第5.5話:虹の薔薇がもたらす出会い
リーグが案内したのは城の敷地内にある花畑。
薔薇のアーチを抜ければ花の良い香りだけでなく、色とりどりの花がそこには広がっていた。
「わあっ……」
「えへへ。綺麗でしょ?」
思わず麗奈が感動をしたのも無理はない。
敷地内の一角、と言う位だから広いのだろうと予想はしていた。薔薇のアーチだなんて、テレビで見た位だし彼女はそう遠出はしない。
なのでお城の中に居ること自体、彼女にとっては夢のような体験でもあった。そして、リーグが案内した場所は様々な色や種類のある花達。
薔薇やラベンダーといった馴染みのある花もあり、異世界に来たと言う実感はまだ湧かない。思わずしゃがんで花を見れば、リーグもそれに習って同じようになる。
「知ってる花でもあった?」
「うん……。知ってるのもあるし、不思議な感じ。これだけの種類を育てるのも大変じゃない」
「庭師の仕事だから良いんじゃない?」
「そ、そういうもの……?」
無理に納得し、次にリーグが案内したのは黒い塔。
外装が黒と言うのも驚きであり、ここに夜にしか咲かない花であるのだと言う。
「もし、太陽の光を浴びると枯れちゃうんだ。だから、中に入る時には気を付けてね?」
「う、うん。分かった」
そう答えつつ、ガチャリと鍵を外して中に入っていくリーグについていく。そもそも自由に行動していること自体、良いのかは麗奈には分からない。
明日から行動を制限される可能性だってある。鍵を持っていない麗奈には到底出来ない事だろうと思いつつ、付いていく。
黒い外装だから勝手に薄暗いのだろうと思っていた。だが、彼女の予想に反して暗くはなかった。塔の1階は仕切りがされており、外で見た花より不思議な事が起こっていた。
花びらから淡い青い光を灯っているのだ。
「これは……」
「夜にしか咲かない特性もあるし、何故か魔力を持ってるんだ」
「魔力……?」
「そうだよ♪」
そう言って、リーグは自分の手の平を広げて見せる。それをじっと見ていると、彼の手の平に小さな竜巻が生まれている。驚いて見ていると青い光が段々と強くなっていく。
「あっ、マズい……」
そう言ってすぐに風を止める。
その途端、光が元の淡い光へと戻り中を再びその光で満たしている。
「今のが魔法ね。お姉さんも使ってたでしょ?」
「え、あ……」
何故そんな事を言うのだろうか?
疑問が浮かんだがすぐに気付く。イーナスに話した術の事を指しており、それを彼等から見れば魔法だと言う流れらしい。
「違うの?」
キョトンとした表情でそう聞かれ、今更違うとも言えず曖昧に返す。
明らかにむっとされたが、仕方ないとばかりに次へと移動を開始した。どうも彼の本命はこの上にあるのだという。
「ねぇ、リーグ……君は」
「ん?」
名前で呼んでいいものかと悩んだが、どう呼んで良いのか分からない。とりあえず呼ばれていた名で呼ぶと、彼は嬉しそうに振り返った。
「良いよ。僕の事、リーグって呼んでも」
「じゃ、じゃあ……そうするね」
「うん♪」
鼻歌が聞こえる位にテンションが上がっている。
嬉しそうに上へと続く階段を上ると、彼の本命である花があった。まず、他の花達が淡い光を灯っていたのと比べてその花は色からして違った。
(虹……だ)
階段を上る度、その光は漏れていた。不思議な色だろうと思いながら、リーグの後に続けば虹の光を放つ薔薇があった。感嘆の声を漏らす麗奈に案内をしたリーグはさらに嬉しそうにしていた。
「……」
「僕の秘密の場所でもあるんだ。ある人に教えて貰ってから、よくここに寄るんだ。その為の鍵も持っているし」
良ければ、とそう言って差し出してきたのはこの塔の鍵だ。
困惑気味で受け取る麗奈は、再度確認をした。本当に良いのかと。
「良いよ。お姉さんもゆっくり考えたい時にでも使っていいから。あ、そうだ。ゆきお姉さんに知らせても平気だからね?」
「ありがとう。リーグ君はまだここに居る?」
「ううん。ボクはこれから仕事だよ。じゃあ、帰りに気を付けてね」
「へっ?」
どういうことだと思っていると、彼は普通に1階へと降りて行った。さっきの魔法とらで、上手く操作しているのか地面に無事に着地。痛がる様子もなく出て行ったリーグを、ポカンと見ていた。
しかし、虹の薔薇と言う魅力に引き寄せれ麗奈はそのままじっと見ている。
「不思議な光……。向こうでもこんな綺麗な花、ないもんね」
