第72話:霊装・神衣
麗奈が魔族のユウトに攻撃を仕掛ける前の話。
黄龍が仕留めたユウトを見てすぐに違うと判断した。倒した直後、ボロボロと皮膚が落ちドシャリと音を立てて現した姿は男性の死体だ。
『(ちっ、やっぱり偽物……本物は元々居ないって訳か)』
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ユウトの扱う術は怨霊を退治するもの以外に、自分の手足として使う傀儡があった。式神がまた浸透される前に編み出されたその術のお陰で名が上がった。
しかし、その傀儡には弱点があった。
死んだ人間、つまりは死体を使うと言う事。死者を冒涜したと様々な陰陽師家が彼を、土御門家を、非難した。
それを土御門行彦が、式神と言う術式を組み上げた。他の連なる陰陽師家達に伝授しさせ、式神を使っての戦闘を確立させたのだ。
「ふむ、流石は土御門と言った所か」
「行彦が次期当主で決まりですな」
「名誉回復と式神の完成だからな。式神を他の陰陽師家に伝えたのはマズいが……な」
「しかし、名が落ちるのを防いだとなればあれ位は仕方ない痛手でしょう」
口々に告げられる内容は優斗にとって屈辱でしかない。その後、名を貶めたとして次期当主として、名が上がっていた行彦に処刑するようにと指令が下った。
「許さん……貴様を、恨み、呪い殺してくれてやる!!!土御門など地獄へ落ちればいい!!!」
首を斬られる前に吐かれた暴言の数々。
それを冷めた目で見つめ、空虚を映していた彼には届かない。その瞬間、彼は初めて人を殺した。その時、それを見た日菜と優菜は決めたのだ。
自分達は、幸彦の味方でいよう。彼を支えて、共に陰陽師家を、こんな血塗られたものにしないように、と。
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『(死んだ時にこっちに、引っ張られたのか)』
なら、あれの退治は自分達がやらなければと思った。麗奈はハルヒは、自分達のような血で血を洗うような真似をしていた時代に生きていた訳ではないのだから………。
「ウォームさん、ブルームさん!!!」
麗奈の叫びが聞こえた。思案していたのを止めれば、途端にズシンとその巨体を沈ませたブルームとフラフラと、ゆっくりと下へと落ちていくウォームをキャッチした姿の主が見えた。
「お願いです。しっかりして下さい!!!」
≪んん……お嬢、さん……≫
「わ、私、魔法を扱えるようになれたんです。だから、だから……今度は私も、役に立てます。ウォームさんに負担させませんから──」
だから、死なないで。
泣いている麗奈にウォームは知っている、と。魔法を自分の手で扱っていた事も、泉の精霊フォンテールの為に浄化を行っていた事。
大賢者のキールの指導していた事。その全てを自分は見ていた、と。ここまで成長してくれて、嬉しいと……そう告げたいのに、力が入らない。口が動かないのかこんなに悔しいと思ったのは初めての事だった。
「ウォームさん?」
首飾りに手を伸ばしているように見えた麗奈はウォームを近付かせる。埋められた石が輝き、ウォームが吸い込まれるようにして姿を消していく。
ー聞こえるか、お嬢さんー
「!!」
コクン、コクン、と全力で肯定すれば安心したと嬉しそうに言うウォーム。自分は術式の所為で上手く力を引き出すのも出来ない事を告げ、首都全体に魔法が効かなくなっている事態を教えた。
ー今、動けるのは魔王ランセ、聖属性を扱える者……陛下、大賢者だ。あとは……ー
「どうしましたか、ウォームさん」
ーいや。……気のせいかも、しれんから気にせんでえぇよー
ともかく、と変に会話を切ったウォームに不思議に思うやる事を説明してくれた。術者を追い払うか、組み上げた術式そのもの破壊をれば力は通ると言えば「はい!!」と元気の良い返事が聞こえた。
ー……良いのか?ー
「檻を破って終わりじゃないのは分かってましたから!!!」
ーうむ。あとでナデナデするから、ちょっとの間すまないなー
「……へ?」
ウォームとの会話が終わりと同時にブルームの尻尾が首飾りに触れた。眩い光と共にブルームが、首飾りに吸い込まれていく。ヘナヘナと座り込んだ麗奈は状況を把握しようとして「主ちゃん?」とビクリ、と反射的に振り向く。
「何処行ってるのかな、君は」
「あ、あわ、あわわわわわわ」
ガシリ、と頭を捕まれた。無言のベールと怒るキールに動きを阻まれる。ザジとサスティスに連れ出されたが、それを見聞きしているのは黄龍と青龍のみ。
死神は普段、姿も声も聞こえない。麗奈を除いてはその存在は不可思議なもの。
「あー………悪い」
「誤認させるのも限界だったかぁ……ごめんね?」
こちらに向けてヒラヒラと手を振るサスティスと、申し訳なさそうに頭を下げてきたザジ。チラッとユリウスの方を見れば、視線を合わせないでいる……味方は誰も居ない。
『ファイト、主』
『すまない、良いフォローが浮かんでこない』
麗奈が慌てる様を見てニヤニヤする黄龍とは対照的に青龍は謝罪。思わず熱くもないのに汗が出始める。
(ど、どうしようっ!!!)
