第71話:虹の使い手
それは突然、起きた。
自分の体力が魔力が根こそぎ奪われたような、喪失感。指一本も動けなくなった状況に戸惑いを覚える。
(何が、起きた)
異変に追い付けずにいたセクト。ベールとキールの2人が勝手にいなくなり後を追おうとして、首都に入ったまではいい。気絶したルーベンを抱えキメラを始末してきた。
だが、ここにきて体が満足に動けなくなった。
「セクトさん!!」
ルーベンを抱えていたのもあり自分に倍の重さが加わる。だが、ワクナリはこの状況の中でも平気そうにしていた。
「っ、この影響、受けていないのか?」
「は、はい。魔力が吸われた感覚はありますが……」
それ以外は別に変化はない。何でだろうな、と疑問に思いながらふっと意識がなくなっていく。
「セクトさん!?ルーベン様、お願いです起きて下さい!!!」
キールとランセの魔法の余波を受けた影響なのか気絶しているルーベンを慌てて起こす。こうしている間にもキメラは獲物を求め、自分達へと襲い掛かってくる。
「っ!!!」
魔力が練られる感覚に、まさかと思い空を見上げた。
キメラの遠距離の魔法が完成されており、自分達に向けられている。気付けば、四方に囲まれ逃げ道もない。
防御魔法を組み立てる時間もないまま、辺りは閃光に包まれる。
「………えっ」
向けられたものは自分達に当たる前に全て呑み込まれていた。目の前にはランセが立っており、キメラ達が一気に静まり返ったように動きがとれなくなった。
否、キメラから伸びて来た影により動きを封じしていた。
「あ、貴方………は」
「少しだけ、待ってて。すぐに終わらせるから」
空気が重くなる。
その息苦しさに思わず、防御魔法を展開する。
(ッ、この、力………)
ランセの風貌には変化があった。
黒いオーラを纏い、髪は長髪に伸ばされた姿のランセ。いつもの紫色の瞳ではなく、赤と蒼の瞳を宿したランセは魔王としての力を振るう時の姿。
キールも何度か見た事があり、彼の変化を知っている者はかなり少ない。
「失せろ」
「ウガアアアアアアアアア!!!!!」
言葉と共に上がる絶叫。苦しんだキメラは影に刺されてそのまま飲み込まれている。次々とキメラが、出て来るもランセの強烈な一撃により消滅していく。
(この、感じ………人の操る闇よりも深い。この底知れない……力は)
その気に当てられたのか、ペタンと座り込む。それでも魔法を解かないだけ、自分を褒めたかった。もし、この状況で解いてしまったら自分も気を失ってしまう。
同時に、圧倒的な力。自分では逆らえない力を感じ、深くて暗いこの力は――。
(………まさか、魔王?)
魔王の力。
統べる力は闇。その中で、自分にオーラを纏い戦闘能力を高めるのは魔王の特徴だと聞いた事がある。だから分かってしまった。
今、自分を助けられているのは、その魔王だと。
「もう平気ですよ?」
「っ!!!」
ガバッ、と顔を上げる。
殺されるビジョンが浮かんだにも関わらずに。そこにはニコリと笑みを浮かべたランセが居た。さっきまで感じていた力も、纏ったオーラも何もかも綺麗に無くなっていた、瞳も元の紫に色へと戻っていた。
「だ、大丈夫、です………」
起き上がれるかと言い手を出す彼にワクナリは、断りつつ自力で起き上がる。
「ランセさん!!!」
「あー、ゆきさん。良かった無事だったね」
そこにゆき、ヤクル、フーリエの3人がランセの元へと集まる。強い魔力を感じた事で慌てて様子を見に来たらしい。
影響はないかと聞けば、ヤクルとフーリエは少しだけ苦しそうにしていた。がゆきはケロリとしており、ランセは「平気?」と一応の確認を取るも本人は首を傾げていた。
(………聖属性を扱う者は除外されてるのか。いや、影響を受けていないって事かな)
そう言えば、とランセはゆき達を見る。ラウルはどうしたのか?と聞いてみるも……いつの間にか居なくなっている事に気付いた様子。
「え、どどどどどどうしよう!!!!」
「お、おちゅけ、ラウルは強いから!!!!」
「ヤクル、滑舌………」
「っ、す、すすすすみません!!!!兄ちゃま!!!」
「…………」
「睨まない睨まない。……相当慌ててるね」
弟が申し訳ない、と深く頭を下げるフーリエに頭を抱えてるヤクル。慌ててその場をグルグルと歩くゆきにランセが冷静に告げる。
(何だろう、いつもの彼女達って感じで……和むね)
いつの間にか安心してしまう程、彼女達に深入りしている自分に内心で驚いている。そんなゆき達に、ワクナリは思ってしまった。
(彼女達は………彼が、魔王であると知っているのか?)