誰も居ないからと、ポツリと言った一言。それを聞いていた人物が居るにも関わらず麗奈はうっとりとした様子で、しばらくその薔薇を見ていた。
時間にすると数分かもしれないが、これほど1つの花を見ているとは思わなかった。
まず薔薇にあるはずの棘が無い。
だが、花の形状はどう見ても知っている薔薇そのもの。一輪しかない薔薇も不思議だと思い、手を伸ばすと――。
「毒で死ぬぞ」
「っ……」
薔薇に触れる寸前で手に邪魔をされた。
それだけならまだいいが、そのまま肩を抱き寄せられた。
「あ、あの……」
「その薔薇は一輪しかないのは特殊な環境だからだ。棘が無くて安全じゃない、警戒してくれ」
「は、はい………ごめんなさい」
和やかな空気から一気に緊張感が漂う。
薔薇に夢中になっていた麗奈は、この場所を上手く把握していない。
一輪しかない薔薇の花壇。他は何もない殺風景な部屋であり、畳で数えるなら2畳ほどだ。部屋を包む光はなく、薔薇の光が満たしている為に電気の必要もない。
「初めて見る顔だな。新しく雇われたのか?」
「えっ……」
呆然していた麗奈ははっとなる。
そうだ、今の自分の身分はなんだろうか。捕虜、という訳ではない。もしそうなら、こんなに出歩かないし秘密の場所を教える訳がない。
牢屋にだって入れられてない。むしろ部屋を1つ使っていいとまで言われた。確かに事情聴取、のような事はされたけど……。
「え、えっと……。」
答えに詰まっている間、麗奈は気を紛らわそうと一緒に塔を出た人物を見る。
同じ黒い髪を肩まで伸ばした綺麗な青年。黒いローブに身を包み、これで庭師とは見えないなと思いながら考えをまとめていく。だが、そこで思考が停止した。
青年の瞳が、紅く宝石のような色である事。昔見ていた夢に出て来た人物とどこか被る事もあってマジマジと見てしまった。
「な、なんだ……?」
「あ」
そこで気付く。いつの間にか、鼻先まで接近していたという事に。
顔に熱が集まる様に、恥ずかしくなった麗奈はすぐに下りパタパタと手で仰ぐ。
そうしながらも、少しずつ逃げようとしていたが逃がしてはくれない。ガシリ、と腕を掴まれ「どこ行くんだよ」と呆れられてしまった。
「そ、そそそそうなんです!!! わ、私っ、お城なんて初めてで……珍しいなぁなんて思ってたらあそこまで行ってて。ごめんなさい」
「いや、別に捕まえるとか、騎士団に告げるとかしないから」
「あ、あははは。そうですか……良かった」
もし連れて行かれたら、案内をしてくれたリーグに申し訳がないと思いほっとした。そう思いながらも未だに腕を掴まれ、動きが取れない麗奈は咄嗟に自分の事をレナと名乗った。
来たばかりでテンションが上がり、与えてくれた部屋で寝付けずにウロウロとしていた事。今後、勝手な事をしないと言えば相手は何故だか笑いを堪えていた。
「……?」
「はははっ、悪い。思い出し笑いだ」
「そ、そうですか……」
思わず自分を見て笑う事ではないだろうと、そう思いながら睨めば悪いと言って放してくれた。とりえあず怪しまれなかった事にホッとする。
「ユリィだ」
「え」
「だから。俺はユリィって言うんだ。ラーグルング国に雑用を頼まれている傭兵だ」
「は、はぁ……」
傭兵、か。
納得した理由として彼の腰辺りには剣があり、鞘も見えていた。この国ではどんな脅威があるのか知らない麗奈は、不思議そうに首を傾げた。
もう会わないだろう相手に、何故名前を言ったのか。
「同じ時間帯に来るなら、また明日も来てくれ。1人だから話し相手が居なくてな」
「……話し、相手ですか」
ネタになる様な話しはあったかなと考えつつ、この世界に怨霊と呼べる存在はいない。習慣が抜けないから、きっと夜には目が冴えてしまうだろう。そう考えた麗奈は、別に良いかと思い明日もこの場所に居ると言った。
「ありがとな。んじゃ、これから冷えるだろうから早く部屋に戻るんだな」
「あ、ちょっ……」
そう言ったユリィは下へと降りていった。
話し相手にはなりたいが、来れるか確実ではない。そう告げたかったのに、すっかりその気で行ってしまった。
案内してくれた場所はそれなりに高い所だ。なのに、躊躇なく降りた辺り身体能力が高いんだな……という印象を持った麗奈はリーグの言う魔法かな、とポロっと言っていた。
「へぇ、魔法が気になるの?」
「イ、イーナスさん……」
振り返って始めて、イーナスが居た事に気付く。
殆ど気配を感じなかった事に驚きつつ、彼は射貫くような視線を麗奈に向けていた。