第73話:弔い
あの戦いから1週間。
札を用いて結界の再確認をするハルヒ。国土の広さ、城の位置を破軍に見て貰いその中心部に強力な結界の源を置く。キールの作った魔力石とハルヒの陰陽術とで作り上げた特別なもの。封印が破れないように札を新たに作り出し、破軍の協力を得て編み出した術式。
七色に光る直径5センチ程の水晶。それを落とせば割れる事なく地面へと吸い込まれて下へと沈んでいく。
(これでラーグルング国を繋いだ事になり、四神達の力もここに流れ込む)
ラーグルングとディルバーレルは、同じ守護地としての力を秘めておりまたその守護者は同属性の為にパスが通りやすい。ついでに陰陽師の術式も組み込みやすい事から狙われた理由は分かった。
(魔法を絶つ為とは言え、僕等の扱う術式と相性が良すぎた)
術式を組んだのは同じ陰陽師であり、土御門家の人間だった人物。血を用いた術式の為か王族であるドーネルと、強い力を作り出す為にハルヒの血を使って作り出された禁術の蠱毒。
麗奈が打ち破り術者のユウトに攻撃を与えた事、同時にランセが放った闇の力が国を覆った事で効力を低下しつつあった術が完全に沈黙。
不利を悟ったユウトはラークと共に国を脱出。ドーネルと麗奈が倒れてからの1週間は色々と大変でありユリウス達も国の復興に尽力していた。
「……何も、出来なかった………情けないな」
小さな呟きに反応する者は居ない。しかし、破軍はそんなハルヒを離れた所から見ており今は1人にするべきだと思い姿を消した。
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「以上が我が国の現状です」
「………そう。色々と悪かったね、ギル」
「止めなかった私も悪いからな。これ位で良いなら幾らでも背負うさ」
医療用のベッドではドーネルが申し訳なさそうに言い、伝えに来たギルティスは安堵した。目を覚ました事に、無事で居てくれた事に。
(異世界人………確かに力は絶大だったな)
ドーネルの傷を癒し、刺されたギルティス、魔族に操られていたグルムを正気にさせたのは麗奈から渡されたペンダントのお陰。首を下げていた水晶は力を使った事でいつの間にか割れていた。でも、あの時に助けられたのは事実。
「……復讐を、私は止められないですから。でも、仲良くなれたドーネルさんには、生きていて欲しい、です」
そう言って渡した魔力の塊を凝縮し、精霊との契約に使われた水晶を真似して作ったペンダント。ドーネルが麗奈、リーファーと寝た時に相談に乗ってくれたお礼と言う事で作ったとか。
「リーファーさんにもペンダント渡したんです。喜んでくれたので良かったです」
「あ、そっか……それは良かったね」
喜ぶ姿が想像できず、リーファーの機嫌と伝えたい事が分かる麗奈。いつの間にか薬草の講義まで受けており、薬を作る事もしていると話を聞いた。
「あの子には、感謝しなくちゃね」
「お、おいドーネル!!」
傷は治っても体力の消耗は激しく、まだ起き上がるのも十分ではない為ギルティスが慌てて止めに入るも拒否を示した。
「グルムの部下を減らし、父は8年前に殺されていた。ギルの父親も、味方していた貴族達は全員死んでいるんだ」
生き残っていたのは王族の中では自分だけであり、貴族ではギルティスのを含めほんの数人。その数人も貴族の世界とは離れた騎士が殆ど………ヘルギア帝国に目をつけられてもおかしくはない。だからすぐに即位する必要がある。
「すぐ、に……即位式をあげる………私達に、立ち止まる時間など、ないんだからな」
「し、しかし」
「頼む、ギル」
決意を固めた瞳に、立ち止まらないと決めたドーネルに、何を言っても無駄だと悟った。幼い頃からの付き合いのあるギルティスは溜息をし「さっさとして貰おうか、ドーネル王子」と告げて出て行く。
「……悪いな、ギル。リーファーさんもすみません、気を使わせて」
「別に」
ギルティスが出たのを見計らい、リーファーがドカッ!!と、乱暴にイスを降ろしドーネルの傍による。
「怒ってます?」
「無茶する歳じゃないんだからとは思うがな」
「やっぱり、無茶するじゃなかったですね」
「そう思うならもうするな」