自然にランセを受けて入れている。
それが分からないワクナリはただ呆然とゆき達を見ていた。
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ぶつかり合うのは氷と闇の刃。
しかし、ただの氷ではない。その氷に虹が纏うようにしており、今まで通らなかった魔族の攻撃を完全に通していた。
「お前、何でこの状況で動ける」
「そんなもの知らない。ただ――」
パキン、と瞬時に足を凍らせ動きを一瞬でも封じる。ラウルは剣を天へと伸ばし力を放つ。
「お前は倒す!!!!」
すぐに氷を砕くもラークは目前に迫った氷を防ぎ切れずに押し潰される。周囲に建物はあったがそれを構う事無く力を解き放った。
なんせ今、自分達がいるこの場所も含めて……人の気配が全くないから。ゆき達と行動をしたラウルは、手分けして人が居ないかを必死で探した。キメラが襲い掛かるがそれらを撃退しながら、家の中を探し建物を手当たり次第に探し回ったが……人の気配も、生存しているのかも分からない。
「………でも、お昼の時。ちゃんと笑顔だったよ?」
今まで買い物をするのに利用していたゆきもヤクルも不思議そうに同じ意見を述べていた。キールが念の為にと買って来た食材、服も細工がされていないかと調べたが異常は見つからず、いつものようにゆきと麗奈との手作りで今までを過ごしてきた。
夜にだけ居なくなる、と言う限定的の首都。なんせ、住人は今もいつものように就寝し仕事をしているのだ。
彼等は8年もの間、少しずつであっても魔力を奪われている。魔法として力が出ていない場合は、代わりに生命力を奪っている。
理由はドーネルが倒れてしまった事で、完成してした術式。魔族のユウトが完成させる為に必要な材料は、死んだ人間、その血肉。
それらが、その数が足りない場合。もしくは術式がきちんと発動しない場合も含めて念の為にと、首都の住人達、警備隊、城を預かる重鎮、貴族と言った関わりのある者達はから少しずつではあるが奪われていたのだ。
だから、朝と昼間は偽装するために首都に住む者達は活動してくれないと困るのだ。一気に住人が居ないと分かれば調査する国が介入するかも知れない。しかし、それでは術式を完成させるのにさらに時間が掛かり過ぎてしまう。
「必要なのはこの地と関わりのある者、王族であれば一番確率が高まる。他所の国の連中を喰らっても意味がない」
この地に深い関りを持つ人間でないと魔法を封じる為の材料が集まらない。とユウトは言い最初に首都を乗っ取るのに王族を殺し、王は死んでいない偽装として自分の傀儡にしたのだ。
言いなりの人形を手に入れればあとはユウトの思うがまま。帝国との同盟を成立させ、首都の周りを帝国の人間に任せて自分は術式の完成を急ぐ。そうして出来た術式に誤りはない。そのはずなのに―――。
(あの人間、何で動ける上にいつもより身体能力が上がってるんだ)
氷を粉砕し忌々しく睨む。ラウルは予想していたとばかりに接近し、ラークの首を斬りに掛かる。が、突如姿を消した。
「!!!」
気付いた時には剣を振り切っており、空を切る音が聞こえてくる。思わず舌打ちし、魔族を気配で探りすぐにその地点に氷の刃で攻撃をする。
「術式は完成しているんだがな………。動ける奴がいるとはな」
「礼は言わないぞ」
「期待してないから安心しろ」
そーかよ、とラークはラウルを鋭く睨む。リートは騎士を見る。話しに聞いていた特徴だと思い「退くぞ」と言えば、途端に殺気を自分へと方向転換される。
「逃がすか!!!」
飛び掛かるもキメラにより阻まれ、即座に斬り落とす。気付けば自分の周囲に何体も現れており切り払うのに時間が掛かる、と瞬時に思った。
「そのキメラには無効化が付与させているが………まだ未完成だったか」
ズズズ、と自身の影を使いドプリと深く沈んでいく。全てのキメラを切り倒した時には、逃げられた後であり「くそっ!!!」とラウルにしては珍しく剣を振り下ろした。
途端に地面が割れ、小さいながらもクレータが出来ている。ラウルはその中心におり、ギリっと奥歯を噛み悔しさに顔を滲ませる。
(これでまた麗奈が……彼女が泣いてしまう)
ラウルは知っていた。ラーグルング国を襲い麗奈に恐怖を刻み込んだ魔族のラーク。
