第78話:ドーネルの失敗
「お疲れ様だね、イーナス君」
コーヒーを入れているコップからはいつもと違う匂いが香る。うつ伏せになっていたイーナスは起きて不思議な香りを嗅ぎ続付けた。
「緑茶を飲んで心を落ち着かせてくれ」
「りょく、ちゃ………?」
お茶を入れてきた武彦の言葉を反復し、じっーと珍しいのか中身を見る。
コーヒーは黒っぽい感じの飲み物で、コップの底は見えない。しかし、緑茶と呼ばれた飲み物は薄緑色の目に優しい色をしており、色素が薄いからなのかコップの底が見える。
(…………ん、苦いような、苦くないような?)
最初に感じたのは苦みのはずだ。
しかし、少しずつ飲んでいきそれが苦みでない不思議な感じの味に、イーナスは何故かほっとした。
(コーヒーとはまた違った落ち着きがある………)
「ふふ、気に入って貰えて良かったよ」
顔が緩んだイーナスを見て、武彦は嬉しそうに言った。口に合うか分からないが、と不安な気持ちもあった。が、物は試しと言う事で裕二とで何度も味見を繰り返して完成させた。
日本で飲んでいる物と差が無いように調整出来た、と一安心。
『イーナス、緑茶が飲めるのならこれも食べろ!!!』
「………これは」
武彦の後ろに隠れていたのは、既にイーナスの近くに来ていたのかは分からないが、霊獣の清が持ってきたお菓子に目を丸くする。
前に麗奈が作ったパンケーキと呼ばれた生地の厚めでありながらも、フワフワとした食感が面白いお菓子を食べた。
見た目はそのパンケーキにも似ているが、大きさが小さく片手で食べるには丁度いい感じのもの。
『妾達の世界で出ている。名はどら焼き、だ!!!』
どうだ、どうだ♪と、褒めて欲しいのか耳がピョコピョコ、尻尾はフリフリと振っている。
武彦はそれを微笑ましそうに見ており『清、あまりイーナス君を困らせるなよ』と優しく諭した。
『困らせてない。激務のイーナスには休憩が必要だ。ずっと休みなくだぞ?』
「まぁ、それが仕事だし。ユリウスを見送った時に覚悟してたから」
『そうは言うがな。一昨日、ディルバーレル国に行ったのにその日の内に戻ってくるとか………麗奈ちゃんとは話せてないだろ?』
「いや、少しだけど話したよ。………元気にしてたから」
安心してね?と、そう優しく良い清の頭を撫でる。
「武彦さん達にはもうしばらくの辛抱で申し訳ないですけれど……」
「まぁ、ここで私達まで抜けたらまずいだろう。誠一と麗奈との仲を少しでも修復出来るようにと、君にも色々と頼んで悪かったね」
「いえ。……私も少し気になりましたし」
「君の両親はどうしている」
「魔物に襲われて亡くなっていますよ」
笑顔で言い切るイーナスに少し心配になりながらも「悪かったな」と謝る武彦に、清も同じように謝る。
不思議そうに見つめるイーナスに清は『ほら、早く食べろ!!!』と、どら焼きを割って無理矢理食べさせられる。
「むぐっ」
「こら、清」
モグモグ、と無理矢理に突っ込まれてた物を器用に食べるイーナス。パンケーキとは違った食感でありながら、不思議な甘さが口の中に広がり緑茶を飲めばいつも以上に心が落ち着く。
「この黒と紫っぽいのは」
『あんこだ』
「あん、こ………」
『ん、もしかして粒あんが良いのか?』
「つぶ?」
『小豆って言う赤紫色の豆を、コトコト煮て甘くさせたのがあんこだ。そのどら焼きはこしあんと言って、豆をすり潰して舌触りに違和感がないようにしたんだ』
豆の食感を所々に残した事であり豆が好きな奴なら良いかもしれない、とつぶあんの説明もしてくれた。
その時の彼女はとても嬉しそうにしている。今も尻尾をフリフリとしているのがその証拠であり、自然と笑顔になる。
「ここは自然が多いからか、私達が食べたり飲んだりしていた食べ物の代用が出来るからね。お陰で色々と楽しませて貰っているよ」