「主ちゃん。嫌がる事はさせたくないんだけど……首輪を付けて何処に閉じ込めた方が良いかな?」
「なら出られないようにしないとマズいですね」
「ごめんなさーい!!!」
説教を済ました後、すぐさま青龍の背後に隠れてキール達に近付かないようにしている。ユリウスにも敵意をむき出しにされ、それにちょっとショックを受けた彼は気まずそうにしていた。
「悪くない、悪くない。私達が悪いんだから」
「……ぶっ飛ばすか?」
「物騒な発想はよそうか、ザジ」
「このまんまだと、コイツ可哀想だろが。しかも俺等の所為で叱られてるんだぜ?」
「君、ホント……彼女の事になると頭の回転早いね」
「ん、なんか言ったか?」
などと会話が繰り広げられているが、シャーと威嚇している麗奈を撫でているサスティスとザジ。黄龍は彼等の行動が見えているからか、笑いを堪えるのに必死であり、今も、扇子を広げなければ顔はニヤついているのだ。
『(ぐっ、うふふっ。あー、ダメ笑い死にそう。何あれ、何あの生き物♪)』
数分後、笑いが収まった黄龍は『はー、笑った笑った』と満足げにしていた。サスティスとザジは「外、出てるね」と言って2人して姿を消した。その途端、血の臭いとむせ返るような異臭が満たされていく。
(ザジとサスティスさん……無効化してくれてたんだ)
「やっぱり、キツいな」
苦しげに言ったユリウス。キールが全体的に防御魔法を張り、幾らかマシになったが臭いまでは消えない。青龍が更に上乗せするように結界を張れば今度こそ臭いも感じなくなった。そこで、彼はこれは魔族のユウトが作り出した異空間だ魔法では脱出は出来いように組み込まれていると言い……沈黙が流れた。
『これは魔族のユウトのした事だ。奴は人の血肉によって禁術を生み出した陰陽師。恐らく蟲毒と呼ばれる術式だなこの状況は』
蟲毒は動物を扱った強力な呪いの術式だ。
ムカデ、蛇、虫などを用いたものであり、共食いを用いて強い力を得るもの。今回の場合、共食いと言う作用はなく閉じ込めると言う一点のみに特化したものだと言う。
『外側と内側とで同時に攻撃するか、強力な霊力を用いて一刀両断するしかない』
血で描く陣は結界よりも、強固であり破るのに相当の時間と技術が必要だと言う。実際、麗奈がウォーム達を解放するのに血染めの結界を用いてやっと破壊できたもの。
『………だから黄龍、主にあれを試す』
良いな?と睨み付けながら確認をとった。最初は唸るだけだったが、やがて諦めたのか『仕方ない……』と気が重くなりながらも了承した。麗奈は首を傾げながらも、ユリウス達は打破があるのかと聞いてくる。
『ないなら言わない。このまま行けばお前達、この異臭の中一生出られないぞ。良いのか?』
「全力で拒否だ」
「無理です、嫌です!!!」
「こんな気が滅入る所にまだ居るのはごめんだ………」
ユリウス、ベール、キールが抗議する。
黄龍が別の結界を組み立て、青龍と麗奈を2人だけにする。青龍に言われた約束は2つあった。
1つ、体に異常があればすぐに告げる事。
2つ、動きをトレースしている間は、自分の体はないと思え。
『これから教えるものは霊装と呼ばれる禁術だ。一時的に霊獣の力を自分に纏い、その間は同じ動きが出来るもの。霊獣との場合は獣神、我々四神と近しものとの場合は神衣と言う。』
「獣神に神衣………」
『心を通わせていないと出来ない上、絆がしっかりしていないと術式も保てない上に戻った時に術者にも負担が大きい』
この禁術を編み出したのは朝霧家の人間と土御門家の共同で作り出されたもの。当時、これを怨霊相手に使った場合、絶大な力と引き換えに多くの命を奪った術と言う理由から禁術として認定され、これらを引き継がせない為に記録も残さない徹底ぶりだったと言う。
『俺は目が良いから、その術式の詳細と欠点を抜き出し改良したものだ。過去、使わなければ良いと思っていたが………念の為にと残しておいたものが役に立つとはな』
「………じゃあ、その霊装を行うのは私が初めてって事だよね?」
『………不安はあるだろうが、我慢をして欲しい。このままここに閉じ込められるか、一か八かで抜け出すか………辛い選択をさせてすまない』
「ううん。青龍は悪くないよ。………じゃあ、青龍と黄龍の力を自分に乗せるようにするんだよね?」
『理屈はそうだ。自分の扱う気も纏わせる相手が苦手とするならば、この術式はそもそも成立していない。主のように平等に出来ているならいいが、1つに特化した陰陽師ならば一生扱えないものだ』
他の者が扱うものよりも比較的安全だ、と告げる青龍は少しだけ不安げにも見えた。麗奈は手を取り「可能性があるならやろう」と、怖いはずなのに笑顔でそれを了承した。
「平気、信じてるしなにより………主としてしっかりしてるってちゃんと見せないとね」
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パキン、と空間を切られる音が響く。何もない所から亀裂が入り、飛び出してきた麗奈は白と蒼の着物を着ていた。水玉があしらわれながらバチ、バチ、と電撃が走る。その度に、その水玉が黄色、水色、緑と色を変えていく。
(いた!!!)