はいはい、と言えばギロリと睨まれる。少し気まずくなりながらも、視線を漂わせていたらリーファーから話し掛けられた。
「まだラーグルング国の陛下に会ってないだろ?」
「まぁ……そう、ですね」
覚えているのがあまりない。あれだけ父を憎み、母と妹達を手にかけたのに何故かすっきりした気分だった。
「父親ならとっくに死んでいる。8年前も前にな」
魔族にそう告げられ、実際に刺した時に心臓があるはずの部分はなく空洞だった。あっさりと刺さりあまりの手応えのなさに、ドーネルは目の前に居るのは本当に父親かと疑ったくらいだ。
「父の……遺体はどうした」
「城の近くにある墓に埋めたぞ。ギルティスとグルムも協力してやったし、陛下達も参加したぞ」
「彼女は……麗奈ちゃんはどうしてる?」
「あの子なら貴方よりも少し前に起きて同じように状況報告を聞いてますよ。………どうしたんです、いきなり」
「お礼が言いたくてね」
父親殺しとならずに済んだ事、復讐はいけないと密かに止めていた事、危うい所を救って貰った事。言葉に表すにはとても言い尽くせなく、かといってすぐに言いたくとも自分の体が上手く動かせないでいる。
なかなか思うようにならない事に、少しだけ悔しく思う。即位式が終わったらまずは彼女に会いに行こうと心に決めた。ラーグルング国の陛下にもきちんと挨拶をしないといけないな、と忙しくなるのが分かり気持ちが下がる。
「もう、少し………寝ますね」
「そうしろ。ちゃんと起こしておくさ」
「お願いしますね、リーファーさん」
その後、起こすと言ったリーファーも寝てしまいギルティスは来なければ式に間に合わないと言う事態になりかけるなど……この時のドーネルは思いもしなかった。
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式が終わりユリウスと話を進めていたドーネルは窓をチラリと見ると夜になっている事に気付く。兄のヘルスの事、ラーグルング国の現状などを話していたら随分と時間が経っていたんだなと思わせる。
「弟の君も大変だったね、色々」
「えぇ……でも俺は助けて貰いましたから」
「異世界人、だったけ」
意識が薄れていく中でその言葉だけは耳に届いていた。誰を指していたのかは分かり、彼女達の事も少しだが話は聞けた。するとユリウスがこの後時間があるかをドーネルに聞いて来た。
「……まぁ、あるけど……どうかしたの?」
「準備が出来たそうなんで、良ければ一緒に良いですか?」
「準備って………え、何?」
思わず傍に控えていたギルティスに視線を送るも、ふいっと逸らされ反対側に居るグルムも同じような反応をされ思わず睨み付ける。ユリウスと居たキールはその様子をいつもと変わらぬ笑顔で見ており「さっさとしてね?」と即位したばかりの王を急がせる。
「ここは………」
ユリウスと共に来たのは城の敷地内にあるお墓だ。
魔物に倒れ亡くなった者、病気で亡くなった者、そして今回の戦いで犠牲になった人々のお墓が建てられていた。そこに黒い着物を着た麗奈とハルヒが歩いて来た。
8年前ではギルティスの両親、ドーネル以外の家族が魔族により殺されていた事。対応する間もなく国を追われ、王族に仕えていた貴族達との連絡を途絶え生きる事に必死だった日々。
そして、ドーネルは今日、ただ1人残った王族としてその責務を果たす為に戻って来た。それが例え自分の父親を殺す為だったとしても、国に戻った事は事実。王としての責務を優先に行った時、家族の弔いを、犠牲になってしまった騎士達も含めた者達の事をきちんと出来るのかと考えた。
「ドーネル様、即位式に出れずに申し訳ありませんでした。でも、お母様達は喜んでいます。だって、ここで皆で祝福していましたから」
笑顔で言った麗奈に不思議そうに耳を傾けた。すると、建てられたお墓から小さな光が漏れ出してきた。ハルヒの説明では「霊力で視覚化させた魂です」と言われ思わず息を飲んだ。
「死んだ魂はきちんと弔わなければ悪影響を生みます。僕達の世界では、それらの影響で人に害をなす怨霊を退治する立場にありました。だから、僕達は魂を鎮める為に、今を生きている人達に影響を与えないように……天へと送る舞をここで行います」