精霊とは凄いのだな、と感心する武彦にイーナスはお礼ならウォームにお願いするようにと言った。
精霊の始祖たる彼の守護地であるラーグルング国。魔力濃度も身に宿す魔力量も他国と比べて多い。
そのウォームと契約し、使役しているのは麗奈だ。
彼女が知らない内に、多くの者達に狙われるのは明らか。魔王でなくても他国から狙われるのは目に見えている。
保護する側は必死で出来る事を探す。と、言うよりユリウスが逃がす気はないなと密かにイーナスは思った。
「麗奈ちゃん達には色々と迷惑を、掛けてしまって本当に申し訳ないです」
「戦うと決めたのも孫達だ。向こうよりは全然いいさ」
『イーナス、どら焼き食べて少しでも休め。ゆっくり休む暇もないかもしれないのに』
「…………近隣の様子はどうです」
ピリッと、空気が変わり清は分かりやすくしょんぼりしていた。
溜め息をつき「報告書だよ」と武彦は書類を渡す。
それを受け取り、内容を確認し頭の中で救援要請のあった場所へとどう騎士団を向かわようかと考える。
ここ最近、魔物の活発化により、近隣周辺の魔物の襲撃が多い。人を襲う事に長けた魔物のゴブリンが、筆頭に荒らしていると言うものだ。これらはラーグルング国だけでなく、陸地の国で同じように起きている。
幸い、ニチリは海に囲まれた島国だ。
ゴブリン達は水が苦手な魔物。島国のニチリに足を踏み入れる事も、また襲うとも考えられないが一応の警戒をするようにと連絡をしておこうと考えれば、途端に頬をつねられる。
「ふぐっ」
『休めー!!年長者の言う事は聞け若者』
「やっーぱり、ね」
ギグっ、と。
イーナスは清の後ろに居るランセの冷たい視線に晒されていた。声が少しだけ低い所を、聞けば不機嫌なのが分かり視線をそらそうともつねられる力が、さらに強まり痛いと抗議する。
『聞け、魔王。イーナスの奴、休みなくだぞ?』
「ならもっと強くつねれば良いんじゃない?」
『うむ、任せろ!!』
「ひ、ひはい」
(あぁ、可哀想に………)
つねれるのを見る武彦。
その後、ランセに注意を受けるという面白い場面になった。
やられたイーナスは約束をしつつ、頭の中では様々な
事を考える。すぐにランセと清に睨まれ、早々に考えを捨てる事となった。
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「あーーー、休みたい」
「無理だ、諦めろ」
積まれる書類が無慈悲に置かれ、ドーネルはギルティスを睨む。
頬を脹らませるも無視を決め込み、「やはり、金属製の物は全て研ぎ直されているな」と話す。
「大賢者キール様の言うように、彼女とその父親は滅多に表には出ないとされているドワーフに会ったらしいからな」
「次、言ったら容赦ないよ?」
「気を付けます、キールさん」
ギルティスの真後ろが熱く感じるので、キールが炎の魔法を発動させていたのは明白。
すぐに順応したギルティスに(流石だな……)とニヤニヤしていたら、2人から「気色悪い」と言われた。
「君等、なんか恨みある?」
「王に恨みなどありませんよ」
「興味なし」
「……はいはい、君等はそういう性格だったね」
聞いた自分がバカだった、と言い報告書を見る。
まだ軍備も十分ではないディルバーレル国は、ドーネル達と行動を起こしていた騎士団達を全て呼び戻し、国の現状を伝えた。
自分の父は既に死んでいた事、味方をしてきた多くの貴族達は殺されていた事実、そして共に麗奈とハルヒが行った舞で、自分達に不思議な事が起きた。
死んだもの達の、声と姿がはっきりと見えたのだ。
悲しみに暮れる間もなく、ドーネルとギルティスはやれる事を行い、グルムも騎士として首都の防衛に入った。そして、ユリウスの事前の説明、宰相イーナスとニチリとの同盟をし暫くの間は軍備を整え魔物達の動向を探る、と言う方針で決まった。
