第77.5話∶動くもの達
場所は変わりある城内地下。
風通りはあっても、松明の光のみに照らされた部屋は気が滅入る。上級魔族のティーラは欠伸をしながらトボトボと歩く。
考えるのはついこの間の事。
ディルバーレル国内での出来事。首都がキメラによって埋め尽くされようかと言う事態よりも、もっと前の事。
竜の腕を生やしながらも、人の姿の成りをしていた人物との心躍る戦い。戦闘はかなり短かったが、それでも久々の高揚感にクツクツと笑いが止まらなくなる。
(奴は何者だ?……主がどうこうとか言っていたな。攫えば……追って来るかねー)
その相手は自身を眼中にないと、言わんばかりの戦い方をしている訳ではなかった。こちらに注意を払いながらも、周囲に居た魔物を消し近付けさせないように、自分も含めて足止めをしたに過ぎない。
(ありゃあ、俺と同じ戦闘好きだよなぁ……それよりも優先した主か)
戦いの最中、奴は深追いもせず足止めをしてある程度の時間が経ったらあの場に技を放っていた。しかも、周りに居た筈の魔物も全て排除された後で、退路も確保していたのか自然に消えていたのだ。
「よぅ、ユウト。元気か?」
「………何、いきなり」
ブンブン!!と自身の槍を使い、ユウトに付けられた手枷を破壊する。バキンと壊れた音が聞こえているも、相手は不機嫌そのもの。
「いきなりって、呼ばれたからね。あの人に」
「ふんっ、今回の失敗の件でしょ」
ラーグルング国で放った魔物の大軍。それで堕ちれば良かったが、守護地として力の強いあの国には堕ちる事もなかったが、探していた人物はいた。
魔王ランセの邪魔のなければディルバーレル国の事も上手くいった筈だった。念の為にユウトがディルバーレル国で潜伏し、術の構造と発動条件を試行錯誤してからかなり経った。
(期待には応えられず、尻尾巻いて逃げた訳だし……死ぬかもな)
昔も牢屋に繋がれていた事もあった、と記憶が蘇る。気が重たいままティーラと共にサスクールの元へと向かうのだった。
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着いた先では中央にサスクールが豪華に飾られた椅子に座り、距離がかなりあるにも関わらず寒気がした。自分に視線は向けられていないのに、心臓を握られているような錯覚に陥る。
「悪かったね、ユウト。俺としては別にお咎めとか面倒な事はしたくはないんだけど………」
「それではダメです、サスクール様」
と、ユウトから見て左側の列に居た魔族、バルディルが発言をする。彼は白に近い程の銀髪に白い肌に紅い瞳を宿し、その表情はかなり不機嫌であるのが分かる。
紫色の鎧にも似た装備、カチャリと眼鏡を掛け直す。向かい側に居たラークは眠そうにして居るのを隣にいたリートに小突かれる。
「失敗したのなら罰は与えるべきでしょう。本来なら、そちらの2名にも与えたいのですがね………」
「あははは。意外にしぶといって言うか………予想外な事も多かったしねぇ」
「まあ、それでもなんとか全滅しないだけでも褒めて欲しいんだが……」
反省する気はないのが空気で分かり、ピキリと青筋を立てたバルティルはイライラとした口調で「そう、ですか……」と無理矢理に納得した。ユウトはその場で跪き連れて来たディーラは、欠伸をまたも噛み殺しながらフラフラと出口付近に立つ。
(面倒な……)
「文句があるならすぐに出て行け、戦闘狂め」
眼光を鋭くしたバルディルに、ティーラは「はいはい」と適当に受けながし目を閉じた。不満があるのか少しイライラとしているとラークが「やっぱりアンタ苦手」とすぐにだらける。
「コホン、申し訳ありませんでした。それでユウト。お前の術式でどれだけの効果を生んだんだ?」
「属性の無効化はある程度は……やっぱり、上級クラスの魔法の無効化はまだ時間が掛かるといった感じですかね」
「キメラの運用はいけるんだな?」
「村や町、里といった小規模な所ならすぐにでも潰せます」
「やったぁー、負担減るじゃん」
ラークが素直に嬉しがるもまたも睨まれる。リートは手にした資料を見ながら無視を決め込む。止めるのを諦めた証拠であり、バルディルはワナワナと怒りに震えている。
「一時的でも、魔法の無効化は出来たんだよね?」
割って入った声にユウトは「はい」と短く答える。見ればサスクールは楽しそうにしており、足を組み直しながらも「やっと馴染んだしな」と腕を伸ばしながら調子をみる。
「……しかし、すぐにそれを破られた上に傷の治りも遅い。聖属性でないあの力は一体」
「虹だよ」
「え」
「この世界が出来た時、最初に出来た魔法。それが扱えるのは2大精霊のアシュプとドラゴンのブルーム。だから、守護地のあの2国は先に潰さないとマズいんだよ」