今は青龍の力が自分に行動を起こさせる。刀を握った事もなく触れた事の無いのに、自然と手に馴染むのは黄龍がよく扱っていた動きをそのまま映し出したから。破軍も扇子から刀に姿を変え、怨霊を斬り伏してきた事から黄龍もその動きを見よう見まねで行っていた。
その動きが、今の麗奈には頭の中に流れそして体が勝手に動く。縦一線に振り下ろされユウトの左肩がザクリと斬られる。
(っ、あの蟲毒を無理に突き破った、だと………!!!)
「あああああああっ!!!」
続けて2撃目を繰り出す。札での防御も間に合わず距離を取ろうとするも、既に間合いに入っている上に雷の力でスピードを上げてきている。術を組み上げる間に斬り倒されるのが分かり、思わず舌打ちをしたユウトは逃げの一手に徹した。
「!!!」
危険を察知し下がったのは麗奈の方だった。ユウトはボタボタと血を流してはいるが斬られた部分は徐々に修復されていくように、元の形へと戻っていく。
「ヤバいねぇ。君、術式を完全に壊されただろ」
「うっさい。ラーク、お前が加減しろだなんて言ったからこんな事態になったんだぞ」
反省しろよ、と影を睨み付ければ浮き上がり人の姿へと変わっていく。それを見た麗奈は無意識に、カタカタ、と刀を握る手を震わせながらも前を見据える。
(我慢………我慢だ)
「おや、服が変わったね。なんだか、不思議な力の流れを感じる………ふふっ」
流石は異世界人だ、と嬉しそうに言うラークに刀を向ける。
ここで逃がす訳にはいかない、せめてユウトだけでも仕留めないとと思えば思う程に震えは止まらず静寂な中にカタカタカタ、と刀を振るわす音だけが響く。
ドーネルはギルティスの傷が治ったのを確認し割り込んできた麗奈を見る。今も魔族を相手に震えるのを我慢し、何とか戦闘に踏み切ろうとする少女に思わず「ダメだ」と言いたくなった。
(状況が不利だ。彼女1人で、覆す事は出来ない)
その時、ラークとユウトに向けて光の矢が放たれた。一気に突き刺さるも影を使って潜り込んだ事で難を逃れている。
「忌々しい魔族ですね、本当」
麗奈の前に滑り込むようにして現れたのは透き通るような金と銀が混ざったような髪の色、瞳は深緑に染められ尖った耳を持った男性が立っていた。しかし、声を聞き知らないはずの人なのに知っていると見つめた。
「さっさと消えなさい、グーテ・プファイル」
途端に眩い光が辺りを包み、目を開けられなくなる。その眩しさにフラリと神衣の影響で倒れかけるのをユリウスとキールが支える。ドーネルも段々と目が慣れて来て辺りを見渡す。
魔族の姿はなく、気配も居ない事から撤退したのだと分かりふっと力が抜けていく。「ドーネル!!!」と自分を呼ぶ声も、聞こえてくるが………目を閉じていくのを逆らえないまま、ドサリと倒れる。
「……よかっ、た……」
「麗奈!!!」
「主ちゃん!!!」
ドーネルが倒れたのと同じように麗奈にも変化が起きていた。着物からいつもの服へと変わり、握っていた刀もいつの間にか消えていたのだ。そこから麗奈は安心しきったようにスー、スー、と眠っていた。
「……おや、私の勇姿を見ないで気絶とは流石は麗奈さんですね」
「あのな………」
呆れかえるユリウスにベールはニコニコと振り返る。尖った耳を見て「エルフ、だよな?」と一応の確認をとる。
「えぇ、私は正真正銘のエルフです。今まで隠してて申し訳ありませんね」
人を馬鹿にしたような態度はまさにベールそのものであり、ラウルや麗奈がよく被害を被っているなと思っている。
彼の周りには金と銀の粒子が纏うようにして現れており、魔力を視覚化として見る事が出来るキールは目を手で隠し文句を言う。
「ねぇ、それ抑えられないの?」
「無理ですね」
「おい」
即答なの!?と文句を言うが、ベール自身もこれは初めての事なのでと少し慌てた様子。グルムが少し呆然と見つめたあと、「あ、アンタ達は一体……」と質問をし、それにユリウスは答えた。
「俺達はラーグルング国の人間です。またディルバーレルと同盟を組みたくて、こちらに来ました」




