人は笑顔で「ありがとうございます!!!」と喜んでいた。
「陛下達、元々カッコいいのにさらに磨きが掛かっててズルいです」
「なんだよ、ズルいって………」
ターニャの感想に呆れたのはユリウス。ギルティスは視線で「どうですか?」とニコニコと向けて来るので、少し考えた後で「参りました」と言ったので夜会の参加を認めたと言って良い。
「まぁ、今更拒否は出来ないですよね?」
「それも見越してやった、って事ですよね、ギルティスさん」
「なんのことやら………」
「………麗奈さん、見なかったんですか?」
ベールの一言に、全員「あっ」となった。
その時、侍女が「た、大変です!!!!逃げられました!!!!」と報告にあがりギルティスが驚愕の表情をし「すぐに探せ!!!」と言えば「すぐにでも!!!」と、バタバタと探しに回る音が聞こえる。
「すまない、ギルティスさん……………」
「逃げたのか、嬢ちゃん」
「流石ですね♪」
「ベールさん、褒めないで下さい。兄さんも余計な事を言わない」
ユリウスが謝り、セクトとベールは感心したように言えばすぐにラウルの注意が入る。ゆき達も「えー!!」と残念がり、ターニャは「ずるい!!!」と頬を膨らませ拗ねている。
「くっ、おかしい!!!その対策にアシュプ様、青龍、黄龍に頼み込んで手を出さないようにしたのに………彼等の力なく素で逃げたのか」
(外堀を埋めてたのか………)
むしろ、お願いされたのに!!!!と、嘆くギルティスにヤクルがそう思った。ユリウスはますます頭を下げ「本当に、申し訳ない、です………」と、麗奈の代わりに謝り続けた。
「あのおじいちゃん精霊ダメだろ」
「えぇ、麗奈さんの事を溺愛してますし、喜んでギルティスさんに力を貸しますよね」
「そんなに、何ですか?」
「え、えぇ。アシュプ様……もとい麗奈はウォームと呼んでいますが、彼は麗奈の事を大事にしてますから」
フーリエの疑問にそれぞれが答えていく。ラウル的には青龍が力を貸したと言う時点で驚いていた。黄龍は言わずもがな、青龍は嫌がる事はしないと思っていたからだ。しかし、黄龍に言われて上手く乗せられたのなら……と思えば納得もした。
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「ギャッ、ギャッ!!!」
「うるさい!!!!」
襲い掛かるゴブリンにハルヒは結界で閉じ込め続けざまに、破軍の攻撃が入り切断されていく。その後ろからランセの範囲魔法が発動し、自分達に襲い掛かって来たゴブリン達を影に引きずり込みそのまま沈ませた。
「あーもう、何この人使い荒いの………」
『初めて見た魔物だね。どんな感じなの?』
現在、ハルヒ、破軍、ランセ、キールの4名はゴブリンに襲われていると首都に連絡が入った村々を回っていた。ゴブリンを筆頭に、数多の魔物が徒党を組み周囲に被害をもたらしている。
ランセは元々、首都にはあまり入っておらず周囲に目を配り、襲われていると報せが入る前に既に戦いを始めていた。
「キメラ来たよー」
「ちょっ!!!!」
のんびりとした声に、ハルヒは慌てて後ろに下がりドシャ!!と、大型のキメラが苦しそうにしながら「グゥ、グオオオ」と呻く。そこに雷が叩き落とされて、炎が上がる。
「デス・ファング」
キメラの下から黒い刃が突き刺さり、キールが目に移った魔物達が同時に串さしにされやがて霧となって消えていく。ハルヒと破軍は「『うわーー』」と乾いた笑いをし「さっさとしてよね」とせかされる。
「もぅ、夜会があるから面倒だと思って抜け出したのに…………主ちゃんがドレス着るなんて聞いてないよ!!!!!」
全員で(そっちか………) とある意味予想通りの反応をしていた。村人達は一旦、ラーグルング国に転送し向こうで、対応をしていると思い村に入って来た魔物達を次々と排除していく。
数分で片付いた戦闘。ハルヒはキールに無理矢理に連れて行かれ、破軍はその際に黄龍から『主、夜会でドレス着るんだってぇ~』と自慢してきたので殴った。
「よし、行くよ!!!!」
「は、ちょっ、えーーーー!!!!!」
「いってらっしゃーい」
ハルヒを抱えて一気にディルバーレルに飛んだキール。ランセは手を振り、後始末として他に居ないかを確認する。破軍もその場に残り『君は行かないの?』と聞けば少し黙る。
「私が参加するって………あり得ないよ」
『そう?君の事知ってる所ならあるんじゃない』
「…………今は麗奈さん達に不安掛けたくないしね。今だけ休んでくれれば良いよ」
『今は、ね』
「ほらここ以外にも居るだろうからとっとやるよ」
『うへー、ここにも人じゃないのいるし』
「当たり前だよ。……ほら行くよ」
嫌がる破軍をよそに、首根っこを引っ張り次の村、街へと進めて魔物退治へと赴くのだった。
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一方、ディバーレル国城内。
ユリウス達はダンスホールまでギルティスに案内されていた。周りを見れば自分達以外にも、正装に身を包んだ人達がおりゆき達をチラチラと見ていた。
(あー、ゆきは向こうの騎士達とも話したりするからか)
自分が麗奈と再会する前には、ゆきはギルティスが率いていた騎士達と楽しく話をしていたと言う。料理も出し、魔物の討伐にも赴いていたのでその時の彼女と今のゆきとでは違うのだろうなと思った。
隣でヤクルが怖い表情をしたまま、睨んでいるようにも見えたのでユリウスが「止めろ」と小声で言うも態度を改めることは無かった。
ギイイィ、と自分達が入って来た扉とは反対側から音が聞こえる。そこには水色の髪を一つにし、白のタキシードに身を包んだドーネル。彼に手を引かれているのは、逃げられたと言われていた麗奈だ。
首元にはエメラルド色の宝石が輝き、水色のドレスに身を包んだ彼女は顔を上げていた。その表情は固く、失敗をしないようにと言った雰囲気がにじみ出ていた。
「急に集まって貰ってすまない。今日は、私達からのささやかなお礼とでも受け取って欲しい」
楽しんでね?と、ユリウスに向けられた視線に少しだけピリッとなる。思わず睨んだ彼にドーネルは楽しそうに微笑んでいた。
(君にも、ちゃんと楽しんでもらわないと……)
隣でガチガチになっている麗奈。クスリ、と笑うドーネルはそのまま麗奈をエスコートした。