エルフは厄介でも、元の魔法を断てば弱体化するのだから関係ない、と言った。ラークはラーグルング国に攻め入るも失敗し、ユウトも失敗した事を考えれば、最初に落としたいが守りが堅いと諦めるしかない。
「1回攻め入られたからから、精霊の目も厳しくなったし」
「すみません」
サスクールに言われて素直に謝るラークに、殺気立つバルディル。それを気にした様子もなくユウトは「あとは」と言葉を続ける。
「サスクール様が欲しがってた女の子。彼女が全て邪魔しました。途中、闇の力も混じりましたが要因作ったのは間違いなく、あの子ですよ」
肩の傷も治らないし、と溜息交じりで話す。ラークは嬉しそうにしながらも「あ、切られたぁ」と勝手に話に割り込んでくる。
「あーその子に印付けたのに、たった今破られた。んー、やっぱり契約してるのがアシュプってずるくない?」
「なんだと」
「ラークの言う通りだよ」
バルディルの疑問にサスクールは言った。世界でただ1人、魔法の始祖と同じ力を扱えると。虹の魔法を分解して生み出されたのが、闇の力や様々な魔法の属性となって広がり、今の世を作っているのだと言った。
「ユウトの術はこちらとは原理が違うからね。上手くいくとは思っていたが、その術にも精通してるんだ」
参ったな、と楽しそうに言うが決して目は笑っていない。
破られるのは仕方ない、と納得されバルディルは「攫うのは難しくなりましたか」と残念がる。
「そうだね。大賢者も付いてるし、ブルームにも契約者が生まれる可能性を秘めてる。だから、さ」
一度、言葉を切り妖しく光るのは紅と紫色が混じり合った瞳を細めて言った。
「来るように仕向けてみようか」
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(はー、かったるいな)
コキ、コキ、と首を鳴らし特にお咎めもなかったティーラ。彼は青龍と戦闘を起こした後は特に命令もなかった。だから、ダラダラと休憩をし撤退と言われるまで、援軍の要求もなくただ寝ていた。
(あー……やっぱり奴は嫌いだな)
改めて、と言うよりも再認識に近い。認識してから少し考える。
魔王、サスクール。
魔族達を束ねる王の称号。
自分達の扱う闇のそれとは違う深い、奥が見えない力。従わせ屈服させてしまう程の巨大な力。
魔王と名乗る者、または呼ばれる者は共通している所がある。
まずは自身に身に纏う黒いオーラ。
魔王のみに与えられた特殊な力。
呪い全ての解除は自分にも、相手にも使える力はランセが持ち、どんな武器の形状の物、初めて触れる物であっても自分の手足のように扱う力はサスティスにといった感じになる。
魔王はその独自の力とカリスマ性で周りを圧倒、または付き従う。
(まさか、あの人が………あの方が居るなんて)
ティーラの失敗は2つ。
1つ、自分もディルバーレル国に行っていたのなら再び、青龍と戦えるチャンスがあったこと。
2つ、自分が仕え最後まで生きると約束した主に会えたであろう可能性。
(……まぁ、何かあればその時でいいか)
自分が急いで戻って来た時には全てが終わっていた。全てが壊され、自分達が住んでいた家も部下も、自分を慕う子供達も、そして………主さえも。
(アイツは、なーにも覚えてなかったな)
それで、良いと密かに笑う。気付いたのなら、気付いてしまったとしても奴には必ずその報いを受けて貰う。主を失い、行き場を無くしたティーラはそのままはぐれ魔族になった。
元々、戦いが好きな性格と豪快な戦い方から適当にちょっかいを出し、同族を人間を、獣人を、エルフを、数え切れない程の時間、向かってきた連中を屠って来た。
暴れ馬のティーラ。
気付いたらそんな事を言われていた。まぁ、暴れ馬は自分に合っているかと思った。自分が気に入った者は後で殺す癖があり、何度か見逃し自分に向けて来る殺意に心躍らせながらも相手を殺してきたのだから。
「ククククク」
嬉しさが倍になるとこんなにも無意識に笑うのだろうか、と。零れた笑い声は周りから見たら不気味に映っているかも知れない。しかし、そんな周りの目も気にする様子もなく歩けば「ティーラさん!!!」と大声で自分を呼び止める者がいる。
「なんだ、ブルト」
「酷いっす、ティーラさんが探しとけって言ったのに」
「あー…………悪い、忘れてた」
「えぇー」
ガクリ、と分かりやすく落ち込まれる。それに、ワシャワシャと乱暴に頭を撫でてれば「ちょっ、痛い!!!痛いってば!!!」と不満が聞こえたのですぐに止めた。
「………それでティーラさん」
「おう、行くぞ」