あの日から、ランセに呪いを解いて貰ってからの麗奈は不安で寝れない日々が続いた。ゆきと共に寝ている部屋を抜け出し夜な夜なあの花畑でひっそりと泣いているのを。
最初は元気づけようと思った。責任感が強い事だろうから、自分を責めているのではと心配で思わず部屋の前へと来ていた。寝ているだろうからとノックを一瞬止まらせたが、ガチャリと開く音が聞こえ即座に隠れた。
(………あれ)
開かれた扉の影に隠れるのが遅れてしまい、しゃがみ込んだだけ。しかし出て来た麗奈はそれに目もくれずフラフラと思付かない足取り。その時の表情は凄く不安げで今にも倒れそうな彼女に心配のまま、付いて行けば辿り着いたのは自分が誓いを立てたあの花畑。
花の前に体育座りで見ており、何をするでもなくただ見ていた。それが段々と俯くようになり、泣く声が聞こえて来た。
「っ、私の……所為で………危険な目に、合わせた………怖い、怖いよぉ………ユリィ」
国を襲った理由は麗奈が居たからだ。彼女を求めた魔王により、彼女を連れ去る為に引き起こされたもの。彼女は……自分の所為だと責め続け、そして恐怖を刻み込んだ魔族を……酷く怯えていた。
時々、魔物と対峙する時でも麗奈の反応が遅れる時があった。寝ていないからだと最初は思っていたが……魔族と対峙する恐怖で、魔物と被ったのではないのか?と。
「くそっ………」
何が騎士だ、何が守るだと自分を叱った。守れず危うく連れ去れるのを助けに入ったユリウスにも呪いを受けさせてしまった失態だけでなく、主として定めた麗奈にさえ……彼女が強がっていた事も気付けない自分。
他人に気を使う彼女は自分の事となるとすぐに隠す。悟られまいと、弱い自分を見せてはダメだと思っている。今まで頼らないでいたのは、弱い自分を見せない為であり、大丈夫だと言い聞かせている証拠。
だから、自分はそんな彼女がほっとけない。今にも壊れかけそうな心にさらに追い詰める訳にはいないのだ。
「…………許さない、絶対に」
自分は憎む。あの魔族を、彼女に恐怖を刻み込んだ奴を……。
奴が倒れなければ、魔王が倒されようとも彼女に笑顔は戻らない。本当の曇りのない笑顔を、自分はまだ見ていない………次は討つ、と強く胸に刻みラウルは城へと急ぐ。
麗奈の力を感じたラウルは急いで向かう。彼女を1人にしたら、何処かと遠くへ行ってしまう。止まる事もせず、繋ぎ止める事も出来なくなるのは……自分には耐えられない。
(ホント、気付いたら色んな所に飛んでいるよな麗奈は……)
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「がはっ……ぎ、貴様………何故、何故立つ」
ユウトはこの状況が読めず、初撃を受けた。振り下ろされた剣の斜め切りの攻撃は通った。それだけではない回復が出来ないのだ。
(ちっ、闇の力が上手く扱えないだと。いや、違う……それよりも、それよりも)
傷が治らない事に疑問が感じる事もない。そんな事よりも彼は、目標である王族の1人を王座の間へと呼び込み、キメラに攻撃するなと命令を下した。術式に必要な王族の血を取れていないのはドーネルだけだ。
だと言うのに、それなのに―――。
「何で傷が治っている!!!」
そこには血を流しているドーネルが居た。しかし、その傷は綺麗に治っており回復以外にも変化があった。彼を守る様に虹の魔力が包み込み、倒れていたギルティスの傷を治しグルムも正気を取り戻していた。
「はあああっ!!!!」
正気を取り戻し、事態を把握する前にグルムは魔族に向けて氷を打ち放つ。氷を防いでいる間にドーネルはギルティスの所へと向かい、無事なのかを確かめる。
「くそっ、忌々しい……!!!!」
パキン、と。凍るような音が響き同時にユウトの後ろに麗奈が現れる。白と蒼の着物に刀を持った彼女は、雷に身を纏わせ一気に振り下ろした。
「!!!!」
怖い気持ちも、無意識に震える体を抑え今は我慢をする。魔族に攻撃を加える為に、恐怖に打ち勝つ為に振り払う為に振り下ろす。
術式を組んだ元凶は自分と同じ陰陽師。土御門ではないけれど、それでも同じ陰陽師だから討たねばならない。そんな気持ちを乗せた攻撃は魔族であり元・人間のユウトに届いた瞬間でもあった。