「ですので、少しだけ時間を下さい。ここで安らかに眠れるように」
頭を下げたハルヒと麗奈にドーネルは何処かぼーっとした様子で見ていた。少し考えた後、2人の元まで近付き「お願い、します……」と少しだけ泣きそうな声で同じように頭を下げた。
「ふぅ………」
「体痛まない?今日でなくても良いと思うんだど」
「良いの。今日、即位したのを聞いて……情けないけど私も起きたばかりだけど、向こうでもこういう事はやってきたから覚えてるよ」
「………そう言う事にしとくよ」
ふっと笑うハルヒに麗奈は思わず視線を逸らす。
呼吸を整え、少しした後で扇をバンッ!!と広げる。ハルヒもそれに合わせて同じように扇を広げる。2人の持っている扇はそれぞれ破軍、黄龍の物を使っており、動きに合せれば周囲に広がっていた粒子に変化をもたらす。
ー兄様!!!ー
「なっ………」
ドーネルの元に水色の髪に兄と同じ緑の瞳を持った弟の姿があった。続けて姉、妹、母親、父親の姿が見え思わず夢かと思う位に微笑ましそうに佇んでいた。
ー兄様、ごめんなさい。僕、兄様のいいつけ守れなかったー
ー兄様、ジュティを怒らないで。私、私がいけなかったのぉー
ーこら。ドーネル兄様を困らせないの!!ー
自分にすり寄ってくる弟のジュティ、妹のサース。困った様子でいながらも自分を見つめる姉のエナール。その後ろでは優しそうに微笑む、母と父が居て幼い時間に戻ったような感覚だった。
話を言聞けば首都の外を散歩していたら魔物に襲われ、兄から剣を学んでいたジュティとエナールも奮闘したが母親を人質に取り動けなくさせたのは魔物を統括していたユウトだと言う。
「お前達の血肉で術を完成させる。光栄に思え、その犠牲で魔法を無くせるんだ」
手始めに王族は殺すと宣言された時、血しぶきが舞った。自分達が魔物によって体を貫かれていると分かった時には既にこと切れていた。父親をも同時に殺され城を占領されていく中、ドーネルはたまたまとはいえラーグルングの救援の為に首都からは居なかった。
ー予感はしていた。……嫌な予感、と言えば良いのかは分からないがな。ラーグルングからの救援と言う事態になければ……お前を、お前まで失っていただろうー
「………でも、でも」
それでも自分は殺されたとも知らず、父を憎みあげく実際に刺したのだ。例え死体だったとしても、今も自分で貫いた時の感覚が、感触が残っている。
「っ………」
ーすまない。教えておきたい事もあった。もっと見聞を広げて、ラーグルングだけでなく様々な国と交流をして欲しかったー
例え離れていても、もう会えなくても、今のドーネルなら国を変えて行ける。だから信じている、と。
ー頑張って、兄様!!!ー
ー自慢の兄様です!!!-
ー優秀だけど抱えすぎだから、ちゃんと周りを頼りにしてよねお兄様ー
じゃあね!!と白い粒子に包まれ消えて行く自分の兄弟達。フワリ、と自分を包むようにして抱きしめているのは母親と父親だ。忘れていた温もりに届かないものだと思っていたものがまた触れられている。
ー自慢の息子よ、ドーネルー
ー晩酌するのが夢だったが、出来ないのが……心残りだがなドーネルー
「まっ………」
待って!!!と、手を伸ばしたその瞬間。
光が辺りを包んだ。淡い青色の光が辺りを包み、ゆっくりと空へと上がる。見上げれば星空が広がりその星の光と合わさる様にしているその光景は、悲しみに包まれているのにも関わらず神秘的な光景に誰もが釘付けになっていた。
ゆきはその光景を見て、思わず両親が亡くなった時の事を思い出した。その時にも麗奈の母親と父親も同じように舞をしていた気がする、と幼い時の記憶が思い出される。
(………お母さん、お父さん)
もう平気だと思っていた。両親が居なくても自分は元気にやっている、と胸を張って言えるはずなのにふとした瞬間、それが言えなくなる。涙を堪えていればグッと引き寄せられ、驚いているとヤクルが優しく頭を撫でていた。
「我慢するな。俺が傍に居る……」
「うんっ、ごめん、ごめん……」