そう言って2人が来たのは牢屋と鍜治場が合わさった場所。入れば中から「クポー!!」、「クポポポー!!!」と鳴き声が聞こえながらカン、カン、カン、と鉄を打つ音が激しく聞こえてくる。
「相変わらず、鳴き声なんだがよく分からんな」
「まぁ、でも………あの子達には可哀想な思いさせてますし」
そう言ったブルトは「皆-ご飯ですよー」と、彼等用のおにぎりを持ってくれば途端に音が止み「クポー!!!」と嬉しそうに群がって来ている。
「美味しいですか?」
「クポポ!!!」
「クポーーー!!!」
聞けばあちらこちらで「クポー!!」と嬉しいのか、不味いのかがよく分からない反応だと思いながらもおにぎりの減る量が早い。(美味しい、んだよね……)と不安になりがらも、顔に米粒をくっつけながら「クポポ」、「クポクポ」とせがむ様に視線を向けて来る。
「……もっと、食べるっスか?」
「クポポポポ!!!!」
「クポクポ!!!」
お辞儀されてしまい慌てて習う。ティーラは「おぅ、作ってやれよ。ここは俺が見てってからよ」と言われて了解!!と元気よく出て行きおにぎり作りに励む。
「わりーな。アンタ等、無理矢理に連れて来られて最初は休みなくだったんだろ。俺が来たからには休んでおけよ、あとでちゃんと出してやるからな」
「クポポ」
「ポーーー」
最初、彼等を担当した魔族は止みなく働かせ、勝手に休んだ様なら鞭を打ち付けていた。それをブルトから聞いて殴り込みをし「てめーじゃ、無理だ」とすぐに殺した。
その後、バルディルに色々と文句を言われ責任を持って管理しろと睨まれたがこうなったのはティーラ達には都合がいい。
「好きに武器作っていいし、好きに改造して良いぜ?俺等はただ武器を作れしか言ってないからな。細工はどんどんしろ」
「ポポポポ」
彼等は自分達を酷使した魔族を殺したティーラを慕い、お礼を込めていた。そして好きにしていいと、やり返しても良いと言ったからその通りに行動をしているだけなのだ。
「サスクールの野郎が居るから抜け出せねぇが、人間との戦いのどさくさに紛れて必ず出して解放してやるよ」
向こうの言葉が分からないが、自分達の言葉は理解している様子なので独り言ちのような事でも彼等は、すぐにでも反応をして「クポー」とその場で踊り出す。
「お待たせ………あれ、なんか踊ってる」
「ほら、飯だ。食って体力付けろよ」
「クッポーー」
「クポポポ!!!!」
そう言ってブルトが作ったおにぎりを美味しそうに食べる。体力をつけて、魔力を少しずつでも溜め込んで………そして、脱出の機会を伺った。
「ブルク、アイツ等に伝えとけ。あの人が出て来ても、知らぬ存ぜぬで通せってな」
「は、はいっス」
「もし力を必要とするならなんか合図とか来るだろうよ」
あの人が何も言わないのは知らないからなのか、知っていてワザと見逃しているのか、と。相変わらず考えが読めないのは、サスクールと同じだなと考えその場で踊る鍛冶職人達を面白そうに眺めていた。
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「クポーーーー」
ガンガンッ!!!と、窓を叩いたアルベルト。相手が出るまでずっと叩き続ければ「うるさい!!!!!」と当然のように怒られる。
「クポポ、クポ」と身軽に避けて中に入る。
「クーポポ、クポポポ」
「ん、何だ。………腕輪を見ろ?」
アルベルトの腕にキラリと光るリングを見え、それをスリスリと自慢してくるように愛おしそうに撫でていた。話に聞けば人間の女の子にプレゼントして貰ったもの。
出会った記念にと嬉しそうに語るアルベルトを見て、フィナントは「誰だそれは……」と頭を抱えた。
「クポッポポポ」
「…………何?」
アルベルトから聞いた名前に思わず眉を顰めた。
「ディバーレル国からよくここまで来れたな。また鳥の餌にでもされたか?」
「グッ、グポポポ」
「そうか、いつも通りだな」
「ポポッ!?」
首の辺りをつまみ持ち上げれば、ブラーンとしているアルベルト。ショックを受けていた様子が、すぐに覚醒しその場で暴れる。離せ、と言っているのが分かるが離す気はなかった。
「今から宰相に君の事を話す。良いな?」
「クポポ!!!」
「まぁその時に私達の事も話すからな。アルベルト」
「ポポポ」
アルベルトを肩に乗せ、イーナスに自分達を全てを話す。エルフの事、ドワーフである彼の事も含めて……苦労させるのは目に見えていたが、構わずに執務室に向かう。
その後、話しを聞いたイーナスは頭を抱え謝るフィナントに「クポポポ」と謝っているドワーフ。一応、分かりましたと言ったが内心では処理が出来ていない。
一旦落ち着きたい。ゆきと麗奈が淹れるコーヒーが飲みたいと、切実に願うイーナスだった。