(魔物同士での連携、ね)
そんな中、魔物活発化による被害の拡大。
しかも、村や里、街といった騎士や兵士達が救援に行くのに距離がある所ばかりを狙っていると言うものだ。
ディルバーレル国はまだ魔法師が完全に整えていない。その中で転送魔法を扱える魔法師も珍しく数も貴重。その分、ラーグルング国は魔法を扱える者は、転送魔法を習得できている。
その数が異常なのが分かり、味方で助かったと密かに思うドーネル。
(そしたら、麗奈ちゃんが出来るようにしましょうって言って、魔石を作り込んじゃって………)
魔石は魔力を込めた石。使い方は様々で、水晶に宿したり武器などに付与する方法がある。
それらを一括して魔道具と呼び魔法の効果を含むものが多い。冒険者達の間ではレアアイテムとして知られている。
(今もユリウス陛下達が、こちらの代わりに周辺の村や町でのパトロールしてるし……あれ、どうしよう。どうやってお礼すればいいの)
今、思えば彼等は守護地のブルームを助けた事での魔法の消滅を防ぎ、今もドーネルの地盤が整うまでの間、雑務を普通にこなしている。
ギルティスを呼べば、彼はすぐに来た。
「………ちょっと待っててくださいキールさん」
「ん?あぁ、はいはい」
「失礼します。ギルティスさん、頼まれていた」
「主ちゃん!!!」
「わあああっ、キールさん!?」
執務室に入って来た麗奈。彼女は水晶が入った袋を持っており、手が塞がっていた。
それを知ってたキールはすぐに飛び付こうとすれば、黄龍に邪魔され『仕事しろよ大賢者』と、ガードされる。
そんな攻防をしている間に、ドーネルはギルティスと共に机に下に入り小声で話し込む。
「人数足りないのは分かるんだけど、いつまでも彼女達に任せきりにするのはまずいでしょ」
「だとしても、防御魔法と陰陽師と言う職業の結界が整うまでは離れる訳にはいかない、とユリウス陛下と麗奈様から言われているので」
「いつの間にその2人とそんなに親密に」
「え? お前が書類処理に悪戦苦闘している間にな」
(悪魔か、コイツ………)
自分が苦しんでいる間に、そんな事をしているとは抜け目のない奴だと睨む。何かお礼はしないとと思うも、国の財産はあまりないのが現状。
薬草が豊富のこの国も、その殆どは精霊達に作られる事で成り立っている。その管理を行っていた泉の精霊は今はもう居ない状態。だから、派手に、豪華には難しい。
考えている事は分かるのはギルティスは「彼女達のお礼なら、夜会を開けばいいだろ」と提案されてくる。
「どちらにしろ。俺とお前は表舞台には引っ張りだこ。今、騎士として働いている者達も貴族としての振る舞いを学ばないといけない。簡易的な夜会で少しでもこれから先の事に慣れておくべきだ。ついでに、豪華にしなくて良いなら彼女達だって参加しやすいだろ」
「それは、まぁ」
異世界人である麗奈、ゆき、ハルヒの3人。イーナスからも説明して貰い、理解はしているしその重要性も分かっている。
こことは違う世界から来た者達は魔力量が多く、また特異な能力を持った者達が殆どだ。
攻撃に優れているのであれ、防御に優れているのであれ他国にそれがバレてしまえば、他国からの侵略に彼女達を巻き込んでしまう。
今は魔王軍と言う共通の敵、倒さないといけない者がいるから同盟を組んでもその後が続くとは限らない。
しかし、とリッケルは言っていた。
「失礼ながら、わが国の姫はハルヒの味方をしており、またハルヒはラーグルング国に居る麗奈様、ゆき様に手出しした者を許す気は無い。徹底的に潰すと言う事です。なので、我々としては彼等との同盟はその場限りではないので今後ともよろしくお願いいたします」