すすり泣くゆきを、泣き止むまでヤクルは優しくしていた。離れた場所で、ランセは魂があがる瞬間をずっと見ていた。この世で魂を預かり狩るのは死神の仕事だ。
今まで殺された者や死んでいった者達の魂の在り方など誰も知らず、また知ろうとも思わなかった。
(綺麗だけど……何処か悲しいな)
ーお兄ちゃん!!ー
感傷に浸っていたからか、随分と懐かしい声が聞こえてくる。思い出す事はないと思っていた自分を慕い呼ぶ声。
(リグル……)
目を閉じ思い出すのは笑いかける仲間、両親、そして妹の事。炎に包まれ何もかも破壊された跡。何も出来ずに呆然と、ただ立つしか出来なかった自分にサスクールは話し掛ける。
「お前は魔力が高くて良かったな。でなければ、転がっている連中と変わらない末路だっんだからな」
運が良いと言われるも、散った者達の断末魔を聞くしかなかった。戦わなければいけないのに、体が上手く動かない、上手く闇の力の制御が出来ない。
「サスクーーール!!!!」
怒りに任せた為に魔力が暴走し、滅ぼしかけていたのを、ランセ自身で完全に滅ぼしてし舞い、その後は泣き叫んだ。
出てくるのは自分の無力さ。
魔王と言っても仲間を守れず、家族を守る事も、自分自身さえ守れないなら……と嘆き悲しんだ。精霊をも殺し回っている奴の目的は未だ分からず、サスクールにより滅ぼされた国は多い。
そんな時、精霊が集まりやすい国があると聞いた。力を上げていくサスクールに対抗するには自分だけではダメだと思いながら、彷徨い歩く日々が続き立ち寄った国が、話しに聞いていた国――魔法国家と呼ばれるラーグルング国。
「君、面白い力の流れだね。私のとは違う感じの闇だ……もしかして人間じゃない、とか?」
それが、ラーグルング国の陛下として日夜勉強していたヘルス・アクルスとの出会いでありランセが知らずに、無意識に求めていた平穏。
(……君は、今、何処に居るヘルス)
ユリウスも口には出さないが兄が居ないのを寂しく思っている。麗奈とゆきが居て前のような明るさはあっても、やはり肉親が居ないのは誰だって寂しい。
叶うなら。叶うならどうか、この淡い光にヘルスが居ないのを望む。この光景を忘れる事はない。
これから先、今以上の苦しみがある。自分で負担出来るなら負担しよう、彼女達に自分のような苦しみを味わって欲しくない。だから行動を起こす。自分の身はどうでも良い、彼女達が無事ならそれで……それだけで十分なのだから。
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「ザージー、行くよ」
「………あぁ」
サスティスも麗奈達の行動を見ており、何度ザジに同じ事を言おうとも返答は同じ。その場から動かずにいる彼に「見た事あるの?」と冗談で聞いてみた。
「あぁ。………あるぞ」
「えっ」
思わずザジを見た。だってこれはこちらの世界ではやらない事だ。死んだ者は土葬し墓を建てるか、火葬するかしかない。死んだ者達の為にこのような事はしないし、誰も知らないはず。
この世界で死んだ者なら、ば。
(君は………彼女達の居る世界の死人だって言うのか)
魔族となったユウトと言う例外がある。なら、向こうで死んだが何かに引っ張られてこちらの世界に来る事は可能だろう。サスティスもユウトと言う例外が居なければ考えすらしていなかった事だ。
死ぬ前の記憶はなく、ただ目的の為に死神となったザジ。なら、その目的とはなんなのか。麗奈と会えば会うほど、何かを思い出していくザジに変化をもたらす彼女に、サスティスはやはり繋がりは彼女にあると考えた。
(一体、君等は………何者なんだ)
「なぁ、サスティス」
「っ、な、何」
こちらを振り向かず名を呼ばれ、少しだけ警戒心を抱いていたサスティスはうわずった声で返す。
「俺は……お前の敵じゃねぇ。それは確かだ」
「………」
ゆっくりと立ち上がり向き直るザジは真剣そのもの。少しだけ気だるげに、はっきりと言った言葉に安心してしまったサスティスは言った。
「そう願うよ。……君を敵に回すと、色々と怖いからね」
嘘ではなく本心で答えた。
怒らせたら大変な事になるのは分かりきっている。特に、今も魂の弔いの為に、舞を踊る麗奈を見てサスティスはそう思った。