と、ため息交じりの死んだような目で言って来たので余程、その姫には頭が上がらないのだろうと思った。
そして、ディルバーレル国にも同盟の印としてリアルタイムでの通信を可能にした魔道具を受け取っている。
ラーグルング国では元から同盟を組んでいたからと言う理由もあり、特別に何かをして貰う訳でもドーネル自身して貰う気も無い。しかし、イーナスからは「それは困る」と言われてしまった。
「こちらは魔法の元が絶たれると聞いて勝手に行動を起こしただけなので。例え、そちらの守護地の主であるブルーム様に無理矢理に転送させられたとしても、こちらは気にしません。しかし、そちらの許可なく他国に踏み入れたので何かお詫びを」
「いや、いい。こちらの手違いと言う風に収めて欲しい」
「承知いたしました」
言葉の端々に棘があり、睨まれていると言うのは内緒だ。
イーナスとは、ヘルスと共にイタズラした事もあり、キールと組まされると対処が困ると言う苦い思い出がある。
なので、その2人には少しだけ苦手意識をと言うよりもその時の思い出の為に申し訳なさが勝る。
ニチリもラーグルング国も、このディルバーレル国に対しての支援は行い続けると言い人材でも何でも良いので何でも言って良いと言う。
しかし、すぐに何が足りないとは言えないのが現実。
「彼女達、豪華なのが苦手なら、質素にやるのも良いかもな」
「とは言え正装はこちらで、きちんとして用意しておくべきだろう。慣れはあの子達にも、必要になってしまうかも知れない訳だし」
この先、他国で呼ばれる、なんてこともないかも、と先の未来を少し思ったギルティス。思わず「お母さんか、お前」とツッコミを入れた。
咳ばらいをし、赤くなった顔を見せないように逸らした事で当たりだと分かる。
「とにかく。私やお前の所で、着れそうなドレスは何着かは用意しておくべきだな。安心しろ、既に手筈済みだ。あとは本人達が選べば問題ない」
(やる気満々だな………そんで、何でお前がワクワクしてんの)
ドーネル以上にギルティスも何だかんだで、彼女達を気に入っている様子。助けられた以上にどんな恩があるのだろうか。
そう思っていると「あの子達は真面目で、健気だ。そして料理が上手い」と、珍しく熱の入った言葉にドーネルは少しだけ引いた。
「何だろうな、異世界から来たからなのか料理の味付けは最高だな。向こうの食文化が豊かなのが分かった」
(お前は胃袋を掴まれた訳ね)
「彼女達の事は任せろ。俺が責任を持って何処にも負けない美しい女性に仕上げて見せるから楽しみにしておけ」
「あぁ、うん。ギルが楽しそうで………なにより」
「じゃ、これちゃんとやっておけ」
何をとは言わない。無論、今も机に積まれている書類の数々だ。
その後、何故か笑顔のギルティスが「麗奈様、すまないが今から付き合って貰うぞ」と理由も言わないまま、本人は「あ、あのっ!!!!」と慌てふためきながらも連れて行かれてしまった。
「ねー、これ主ちゃんから受け取ったんだけど」
『受け取ってない。落としたんだろうに』
「どうでもいいでしょ………って、何、どうしたの?」
麗奈自身が作った魔石が入った袋をキールが持ち、ドーネルに聞くも呼ばれた本人は机に突っ伏し「くそーー」と乱暴に机を叩く。
その振動で、積まれていた書類の類が崩れ彼にぶつかるまであと数秒、キールと黄龍は互いに顔を見合わせ不思議そうに見ていた。
「おわあああああ」
当然、その振動で紙の雪崩が起きドーネルを襲ったのは言うまでもなく。彼はこの先、自分が王として振る舞えるかが少しだけ不安に思い、そしてギルティスの手際の良さに不安を覚えた。
なんか色々と、失敗している気がする………と、思うもその疑問が分からないキールは流石に「大丈夫……?」と声を掛けずにはいられなかったのだった。




